76. きまぐれで尊大な海運王
賄賂を受け取る気がないのなら、納得がいく理由付けをすればいい。
「屋敷を訪れた際にお渡しした品は賄賂ではなく、滞在に係るお礼です。特段の意図はございません」
「両の手のひらから、零れてしまいそうな量のダイヤモンドがか?」
「はい。ダイヤとはいえ原石です。さほど価値があるとも思えません」
ミランダの言葉を受け、アルゼンがフッと緊張を解いた。
「まったく、モノを知らないにも程がある……いいか? お前達が持ち込んだのは、ただの原石ではない」
アルゼンが手を挙げたのを合図に、ジュエリートレーを携えた従者が奥から進み出る。
濃茶の革張りで仕切られた内部には、柔らかなベルベットの布地が敷かれており、滞在の礼にと渡したダイヤの原石が、数個乗せられていた。
「アルディリアの、それも特定の鉱山からしか採掘できない最高品質のものだ」
望んでも滅多に手に入るものではないと、光にかざした原石を指先で弄ぶアルゼン。
海を越え、世界中の宝石を見てきたアルゼンがそう言うのなら、間違いない。
疑う余地もなく稀少な品……初めてその価値を知ったミランダ以外の面々が、ざわりと空気を揺らした。
まだクラウスの側妃だった頃、裏切者に命じられるがままグランガルド王宮を占拠し、捕虜となった第四騎士団の平民騎士達。
ミランダの助命嘆願により処刑を免れた後、個人所有するアルディリアのダイヤモンド鉱山へ送還された……屈強な男達。
恩返しをすべく鉱山夫として日々労働に励んだ結果、大量のダイヤが毎日のようにファゴル大公国へ届けられていたのを、ドナテラ達は知っている。
『グランガルドに貢納品を治める必要もなくなったし、増員した鉱山夫のおかげで採掘量も右肩上がりよ!』
山積みのダイヤを前に、高らかに笑っていた在りし日のミランダを思い出しているのだろうか。
ヴィンセントが背後から鋭い視線を浴びせかけるが、ミランダは一向に気に留める様子はない。
だが、そこで終わりではなかった。この話にはまだ続きがあるのだ。
『でもこんなに沢山……どうしましょう』
ちら、と伺うような視線を、ドナテラへ送るミランダ。
『そうだわ! 折角だから、皇太子妃選定式の贈答品に加えるのはどうかしら?』
今回の選定式参加にあたり、一番驚いたのはドナテラの祖国、カナン王国だった。
なぜゆえドナテラが候補者に!? という疑問と、どう考えても選ばれる訳ないよね!? という至極当然な結論により、カナン王国より持ち出しが許可された贈答品は、少々寂しいものだった。
でも大丈夫。このダイヤがあれば、さぞかし華やかになるでしょう。
そうと決まれば、じゃんじゃん積むわよ!
嬉々として指示を出し、箱にダイヤを詰めていくミランダ――。
「原石の表面に、薄緑の被膜があるだろう。グリーンベールと呼ばれる膜に覆われたこの原石は、ダイヤモンドの中でも硬度が高く、磨くほどに鮮烈な輝きを放つ。とても稀少価値の高いものなんだ」
「まぁ! それほどのモノだったなんて……」
稀少も何も、馬車いっぱいに積まれているのだが、そんなことは露ほども知らないアルゼン。
感嘆の息を漏らすミランダの背中には、物言いたげな複数の視線がグサグサと鋭く刺さりまくっている。
「『皇太子妃選定式』の参加者から受け取った品は、すべて書記官の手によって記録され、帝都に報告がいく。これだけのものとなると、皇帝陛下へ献上しなければならない」
ただのダイヤであれば他国に売るところだが、これは二度手間になるからお断りだと、アルゼンは苦笑いを浮かべた。
「ではどのような物であれば、受け取っていただけるのでしょうか」
「この国が閉鎖的な経済政策をとってから、十年ほど領主の座に甘んじているが」
元は、海運王として名を馳せた商会長アルゼン。
十年前に商会を解散し、ジャノバの領主に任じられた。
「俺は元々商人だ。受け取って欲しければ、金を出してでも仕入れたいと思える物を持ってこい」
そうだな、例えば――。
またしてもアイゼンの合図とともに、数人がかりで白木の棺が運ばれてくる。
「――ッ!?」
中を覗き込むなり、皆一様に息を呑んだ。
二十代前後の青年だろうか。
そこにはまるで生きているかのように保存状態の良い、死蝋化した遺体が収められていた。
「ミイラや湿地遺体のコレクターは多く、高値で取引されるが、ここまで完全な状態を保ったものは珍しい」
「装飾品や衣服から見るに、建国以前のものでしょうか」
「侍女のくせに随分と詳しいな……。寒冷地の湿地遺体は、概して保存状態が良好であることが多いが、コレには桁違いの値が付いた」
固く閉じられた瞼、結ばれた唇のシワに至るまで、息遣いすら感じられる青灰色の遺体は、近隣の湿地林から見つかったのだという。
「これと同等レベルか、それ以上に食指が動く物でなければ、受け取る気はない」
「同等となると、余程のモノでないと……」
「まず無理だから、諦めろ。分かったらこの話は終了だ。滞在中の食事は部屋で取れるよう指示してある。馬車が直るまで、外出も好きにしてくれて構わない」
外出の際に不安であれば、護衛も付けよう、と言い添えるアルゼン。
到着後すぐに依頼した馬車の検査では、わずかだが車軸に亀裂が確認された。
適合する部品がないため、一から作る必要があり、数日間ジャノバに足止めをされる。
すべて言い終えるとアルゼンは立ち上がり、ドナテラへと向き直った。
それから柔らかな所作で、自身の胸にそっと手を置く。
「それではドナテラ様。これにて失礼いたします」
先程までの傲岸さはどこへやら、慇懃な態度で一礼して、彼はその場をあとにした。
「さすが商人というか、随分と扱いにくそうなタイプね」
「で……それほど希少価値の高いダイヤだとは存じませんでした」
「鉱山をくださったセノルヴォ様に、改めて感謝をしなければ」
ヴィンセントの皮肉交じりの一言に、ミランダは涼しい顔で微笑んだ。
その可愛らしい笑みに、一行は顔を見合わせ――そして、そろって溜息をついたのだ。
***
――翌朝。
領主館の扉を叩く音で、ミランダはハッと目を覚ました。
『都市間の商道が封鎖……?』
転がるように使者が駆け込み、アルゼンの苛立った声が館内に響きわたる。
アルゼンに宛てがわれた部屋は、ドナテラと侍女たちが共に過ごせる広めの造り。
館内を慌しく人が行き交う中、耳をそばだてずともミランダ達のいる部屋まで声が聞こえてくる。
他国に依存することなく、すべてを国内で賄っている閉鎖的な経済体制。
外的な影響を受けることのない、安定した経済基盤……と言えば聞こえはいいが、もし都市間の物流が止まったら?
仔細は掴めないが、都市間の商道が緊急封鎖され、外界からの物資も人も遮断されるような事態が起きた、ということだけは明らかだった。







