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【書籍化&コミカライズ※1/30発売!】初夜に自白剤を盛るとは何事か! 悪役令嬢は、洗いざらいすべてをぶちまけた  作者: 六花きい
第二章:インヴェルノ帝国編

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75. 国境を越えた先は、想像を絶するほどの悪路でした


 ――すべてが皇帝の絶対的支配下にある、インヴェルノ帝国。


 あらゆる物資と情報は、まず帝都を経由し、それから皇帝の意志により地方へと再分配される。


 先日、ついに停戦協定が結ばれ、ミランダは侍女として『皇太子妃選定式』に参加するため、インヴェルノ帝国へと足を踏み入れた。


 人質としてグランガルドに差し出されて以降、受難に継ぐ受難だったが、何とか事態は収束し、ミランダは国王クラウスに嫁ぐことが内々で決まっている。

 まだ発表はされていないが、両国の間では合意が交わされ、あとはクラウスからの正式な『婚約の申し出』を待つのみとなっていた。


 カナン王国の紋章が刻まれた馬車には、皇太子妃選定式に候補者として参加するドナテラと、護衛侍女のコニー、そしてミランダ。

 そして並走する護衛騎士は、グランガルド王家直属の騎士ヴィンセントである。


 通り過ぎた国境の街には貧しさが色濃く滲んでおり、さらに街を抜けた先は、想像を絶するほどの悪路だった。


 舗装道など存在しないコンディション最悪の道を、唯々ひたすら進む旅。

 むき出しの石に乗り上げるたび、馬車が壊れそうに軋むのだ。


「コニー、宿泊地のジャノバまで、馬車はもちそう?」

「あと半日程度なので、何とか……。積み荷に片寄りがあると揺れが増すので、贈答品を均等配置し直してもらいますね」


 速度を落とすよう、コニーが御者に指示を出す。

 今回は護衛侍女として参加しているが、元はクルッセルの職人でもあるコニー。


『鍛え上げたので、存分にこき使って構わない』


 ザハドから届いた分厚い近況報告には、クラウスからのメッセージが書き添えられていた。

 ひとたび機嫌を損ねたら最後、有無を言わせず斬り殺しそうなほど恐ろしい顔をしているくせに、意外とマメな大国の王。


 連日の公務が深夜にまで及ぶほど忙しいにも拘わらず、ミランダのもとへ定期的に贈り物を届けてくれるのだ。


 そもそも女性宛の手紙など書くような性格ではないのだが、何を書こうか悩みに悩んで、絞り出すようにして綴った一文だったに違いない。


 そして残念なことに、ミランダもまた当然のごとく不慣れな分野だった。


『では、そのように』


 これまた散々悩んだ末、返礼品に一言添えて送るので精一杯だったのだが――。


 多忙な執務の合間を縫って黙々と手紙を書くクラウスの姿を想像すると、つい頬が緩みそうになってしまう。


 バレないよう、たまに頬を抑えながら、馬車を走らせること半日余り。

 鈍い異音を立てながらも、最初の宿泊地である商業都市ジャノバへ辿り着いた。


「ジャノバの周囲が石造りの壁で囲まれているのは、軍事拠点だった頃の名残なのよ」


 ミランダが指し示す石壁の中央には鉄扉の門があり、帝国兵が通行者の積み荷を確認している。


『ジャノバ』を含む、帝国が誇る三大都市。

 そこを起点に、すべての物や人を回していく、という帝国の支配体制に即したこの仕組みにより、いざという時、容易に情報統制ができるのだ。


 寂れていた国境の街とは打って変わって活気に満ち、ジャノバは商人たちの往来によって賑わっていた。


「通行料を払うんですね」

「帝都とそれを囲む三つの大都市は、出入りを厳重に管理していて、積み荷に応じた税金を払うのよ」


 だが例外もあり、皇太子妃選定式の参加者はすべてが免除される。

 検閲を待つ長蛇の列を横目に、ミランダ達の乗る馬車は悠々と門を通過した。


「ジャノバの領主は、海運王としても名を馳せる実業家、アルゼン様よ!」


 国境に近く、軍の駐屯地や補給に便利な上、近くにはニルス大河川も流れるジャノバ。

 水路を張り巡らして街中に水を引き込み、運河を滑るように舟が行き交っている。


 もともと軍事拠点だったジャノバは、アルゼンが領主となるや否や、瞬く間に商業都市へと変貌を遂げた。

 現在は国防の要所であると同時に、商業活動の中心地として繁栄している。


 感心しきりの一同が無事手続きを終え、待つこと一刻余り。

 程なくしてミランダ達は、ジャノバの領主アルゼンの館へと迎え入れられたのである。



 ***



「……早速ですが」


 磨き上げられた大理石のテーブルを挟み、ジャノバの領主アルゼンと対峙する。


「皇太子妃選定式は、帝国内の有力者からどれだけの支持を得られるかが重要です」


 形式より効率優先。

 最低限の挨拶を終えるなり、いかにも商人といった具合でアルゼンはすぐさま本題に入った。


「国外からの参加者には、厳しい条件ですね」

「半年という限られた期間で、どれだけの者を味方に引き入れることができるか。候補者達の政治的手腕を問う場でもありますから」


 分かりやすく難色を示したドナテラを前にして、まったく畏まる様子がないアルゼン。


「賄賂を配ることも有用ですが、俺はいずれからも受け取る気はありません」

「賄賂のつもりは……」

「失礼ですが、取り立てて優れたものも無さそうです。今のうちに逃げ帰ったほうが身のためでは?」


 ドナテラの言葉を、アルゼンは途中で断ち切った。

 誰が来ようと、支持する気なんてさらさらない。

 目の前に候補者本人がいようが、そんなことはお構いなしだった。


 商売の駆け引きを地でいくようなアルゼンの、にべもない物言いに言葉を失うドナテラ。

 さらには椅子に深く座り込み、値踏みするような視線を向ける、なんとも不遜なこの男。


 ドナテラの後ろに侍女として立っていたミランダは、ふむ、と小さく首を傾けた。


 いつもとは勝手が違い、侍女という立場では表立って反論するわけにもいかない。

 出しゃばるのも憚られ、どうしたものかと頭を悩ませながら、ミランダは黙って二人のやり取りを見守っていた。


 だがこのままでは、いつまで経っても()()が明かなそうだ。

 できるものなら、すぐにも割って入りたい……。


 実は当初、ミランダは髪を染め、顔の下半分を布で隠して帝国入りするはずだった。

 だが困ったことに、ファゴル大公国内に出回っている髪染めでは、数時間ももたずに色が落ちてしまい、上手く隠すことができなかったのだ。


 こうなったらもう、このまま行くのはどうだろう。

 顔を隠す手間もなくなり一石二鳥、稀代の悪女がまさかの『侍女』になるとは、おそらく誰も思うまい。


 そんなこんなで開き直り、ありのままの姿で侍女になったミランダは今、堂々と、しかし本人的にはすこぶる控えめに、侍女としてその場に立っていたのだが――。


 物言いたげなミランダと視線が絡み合い、アルゼンがギクリと動きを止める。

 そして背後からの圧を感じたドナテラが、チラリと後ろを振り返った。


 高貴な者の場合、自身では答えず、配下に応対させることが()()ありますよね……?


 柔らかな微笑みとはうらはらに、ミランダの全身から放たれる強い圧に耐え兼ね、ドナテラの目がわずかに泳ぐ。

 ここはミランダにバトンタッチすべき場面である、と瞬時に悟ったドナテラ。


「わ、賄賂だなんて心外です」


 いつもニコニコと穏やかに、王女でありながら長いモノに巻かれることを厭わないドナテラの、精一杯の否定形。

 さぁ続きをお願いしますとドナテラに促され、ミランダは一歩前へと踏み出した。





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