閑話8. デスリスト、再び②
「今度は何をする気だ?」
片腕で軽々とミランダを抱き上げ、問い掛けるクラウス。笑いを含んだ声がより一層恥ずかしさを加速させる。
「約束をしていたのに、随分と夜が更けてしまったな」
「そ、それでは、薬草園のお話はまた今度にいたします」
さぁ、急いで水晶宮に帰らなければ。
不穏な気配を察知し、今すぐお暇しなければと慌てて撤収を試みるが、クラウスの腕が解ける様子はなかった。
「いや、――今から水晶宮に返すのも忍びない」
「ッ!?」
見上げるクラウスの視線の強さに、ミランダの肩が小さく揺れる。
「どうした?」
恥ずかしさに身をよじったミランダに気付き、笑いを堪えているのだろうか。
クラウスの口端が、わずかに上向いた。
――駄目だ。こうなったら止まらない。
助けを求めるように視線を送った先では、ザハドが早々に逃げの体勢に入っている。
即座に空気を読んだ敏腕宰相は、残念ながらミランダに救いの手を差し伸べる気はないようだ。
「今宵は冷えるから、長居をさせてしまった詫びに温かな部屋を用意しよう」
「いえいえ、お気遣いは結構です……ッ!?」
抱き上げる腕はそのままに、指先に口付けられ――。
仄かな熱が指先から伝わり、思わずギュッと、目を閉じる。
「お前は相変わらずだな」
いつまで経っても慣れないミランダ。
少し呆れたような声音に、ミランダの眉がピクリと動いた。
「まぁ陛下、相変わらずとは心外です。ええと、こう見えましてもそれなりに……」
男女の機微はとにかく不得手。
この手の話にはまったく縁が無かった第二大公女ミランダ。
「貴国ほどではありませんが、我がファゴル大公国も強国の一つ。その次期大公ともなれば、縁談は星の数ほど」
余裕の笑みを浮かべたものの、星の数どころか腰の引けまくった令息達がこぞって逃げ出し、本当は縁談話など一つも無かったのだが。
思い起こせば一年前。
いくら待っても来ない縁談の申入れに痺れを切らし、それではと、ついに父ファゴル大公が立ち上がった。
ミランダとも交流のある辺境伯令息であれば、勝手知ったる間柄。
身分的にもつり合いが取れ、これで決まりだとミランダに内緒で縁談を持ちかけたところ、震えながら『秒』でお断りされたらしい。
――しかも後日「恐ろしい話をしないでください」と令息本人から聞かされ、そこで初めてミランダが知るという辱め。
ファゴル大公に抗議したところ、「分かっているのか? ダンス以外で男と手すら繋いだことのない、そんなお前が『アルディリア国王を篭絡した』などと……最後の望みだった辺境伯令息にまで断られて、どうするつもりだ!?」と涙ながらに反撃されたのである。
「それなりに、色々あったのですよ」
「……ほう?」
不意に、クラウスの声が低くなった。
「過去のこととはいえ、何とも残念な話だ」
「そ、そうですか? まぁ昔の話ですので……」
――この雰囲気は、まずい。
しかし今さら否定するのも、いかがなものか。
再びザハドに助けを求め、ミランダが視線を送ると、――い、いない!?
これ以上巻き込まれては堪らないと、大国が誇る敏腕宰相はそそくさと逃げ出したようだ。
後で覚えておきなさいと歯噛みしたところで首筋にキスをされ、小さな悲鳴が漏れる。
迫る瞳が、徐々に熱を帯びてくる。
ミランダは逃げ出そうと何度も力を籠めるのだが、悲しいかなビクともしない。
その時、焦るミランダの脳裏に再び、在りし日のファゴル大公が過ぎった。
***
「お前の醜聞は国外にまで広まってしまったため、良い縁談を待っていたら手遅れになってしまう。しかも次期大公の相手ともなれば相応の者を探さねばならず、まるで砂の中に埋まった金の粒を探すような心持ちだ」
例えば、そうだな……。
現実逃避がてら、ファゴル大公はぼんやりと想いを巡らせる。
ミランダがこの先背負うであろう重責を理解し、何があっても支えになり尊重してくれる者。
無駄に行動力があり、すぐ危険に飛び込む困ったミランダを守れるだけの剣技と知略に富み、かつ釣り合う身分がある適齢期の者。
そうそう、打たれ強く、悪評をものともしない忍耐力も必要だ。
見た目の好みも意外とうるさそうだから、逞しく精悍な感じがいい。
そして嫌だとなると絶対に譲らないミランダが、認めるほどの独身男性――。
「そんな奴いるわけあるかぁッ!!」
突っ込み不在のため、自分で合いの手を入れるしかないファゴル大公。
万が一そんな男がいたとしたら、大陸中の令嬢達から、連日釣り書きが馬車いっぱいに届いているはずである。
わざわざ手のかかりそうなミランダを選ぶ物好きなど、いるわけがないのだ。
唯一思い当たるとしたら、姉であるアリーシェが嫁いだ大国アルディリアの、国王セノルヴォくらいだろうか。
いっそのことアリーシェではなく、ミランダを嫁がせたほうが丸く収まったのではと思うこともあるが、あの野心溢れる国王セノルヴォと加護持ちミランダの組み合わせは、危険度マックス。
相乗効果で何をしでかすか分からず、とてもじゃないが許すわけにはいかないのである。
「お父様は一体ひとりで何を叫んで……?」
「ええい、うるさい! 次期大公として腕を振るう前に、もっとやるべきことがあるだろう!!」
心の声まで、すべて駄々洩れ。
とんでもない好条件をこれでもかと打ち出した挙げ句、自分で突っ込み絶望しているファゴル大公。
騒がしい父の隣でミランダは、やれやれまたかと、溜息を吐いていたのだが――。
***
「どうした?」
思い出し、クラウスの腕の中でクスリと笑みをこぼしたミランダ。幼子に問うように「ん?」と顔を覗きこまれ、頬がじわりと熱くなる。
――お父様が仰っていた方は、ここにいますよ。
クラウスが手を伸ばしたのを合図に、ミランダはそっと目を閉じる。
――そして手のかかりそうな私を、わざわざ選んでくださいました。
大きな手が頬に触れ、……優しい口付けが落ちてくる。その眼差しは温かく、いつもミランダを柔らかに包み込んでくれるのだ。
皆がその場をあとにし、誰もいなくなった覗き見用の休憩室。
その後、クラウスが投げ捨てたリストは、廃棄用の書類箱へと移された。
様々な記号が記された名前には、上から順に取消し線が引かれている。
そして一際目を引く、『クラウス・グランガルド』の文字。
その横に、書き添えられていたのは――。
――――小さな小さな、『◎』。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
まだ書けていない閑話もありますので、随時追加していけたらと思います。
次話更新より、第二章に入りますのでよろしくお願いいたします!(*ᴗ͈ˬᴗ͈)ꕤ







