閑話7. デスリスト、再び①
重い扉を開き、ふわふわの絨毯が敷かれた広い廊下を進むと、『討議室』のある大ホールへと突き当たる。
いつもならば、静寂に包まれる深夜帯。
『討議室』からは明明とした灯りが漏れ、中は異様なほどに熱を帯びていた。
「夜も深まったというのに、まだ続くのねぇ……」
ススス、と覗き見用の小窓を閉めるミランダ。
そうですねと呟いて、専属侍女長のルルエラが、すっかり冷めた紅茶を温かなものに替えてくれる。
保守派も革新派も、中立派も、……仲良く三派揃った臨時会議。
議論が活発化するのは望ましいのだが、元気いっぱい意見を交わした結果、かれこれ五時間以上もの間、ぶっ通しで話し合いが行われていた。
ガルージャとの戦いが終わり、戦後処理に追われる日々。
騎士団の編成や王宮の修繕、従属国への対応等々、……係る作業は膨大なのだ。
「どうされますか? グランガルドに新設する薬草園については、また明日にされますか?」
「そうねぇ……でもこの後お時間を頂く約束だから、もう少しだけ待つわ」
なお、中立派筆頭のヨアヒム侯爵からは、色とりどりのマカロンが。
革新派筆頭のワーグマン公爵からは、高級フルーツ盛り合わせが。
保守派筆頭のヴァレンス公爵からは、豪華なケーキが差し入れられている。
「毎回すごい量ですね」
「どれもとても美味しいのだけれど沢山あるから、外にいる護衛に後ほど差し入れましょう」
ずっと立ちっぱなしだから、きっと喜ぶに違いないわ。
ミランダはマカロンを頬張りながら、一枚の紙を手に取った。
「殿下、そのリストは……?」
「これはね、貴族名鑑のようなものよ!」
満面の笑みを浮かべるミランダの手元には、王侯貴族の名前がズラリと並んだリストが広げられている。
「以前お名前とお顔を一致させるために作ったのだけれど、陛下に取り上げられてしまって」
「まぁ、なんてことでしょう」
渾身のリストをクラウスに奪われた時のことを思い出し、悲しげに目を伏せるミランダ。
何を隠そうこのリスト、『ミランダが下賜された際の希望先』なのだが……。
そのまま返されることなくクラウスの手元にあったのだが、その後、保管書類として託された侍従はその内容に首をひねり、どの棚にカテゴライズしたらよいか同僚達に相談をした。
そして皆で読み進めるうち、書かれた記号の意味に気付き、愕然としたのだ。
先の出兵にあたり、クラウス自ら編成をした各部隊。見れば『〇』がつけられた者は、かなりの高確率で要所に送られている。
「これを保管せよということは、次回もまたこのリストをもとに部隊編成をされるということか……?」
つまりは『〇』が付いている者は、今回同様、高確率で死地に送られるということ――!?
「そういえば以前、軍事会議で、陛下が何やらご覧になっていたな」
「……」
一部検討材料になったとはいえ、クラウスが考えていた人員配置と、偶然一致しただけなのだが……。
慄きながら自身の名を探す侍従達。
頭を寄せて震える彼らに気付いたザハドは、「ああ、殿下が作成されたリストか」とその手元を覗きこんだ。
「他の書類に紛れないよう両端を赤く塗り、俺の机に置いといてくれ。すべて丸く収まったから、後ほど殿下にお返ししよう」
もう必要なくなったから陛下も許してくださるだろう、と独り言ちて去っていくザハド。
この後、『ミランダが作ったリストをもとに部隊が編成されたらしい』という噂がまことしやかに王宮内を駆け巡った。
その危険性を加味して両端が血のように赤く塗られた、という逸話まで持つ血塗られたリスト。
ミランダが『これは』と思う者を最前線へ送るため作成したとされる、曰く付きの恐怖のリスト。
守秘義務違反なので噂の出所は秘されているが、『デスリスト』として名を知られたソレは時を経て、そしてザハドの手を経て、再びミランダのもとへ舞い戻ってきたのである。
深夜にまで及ぶ会議がやっと終わりを迎え、先程閉めた小窓の奥から、人が動く気配がした。
「……それは、お辛かったですね」
労わるようにミランダの背中へと手を当て、ルルエラがそっと慰める。
噂を漏れ聞いていたルルエラは、ブラッシュアップされた内容が気になるのか、チラリとミランダの手元に目を遣った。
「会議も終わったようだから、そろそろでしょうか」
ミランダとの約束があるので、クラウスがこちらに向かっているはずである。出迎えようと腰を浮かせて振り向いたルルエラは、次の瞬間動きを止めた。
身体が押しつぶされるような強い圧。
視線の先には半開きの扉口にもたれ、訝し気に眉をひそめるクラウスの姿――。
「何が辛かったんだ?」
よく通る低い声がすぐ真後ろで落ち、ミランダはギシリと固まった。
ミランダとの約束があるからと急ぎ向かったクラウスだったが、侍女との会話が気になり様子を窺っていたらしい。
「……いえ、陛下にお伝えするほどのことではございません」
「ん? その赤く塗られている紙はなんだ?」
相変わらず目ざとい大国の王は、ツカツカと足早に歩み寄る。
クラウスの後方に立っていたザハドがひょっこりと顔を覗かせ、これはマズいと青褪めた。
「取り上げたはずだが……」
ケーキ皿の下に突っ込んで誤魔化そうとしたのだが間に合わず、サッと奪われてしまう。
「偶然見つけましたので、どうしてもとお願いし返していただいたのです」
勝手に返したと知られると罰せられるかもしれないので、誰から受け取ったかは明らかにせず、無理矢理お願いして奪ったことにするミランダ。
クラウスは最新情報の書きこまれたそのリストに一瞬だけ視線を留め、興味がなくなったのかその場にひらりと投げ捨てた。
「念のため保管しようと思ったが……これはもう、いらないな」
小さな身体を支えるようにしてミランダを抱き上げ、クラウスは温かな手を彼女の背に添える。
顔を赤らめ、困ったように目を逸らすミランダ。
「今度は何をする気だ?」
クラウスの笑いを含んだ声が、より一層恥ずかしさを加速させた。
一話でアップしようか迷ったのですが、5000字を超えてしまったため分けました……。
明日、閑話最終回です。
※補足です。前回のデスリストは別の侍女が付き添いだったため、侍女長ルルエラは知りません。







