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【書籍化&コミカライズ※1/30発売!】初夜に自白剤を盛るとは何事か! 悪役令嬢は、洗いざらいすべてをぶちまけた  作者: 六花きい
第一章:グランガルド編 ~初夜に自白剤を盛るとは何事か!~

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68.ミランダの決断


「思ったよりも早かったな」


 長い廊下の先にある王の執務室で、山積みの書類からクラウスが顔を覗かせる。


 グランガルド、アルディリア、そしてファゴル大公国。

 三国が同盟を結ぶ調印式の朝、ミランダは謁見を願い出た。


 座るよう促され、ミランダの固定席となりつつあるソファーへと腰掛ける。


「シェリルから報告は受けたか?」

「いえ、昨日は遅くまで外出されていたご様子。本日調印式の後、お話を伺う予定です」


 ペンを走らせながら問い掛けられ、ミランダは小さく首を横に振った。


「そうか。俺もまだ詳しくは聞けていないが、良い方向に話が進んだようだ」

「それでは……!?」


 わくわくと目を輝かせ、ミランダはソファーから身を乗り出した。


「新しい国の王妃が決まったぞ。ミランダ、よくやったな」

「まぁ! それは良い報せです!! シェリル様が……そうですか」


 頬を染め、我が事のように喜びはしゃぐミランダへ目を向け、クラウスは頬を緩ませる。


 促されるまま部屋続きのテラスへと足を運ぶと、気持ちの良い風がミランダの頬を撫でた。


「ここに来るのは久しぶりです。自白剤を盛られた翌朝に突然呼び出され、軽食を出されたのには驚きました」

「ああ、そんなこともあったな」


 いつの間にか雨季も終わりに近付き、晴れ間がのぞく。


 二階のテラス席から一望出来る庭園は、以前と同様花々が咲き乱れ、まるで絵画の一部を切り取ったかのように美しい。


「……今回はガルージャを退ける事が出来たが、年々国力が増し、領土を広げ続けている。国境を接する我が国は、今後も侵略の憂き目にあうだろうな」


 クラウスもまた過ぎた日々を思い起こしたのだろうか、手すりに触れ庭園を見下ろすミランダの隣に立ち、ポツリと呟いた。


「だが三国の同盟が為せたのは僥倖だった。ガルージャはともかく、大国アルディリアが控えている以上、インヴェルノ帝国が我が国へと攻め入る事は出来ない」

「いっそのこと帝国と停戦協定を結んでは如何ですか? 貴国は今、国力の蓄えが必要……内政に力を入れるべき時期です。一方帝国は熾烈な後継者争いが続いており、今回のように漁夫の利に乗るならともかく、正面から攻め入る体力はもうありません。良い頃合いかと」


 ミランダの言葉に思うところがあったのか、クラウスは喉を鳴らして笑った。


「お前の発想は、為政者のソレ(・・)だな」

「しがない大公女の戯言ですが、お褒めに預かり光栄です」

「何がしがない大公女だ、まったく……昨日、三国で結ぶ同盟条約について最終確認をしていたのだが、その際アルディリアの王からも同様の提案があった。実は俺も考えていた事だ」


 庭園を彩る花々の仄かな香りが風に乗り、ふわりと優しく鼻腔をくすぐる。


 ミランダは遠くを見つめるクラウスの横顔に、そっと視線を走らせた。


「停戦協定の草案は複数国間での調整が必要なため、それなりに時間を要するだろう。加えて戦後処理や新たな人員配置、新国家の構想も練らなければならない。以前早くて半年と伝えたが、恐らくこの様子だと、落ち着くまで一年近くかかりそうだな」


 難儀なものだ、とクラウスは独り言ちる。


「カナン王国は引き続き従属国とし、ドナテラ王女は本人の希望により、グランガルドへ身柄を移すことになった。どのような立場で過ごしてもらうかは今後検討が必要だが、そもそも皆名ばかりの側妃。お前の結論に依らず水晶宮は廃し、側妃の身分からは解放する予定だ」


 口をつぐみ、ミランダは揺れる木々を見つめる。

 さざめくような葉の音が、優しく二人を包み込んだ。


「お前がファゴル大公国を治めれば、きっと素晴らしい国になる」


 グランガルドで初めて相見(あいまみ)え、喉元へと剣を突き付けられた時には、こんなに穏やかな時間を過ごせるとは思いもよらなかった。


「代わりの後継を今から育てるのは、さぞ大変だろうな」


 饒舌ではないはずの彼がミランダを気遣い、どんな答えを出してもいいように、懸命に言葉を紡いでくれる。


 弱音を吐く場所もなく、泣くことも許されず、ただ強くあらねばならない大国の王。


 だが支えて貰わずとも、大国を治めるだけの力が彼にはある。


「……短い間でしたが、陛下と共に過ごし、どのような方か少しは分かっているつもりです。信頼に足り、理知に富み、諫言を受け入れる度量もございます。貴国は今後益々、隆盛を誇っていくことでしょう」


 並び立つ王妃がミランダである必要はないのではないか、それよりもファゴル大公国の行く末を案じるべきではないのか。


 ずっとずっと、考えていた。


「――そこに、お前はいるのか?」


 ミランダの言葉に、クラウスは顔を強張らせる。


 握りしめた大きな拳。

 戦いに明け暮れ、傷だらけの指先が微かに震える。

 シェリルのように身を焦がす愛情がどんなものか、自分にはまだ分からない。


 必要とあらば祖国の為、すべてを犠牲にする覚悟を以て日々臨んできたというのに、なぜこんなにも迷うのだろう。


 自分がいなくなれば時を経ず、代わりの女性が隣に立つのは分かっている。


 だがそれを想うと、なぜこんなにも悲しい気持ちになるのだろう。


 緊張で顔を強張らせたクラウスと、視線が交差する。

 相変わらずの怖い顔――でも、大切なものには身を惜しまないと告げた、彼の言葉がミランダを甘く揺らす。


「お前は特別大切にしてやる、でしたっけ」


 耳をそばだてねば聞こえない程の小さな呟きは、クラウスには届かない。


 訝し気に眉間へ皺を寄せる彼の姿が、何だか可愛く見えてくる。


 そんな自分に驚いて、ミランダは心を落ち着かせるように目を伏せ……そしてふと良い考えが頭を過ぎり、小さく口元を綻ばせた。


「――――はい」


 またしても吐息かと思える程の、小さな呟き。

 聞き取ろうと向き直ったクラウスの大きな身体に、ミランダはぎゅうっと抱き着いた。


「はい。――陛下の、おそばに」


 駄目だと思っていたのだろう、驚きに目を瞠るクラウスの瞳が次第に湿り気を帯びてくる。


 揺れる葉の音以外は何も聞こえない、二人だけの静かな時間。


 逞しい腕が躊躇うようにゆっくりと、ミランダの小さな身体を優しく優しく包み込んだ。


「大切にする」


 先程のミランダ同様、聞き取れない程の小さな答え。


 微かに震えるその声は、吹き抜ける風に運ばれ、湿った空気に染み込むように溶けていった。







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