66.約束の期日
※本日二話目です。
読み飛ばしにご注意ください
「グランガルド国王陛下の許可のもと、水晶宮の全権を任された私、ミランダが伺います。此度の褒賞として、シェリル・ヴァレンスを下賜され、新国家の王妃とするおつもりはございますか?」
朗々と述べる澄んだ声に皆息を呑み、ジャクリーン公爵の言葉を待つ。
「私は――」
「お待ちください」
その返事を遮るようにして、ヴァレンス公爵が立ち上がった。
「シェリルは水晶宮へと戻ったばかり。いくらなんでも……」
「今朝お話したところ、大変お元気そうな御様子でしたが」
「精神的にはまだまだ不安定です。とてもそのような役目は務まりません」
「許可することは、出来ないと?」
ミランダの口調が一変し、和やかだった室内が突如緊迫感に包まれる。
「今はまだ不安定だと言うのなら、それではいつであれば良いのですか?」
威圧するよう真っ直ぐに視線を向けられ、ヴァレンス公爵の額に薄っすらと汗が滲む。
息苦しさに耐え兼ね、だがここで退くわけにはいかないと口を開いた。
「殿下もご存知のはずです。シェリルは王妃になることなど、もう望んではおりません」
「では直接ご本人にお伺いしても宜しいですか?」
「その必要はありません。聞かなくとも分かりきったこと。それに新しい国家の門出に、曰くつきのシェリルを王妃になどと……到底認める事はできません」
「そうですか、では仕方ありませんね」
すうっと目を細め、今度はザハドへ目を向ける。
息を潜めるようにして成り行きを見守っていたザハドが、今度は自分の番かとビクリと肩を震わせた。
「グリニージ宰相閣下、ご教示ください。貴国の貴族法においては、陛下が側妃に召し上げた時点ですべての権利が親権者から陛下へと帰属する、という理解で宜しかったですね?」
「――間違いございません」
「ありがとうございます。先にお伝えしたとおり、グランガルド国王陛下の許可のもと、水晶宮の全権を一任された上でお伺いしています。ヴァレンス公爵が首を縦に振ってくだされば大変喜ばしいことですが、必ずしも必要ではありません」
反論を許さないその言葉に、ヴァレンス公爵が歯噛みする。
グランガルドの重鎮が一堂に会する場。
事前に話を通した上で、ヴァレンス公爵に権限が無い事を改めて明示する。
それには、このタイミングがまさに最適だった。
「本来であれば陛下から命じてしまえば済む話。ですがシェリル様は、私にとって大切な友人。ジャクリーン公爵に望まれた上で、そしてシェリル様もまた納得した上で、手を携えていただきたいと願っているのです」
そう告げてミランダが手元の呼び鈴を鳴らすと、扉が叩かれ、振り向いたヴァレンス公爵の瞳にシェリルが映った。
「シェリル!?」
「合図があるまで隣室に控えるよう、私が指示を出しました。シェリル様、お掛けください」
ミランダの声掛けを受け、ヴァレンス公爵の隣へと腰を掛ける。
――場は、整った。
ミランダは再度ジャクリーン公爵へと向き直る。
「では、続けてください」
先程ヴァレンス公爵に中断された続きをミランダが促すと、ジャクリーン公爵は居住まいを正した。
「はい。私は此度の褒賞としてシェリル様を賜り、妻に迎えることを望みます」
ヒュッと息を呑む音がする。
驚きのあまり、これ以上ない程に目を丸くし、何を言われたか分からないとでも言うように隣に座する父の顔を慌てて覗き込んだ。
前後のやり取りを知らないシェリルからしたら、錚々たる顔ぶれの前で、ジャクリーン公爵が自発的にミランダへと願い出たように見える。
そして異存があったとしても、すでにヴァレンス公爵がその立場にない旨は、先程確認済である。
「……なるほど」
状況を把握し、苦虫を噛み潰したような顔でヴァレンス公爵は呟いた。
シェリルは突然の申し出に戸惑い、落ち着きなくジャクリーン公爵へと視線を向ける。
「私の妻として、また新しい国が戴く王妃として、シェリル様をお迎えしたいと切に願っています」
ジャクリーン公爵は一言一言、シェリルに投げかけるようにしてゆっくりと言葉を紡いでいく。
静まり返る室内。
シェリルの目が不安気に揺れ動く。
その静寂を破り、クラウスの小さな溜息がひとつ、ミランダの耳へと届いた。
「ヴァレンス公、異存はあるか?」
「いえ、ございません……すべてシェリルの意思に任せます」
ここに来て否やとは、到底言えない。
「そうか……それではシェリル、一日の猶予をやろう。明日、正午にこの場所で、ジャクリーン公に直接返事をしろ」
ヴァレンス公爵が同意を示したことに仰天し、ぽかんと口を開けたシェリルへと、クラウスは重ねて告げる。
「よくよく考えた上、断るのであればそれでも無論構わない。自分で考え、自分で決めろ」
「……承知しました」
猶予は、たった一日。
シェリルはゴクリと喉を鳴らし、緊張した面持ちで頷いた。
またしても長い沈黙が降り、各々考えを巡らすように黙り込む。
想定通りに事が進んだことを確認し、ミランダは空気を変えるようにポンと小さく手を打った。
「実はあとひとつ、お願いしたい事があったのですが、陽も落ちて参りました。幸い明後日は同盟の調印式。私の父ファゴル大公も参りますし、セノルヴォ様もいらっしゃいます。折角なのでその時に致しましょう」
まるで何も知らない無垢な少女のように、ミランダはふわりと微笑む。
セノルヴォが呆れたように「お前はどこに行っても相変わらずだな」と独り言ちる声が聞こえ、クラウスが促しその場は解散となった。
思い思いに皆が部屋を後にする。
それでは自分もと席を立ったミランダの腕を、クラウスが徐に掴んだ。
「ミランダ、お前の猶予はあと二日――、調印式の日までだ」
二人の視線が交差し、告げる声が鼓膜を揺らす。
静かに目を伏せ、ミランダはゆっくりと頷いたのである。







