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【書籍化&コミカライズ※1/30発売!】初夜に自白剤を盛るとは何事か! 悪役令嬢は、洗いざらいすべてをぶちまけた  作者: 六花きい
第一章:グランガルド編 ~初夜に自白剤を盛るとは何事か!~

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60.いつだって貴女の味方です


 雨が上がり、雲の切れ間から光が差し込む。

 夜が白々と明ける頃、領主館の一室で、クラウスはカーテンの隙間から差し込む光をぼんやりと眺めていた。


 腕にミランダを抱きかかえながら、重厚感のあるヘッドボードに凭れるようにして寝台に座る。


 あれから何時間経っただろうか。

 シェリルの容態は安定し、峠を越え、後は目覚めるのを待つばかりとなった。


 ミランダはあの後少しだけ意識を取り戻したが、そのまま泥のように寝入ってしまい、今クラウスの腕の中にいる。


 すぅすぅと健やかな寝息を確認し、クラウスは深く溜息を吐くと、確かめるように加護印へと触れた。


「……重症だな」


 祖国かグランガルドか選べと言っておきながら、彼女へ降りかかる危険を目にした途端、失う恐ろしさに片時も手放せないでいる。


 ……()()はなんだ?


 加護印がまるで血の如く、鮮やかな真赤に染まった瞬間、ぞくりと全身が総毛立った。

 身体の奥底から這い上がり、蠢き、呑み込まれるような――。


 『私の加護は、ちょっとした怪我や病気を治す程度のものですから』


 初めて共に過ごした夜、そう言ってはいなかったか。

 ロンの治癒をした際は、予断を許さないと言いつつ、すぐ死に瀕する程のものではなかった。


 それでも、数日かけて通ったと報告を受けている。


 『重い怪我や病気の場合は、何日もかける必要がありますし、広範囲に渡って一度に治癒することもできません。とても限定的な加護なのです』


 確かにそう言っていたはずだ。

 だが昨夜、シェリルを死の淵から一気に引き上げたミランダの加護は、そんな生易しいものではなかった。


「情報が、少なすぎるな」


 大陸を跨いでも、当代に一人現れるかどうか……数代にわたり加護が顕現しないことすらある。


「……早く目を覚ませ」


 ふぅと息を吐いて視線を落とすと、少し寒いのだろうかミランダが腕の中で身動ぎした。


 首元まですっぽりと毛布でくるむようにして抱え直し、少し冷たくなった額にかかる髪を、節くれだった指でそっと払う。


「何をしても構わない……だが、お前が健やかでいることが条件だ」


 体温を分け合うように身体を寄せる。


 子供の様に丸くなって眠るミランダを腕の中に閉じ込め、その頭に口付けると、クラウスは静かに目を閉じたのだった――。



 ***



 瞼を閉じてもなお白む光を、遮るように影が落ちる。

 気配に気付き、シェリルは重くなった瞼をゆっくりと開けた。


「シェリル様!!」


 光に溶けるように輝く双眸。

 心配そうに覗き込む瞳に、見慣れた自分の顔が映り込む。


「クラウス様! シェリル様がお目覚めに!!」


 ミランダの後方にクラウスの姿も見える。


「……なぜ、ここに?」


 シェリルは二人を交互に見遣り、寝ていてはいけないと無理矢理に身体を起こすと、ミランダが慌ててその背中を支えるように手を回した。


「昨夜、お倒れになったと聞き、駆け付けたのです! お身体の具合は如何ですか!?」

「わたくしの愚かな振る舞いで、お手数を……」

「何を仰いますか!? そのようなこと、些事に過ぎません」


 続けざまに言葉を投げかけるミランダへ、シェリルは恐縮した様子で目を向ける。


「……申し訳ございません」


 歩み寄るクラウスに気付き、まだ自由にならない気怠い身体で深く、深く頭を下げた。

 

「謝ることはない。お前を救ったのはミランダだ」


 凱旋した際、アシム公爵を通してヴァレンス公へ、ミランダの加護については伝えてある。

 ヴァレンス公のことだ、既にお前にも話してあるのだろうとクラウスが告げると、シェリルがミランダへと視線を移した。


 なぜ、助けたのですか――? と、その瞳が責めるようにミランダへと向けられる。


「……で、どうする?」


 クラウスは腕を組んだまま、険しい顔でシェリルを見下ろした。


「一度は救った命だが、二度目はない。後は好きにするといい」


 突き放すように告げるクラウスを、ミランダは怒ったように睨み付ける。


 シェリルは、何かに耐えるようにグッと拳を握り締めた。

 しばらく考えるように俯き、それから、ぽつりぽつりと言葉を落とす。


「……()()も済んだ今、わたくしなど生きていても死んでいるようなもの。これ以上、恥を晒し生き続けて、何になるでしょう」


 細く、消え入るような声が、途切れ途切れに耳へと届く。


「もう、消えて、しまいたいのです」


 震える拳に、ぽたりと涙が落ちる。

 クラウスは「そうか」と一言呟くなり口を噤み、腕を組んだまま壁へと凭れた。


 これ以上は何も言う気は無いと、そのまま静かに目を閉じる。

 しばしの静寂……だがミランダが、気に入らないとでも言うように目を眇めた。


「……恥?」


 よく通る透き通った声が、シェリルの鼓膜を震わせる。


「何か恥じ入る事でもあったのですか? これ以上、何かを背負う必要があるのですか?」


 もう充分背負い、苦しんだのではないのですか。

 ミランダの強い眼差しが、刺すようにシェリルへと向けられる。


 責めるように、だが労わるようなその眼差しに、思わずシェリルは声を荒げた。


「ですが、ですがリヒト様は、きっと、もっともっと苦しかったはずです!」


 貴女に何が分かるのですかと、溢れる涙をそのままに、シェリルがミランダを睨み付ける。


「私が代わりに死ねば良かった……ッ!!」


 もう放っておいてください……私に生きる価値など無いのですと、ついにシェリルが泣き出してしまった。


「こんなッ、 ……こんな、私が生き残ったところで、この先何を為すことも出来はしないのに!!」


 小刻みに震えるシェリルの細い肩。

 ミランダが腕を回し、その肩をそっと抱き締めた。


 小さく息を吐き、諭すようにゆっくりと、言葉を紡いでいく。


「……私の友達に、酷い事を言わないでください」


 嘲笑れても疎まれても、ただ真っ直ぐに貫き、成し遂げた彼女に、一体何の罪があるのだろう。


「私の大好きなシェリル様に、酷い事を言わないでください」


 シェリルの濡れた瞳に、ミランダの顔が映り込む。

 染みわたるように優しい声で呟くミランダの腕に、シェリルの涙が伝い、音もなく滴り落ちた。


「どうしても……、どうしてもシェリル様が死ぬのを諦めないと言うのなら、二十四時間片時も離れず見張りを付けて、何回でも、何十回でも……何百回でも私が駆け付けて、治して差し上げます!」


 ずっとです! ずっとずっと、治して差し上げます!!

 シェリルの顔を覗き込むようにして、ミランダが声を張り上げる。


「絶対に、死なせません」


 燃え上がるような黄金の瞳が、彼女を射抜く。

 シェリルは思わず目を瞬かせ、ぐしゃりと顔を歪ませた。


「……それでは、いつまで経っても死ねないではありませんか」

「当たり前です! そのために私がいるのですから!」


 そんなはずはないでしょうと、シェリルが呟き、思わずクスリと笑みが零れる。


「やはりシェリル様は笑顔が一番です。……ご存知ですか? シェリル様が微笑まれると、私はとても嬉しい気持ちになるのですよ!」


 シェリルの笑みを受け、嬉しそうに……それは嬉しそうに、花が綻ぶようにミランダが微笑むと、部屋を取り巻く空気が一変する。


「まぁ、殿下ったら……」


 口元に手を当て、ついにクスクスと笑い出したシェリルへ、ホッとしたように視線を向けて再びその身体を力いっぱい抱き締めた。


「グランガルドでのお姉様のように思っていたのです。……そして、大事な……大好きな、お友達です」


 だから、死なないで。


 やっと涙が止まったと思ったのに。

 シェリルの目にまた、みるみると涙が溢れ出す。


「……ッ、殿下がそのような事を仰るから、……」


 滲んで、お顔が見えなくなってしまったではないですか。

 

 あんなに強がって四年間を生きてきたのに、自分が今どんな顔をしているのかすら分かりません。


 嗚咽混じりに呟きながら、ミランダにしがみつき、肩に顔をうずめてシェリルは泣き出した。


「大丈夫です。……大丈夫ですよ、シェリル様。誰が何を言おうと関係ありません。私がいるではありませんか」


 震える背中を柔らかく撫で、「私がついています」と優しく声を掛ける。


「いつだって貴女の味方です! ……私が必ず、幸せにします」


 決意に満ちたミランダの言葉。

 なにやら不穏な気配を察知し、ん? と壁に凭れていたクラウスが目を開く。


「ご存知かもしれませんが、私は強欲なのです」


 んん? と泣いていたシェリルが、小さな肩から顔を上げ、まじまじとミランダを見つめる。


「絶対にシェリル様を幸せにしてみませます!」

「!?」


 驚いたようにシェリルは目を瞠り、嫌な予感に目を眇めるクラウス。


「絶対です! ふふふ、お任せください。私はやるといったら、必ずやるのですよ!」

「ま、まぁ、それは嬉しいですわ! でも何故でしょう、心なしか不安に……」


 引き攣った笑いを浮かべるシェリル。

 今度は何をするつもりだと、クラウスが顔を強張らせた。


 陽が高々と昇り、開け放たれた窓から吹き込む風が、少し湿った匂いを運ぶ。


 笑顔の戻ったシェリルを抱き締めながら、ミランダはどこかホッとしたように、嬉しそうに微笑むのだった。







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