59.力の代償
――未明。
シェリルが服毒したとの報せを受け、ミランダは急ぎ水晶宮を後にする。
クラウスはミランダを腕に抱いたまま馬へと跨り、護衛騎士達を連れ、雨の中を駆けて行った。
「報告を受けた時点で、かなり重篤だと聞いている」
無事に弔いを終え、早ければ明朝水晶宮へ到着すると報せがあったのは、昨日のこと。
今宵シェリルが滞在している王都手前の街は、毒に詳しい医師がおらず、十分な治療は期待出来ないという。
「……チッ、視界が悪いな」
打ち付ける雨をものともせず、ミランダを外套につつみ抱きかかえたまま、一気に駆け抜けていく。
ミランダはクラウスの腕の中で、外套の隙間からそっと雨空を見上げた。
今は亡き王太子の、復讐の為だけに生きた四年間。
生きる目的を成し遂げた今、彼女は次に何を為すつもりなのだろうかと、ずっと考えていた。
「義姉上…………」
揺れる馬上から、クラウスの呟きが零れるように耳へと届き、大きな雨粒が陰鬱な音を立て、頬にぶつかっては消えていく。
星も見えないその空を、ミランダはぼんやりと、心許なげに眺めていた。
***
「意識障害が続いており、時折痙攣もみられ予断を許さない状況です」
領主館でシェリルの治療に当たっていた医師が状況を説明する中、ミランダは寝台に横たわるシェリルのもとへと歩み寄った。
「毒の種類は未だ特定出来ておりません。経口摂取した毒物が多く残留していると判断し、胃の洗浄を行いましたが、あまり効果は得られませんでした」
痛々しい火傷痕を残した顔は土気色に染まり、喉元からは掠れた音が苦し気に漏れる。
クラウスは人払いをすると、外に立つ護衛騎士達に、扉を閉めるよう指示を出した。
一刻も早くと、シェリルに向かいミランダが腕を伸ばす。
だが、その腕を遮るように、何故かクラウスがガシリと掴んだ。
「陛下……? どうされました?」
猶予は無いはずなのに手を止められ、訝し気に目を向けたミランダと視線が交差する。
「何かあるなら、仰ってください」
「いや、……これが正しい事なのか、急に分からなくなってしまった」
横たわるシェリルの寝台の前に立ち、躊躇したようにクラウスは呟く。
「初めから死ぬつもりの人間を救っても、結局は同じ道を辿るのではないか、と」
それであれば、今ここで生を終えるのが、本人にとって幸せなのではないだろうか。
生きて欲しいと思うのは、ただの自己満足ではないのか。
迷うように、その瞳が揺れる。
「……そうかもしれませんね」
クラウスをじっと見つめながら、ミランダが口を開いた。
まさか肯定するとは思わなかったのだろう。
ミランダの手を掴むクラウスの指が、躊躇いがちに力を失っていく。
亡き兄の婚約者シェリル。
ミランダには到底推し量れない、色々な想いがあるのだろう。
「……ですが、私の知った事ではありません」
掴んだ腕をパシリと払い、ミランダは威圧するようにクラウスを見遣った。
「そんな事は、無事助かってから考えればいいだけのこと。もしどうしても死にたいのなら、その時はその時です!」
出来るか出来ないかも分からないうちから、悩んでいる暇はありません。
ミランダはクラウスを押し退けると、シェリルの首筋に手を当て、眉間に皺を寄せグッと目を瞑る。
うなじに浮かびあがる加護印――、薄紅の花。
幻想的な光の粒が徐々に輝きを増し、宙を舞いながら淡雪のように薄く積もり、シェリルの中へと溶けていく。
先日、ロンに刺された時も同様に、光の粒に包まれた。
どういった仕組みかは分からないが、生命の危機に瀕した際、持ち得る以上の力を使おうとすると、顕現するのかもしれない。
「すべてが終わったら、一緒にお茶会を開こうと約束しましたよね!?」
ミランダの息が荒くなり、額から汗がこぼれ落ちる。
噛み締めた唇から、じわりと血が滲んだ。
グランガルドで出来た、初めての友人。
一緒に過ごしたのは短い時間だったが、姉のようにも思っていた。
……絶対に、死なせない。
限界を超え、脳が焼き切れるように熱くなるが、死の淵は深く、思うように癒せない。
沸騰するように熱を持ち始めた自身の身体をものともせず、さらに力を籠めると、今まで薄紅だった加護印が突如、深紅に染まる。
――その瞬間。
クラウスの肌がぞわりと粟立ち、得体の知れない何かが、蠢くのを感じた。
***
戦場でも感じた事の無い、身体の奥底から這い上がるような……地の底で何かが蠢くような感覚。
数多の死線を越えた経験が、これ以上踏み込んではいけないと、直感的に警鐘を鳴らす。
「ミランダ、もういいッ!!」
叫び、触れるシェリルの身体から引き離すように抱き込むと、既に意識のないミランダがくたりと力無くクラウスに凭れかかった。
土気色だったシェリルの頬が生気を取り戻し、規則的な呼吸音が閉塞感を伴って耳へと届く。
荒く肩で息をしながら、腕の中で目を閉じるミランダへ視線を落とすと、艶やかな白い肌とともに、光を失った加護印が襟口から覗く。
クラウスは数歩ふらつき壁伝いに崩れ落ちると、ミランダの無事を確かめるように強く、その身体を抱き締めた。







