表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化&コミカライズ※1/30発売!】初夜に自白剤を盛るとは何事か! 悪役令嬢は、洗いざらいすべてをぶちまけた  作者: 六花きい
第一章:グランガルド編 ~初夜に自白剤を盛るとは何事か!~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/119

58.いまもなお、お待ちしているのです


 襲撃犯に囲まれ、シェリルの乗った馬車が動きを止める。

 馬車の中にまで響き渡る怒声と金属音。


(じき)に助けも来る。中で待っていろ」


 クラウスの兄、王太子リヒトは覗き窓から外を確認し、隣に座るシェリルを振り返った。


「すぐ戻る」


 心配そうに見つめるシェリルの背に腕を回し、ギュッと抱き締めると、脇に立てかけた剣を握り馬車の外へと飛び出した。


 古びた鉄を打ち鳴らすような鈍い音が聞こえ、馬車の外から鍵を掛けられたのだと分かる。


「殿下!?」


 そこで初めていつもと様子が違う事に気付いたシェリルは、ぞわりと走る悪寒を否定するように頭を振り、両手をついて窓から外を見遣った。


 身も凍るような咆哮を上げ、凶刃に倒れる護衛騎士。

 ただの物取りではない、熟練した傭兵のような動きで連携を取りながら、差し違えるようにして騎士達を沈めていく。


 次々と倒れていく騎士達に舌打ちをしながら、リヒトは馬車を守るように剣を振り続ける。


 倒れざまに貫こうとする襲撃犯の剣を素早く躱し、右横から突っ込んで来た別の剣を叩きつけるように弾いたその時、シェリルの耳が小さな呻き声を拾った。


 襲撃犯の手から伸びた一筋の光。


 わき腹を刺し貫いた剣から、赤黒い血が噴き出すのが見える。

 続けて肩に……そして、太腿に。


 ドスンと音がし、リヒトの身体が凭れるように馬車へとぶつかった。


「……キャァァァアアアアッツ!?」


 全ての神経が逆立つように張り詰め、時間が止まる。


 叫ぶ声は外からの怒声に掻き消え、大切な人へは届かず、ノイズがかったように内から鼓膜を麻痺させた。


「……殿下ッ!!」


 扉へと、叩きつけた拳の皮が裂け、白い手袋が朱に染まる。


 最早生きているのかも分からない、それでもなお馬車を後ろ背に守るように立つ彼に、心臓をえぐり取られるような悲痛な叫び声をあげ、呼び掛けることしかシェリルには出来なかった。


 何度も何度も、叫び、拳を叩きつけ、それでも諦めず身体ごと扉に体当たりするが、重厚な馬車はビクともしない。


 頑丈な錠前が掛かり、中からも外からも開かない馬車内で、ひとり守られるように……たったひとり、安全な場所に取り残される。


「殿下! ……殿下ッ!!」


 全てが終わったのだろうか、シェリルの叫び声以外何も聞こえなくなり、馬車を牽引するためのハーネスが切られ馬が逃げていく。


 ガタンと揺れた馬車の反動で、リヒトの身体がずるずると力無く、座り込むように……馬車の窓からその姿を消した。


「ああッ……!!」


 襲撃犯が馬車に駆け寄り、乱暴に扉を引く音が、鉄の板越しに聞こえる。

 扉が開かない事に苛立ったように、ガンと車体を蹴り飛ばし、黒ずくめの男が何かを指示する姿が見えた。


 予め用意していたのだろうか、孤立した馬車の周りに藁が積まれ、襲撃犯達によって油が放たれる。


 強さを増して揺れ動く炎の中、ぼやける馬車の窓越しに、黒ずくめの男と視線が交差した。


「我が身を焼かれる恐怖に怯えながら死ね」


 深い怨恨を思わせる、憎しみに満ちた眼差し。

 生き残った襲撃犯が去った後、乾いた空気に馬車は瞬く間に燃え上がる。


「ああああ……!!」


 扉を守るように座するリヒトの足元には、山積みになった十数人の死体――それは、彼が命を懸けてシェリルを守った証。

 流れ出た大量の血を吸いきれず、地面には浅く血溜りができた。


 熱風が馬車を襲い、リヒトの身体がぐらりと傾く。


「あああああああああッツ!!」


 せめて……せめて、最期は貴方の傍に。


 鉄の扉は赤々と熱を放ち、高温の煙で肺が焼け、息を吸う事も儘ならない。

 叩きつける拳は裂けたところから焼け爛れ、肉の焦げた臭いとともに、次第に黒みを帯びていく。


 それでもシェリルは燃え盛る炎の中、拳を打ち付け、叫び続けたのだ。


「…………お前を殺す為だけに、生きてきたの」


 ヴァレンス公爵家の騎士に捕縛され、後ろ手に縛られ身動きが取れない黒幕……ヘイリー侯爵の胸にズブズブと短剣が沈み込んでいく。


 件の襲撃は、第二王子の母……ヘイリー侯爵の姉が、王の渡りが絶え打ち捨てられた事に絶望し、自ら部屋に火を放ち、壮絶な最後を遂げた事に端を発する。


 だがそれを逆恨みし、王太子を弑するなどとあまりに愚かで短絡的ではないのか。


「あ……があっ」


 布を噛ませた口から獣のような声が漏れる。

 肉を絶つ不快な感触に、ごっそりと表情を削ぎ落したシェリルの顔が歪んだ。


「隠れ忍んだこの粗末な小屋で、今日、お前は死ぬのよ」


 剣を握る手に力を籠め、斜めに捻ると、ヘイリー侯爵の充血した目がこれ以上ない程大きく見開く。


 ()()()()黒ずくめの男と同じ、濁った瞳。

 怨恨により自ら手を下した事により、ついにシェリルは黒幕へと行き着いた。


 剣を通して、ヘイリー侯爵の身体がぶるりと大きく震えたのが分かる。


 ふらりと一歩後退り、ずるりと剣を引き抜いた。

 ヴァレンス公爵家の騎士が手を離すと、その身体はゆっくりと前のめりに折れ曲がり、まるで赦しを請うように地へと額を付ける。


 血塗れの剣がシェリルの手を滑り、足元で軽やかな金属音を立てた。


 はっはっと荒い息を吐きながら膝をつき、血溜りの中に倒れ込むようにして、その場に崩れ落ちる。


 何故あの時、行かないでと引き止める事が出来なかったのか。

 何故あの時、示されるがまま、一人馬車に残ってしまったのか。


 後悔は波のように押し寄せて、夜が更けるごと、彼女を責め立てた。


「…………ッ」


 後ろ指を差され、嘲笑られ続けても、それでもこの瞬間のために……この為だけに恥を晒しながら、四年もの歳月を耐え忍び、生き永らえてきたのだ。


 誰もが離れ、父すらも腫れ物に触るように接する中、なんのてらいもなく陽のように微笑んだ貴女に、どれ程救われたかご存知ですか。


 彼女の様な強さが自分にあったなら。

 彼女ほど聡明で、誰をも惹きつけるような輝きが、もしも自分にあったなら。


 もっと違う結末を、迎えていただろうか。


 今にも地に(うずくま)りそうになる自身の身体を支えるように、血溜りへと手を突く。


「……ッ、 リヒト様……」


 聞き取れない程の小さな嗚咽が漏れる。

 止めどなく溢れる涙が頬を伝い、ぽたりぽたりと落ちていく。


「会いたい……」


 ――すぐ戻るはずでは、なかったのですか?


 ひとしずく、またひとしずく、床を濡らす血溜りに、透明の雫が滴り落ちる。


 いまもなお、お帰りをお待ちしているのです――。


 気の利いた事ひとつ言えない朴念仁だけど、我儘を言って甘えると困ったように微笑む――、私の、愛した人。


「ッ、……会いたいッ……」


 あなたに、会いたいです――――。


 咽び泣く声は、吹き込む風音に掻き消され、慟哭を呑み込むように夜の帳が下りていく。


 血溜りの中、冷たい床に覆い被さるようにして、いつまでもいつまでも、シェリルは肩を震わせ泣き続けた。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ