44.薬草園の鉢植え
貴賓室の前には反乱軍の見張りが立ち、当然ながら自由な出入りは許されない。
暁の薄明りが淡く窓を照らす中、赤黒く染まったワンピースのまま寝台へと倒れ込み、深く長い溜息を吐きながらミランダは目を閉じる。
赤く腫れあがった胸元の傷から、灼熱感と疼くような痛みが絶えず襲い掛かり、声にならない声が唇から漏れるのを、必死に堪えて歯を食い縛った。
――――やっと、今日が終わる。
疲れ切った身体は重怠く、無理を押して加護を使い過ぎた為、これ以上癒す余力も無く、心做しか身体中が燃えるように熱い。
東の空が薄っすら赤らみ最早夜明けなのだが、そんな事を考える余裕も無く、寝台の上で赤ん坊のように丸くなる。
「疲れた……」
ミランダはそう呟くと、短い息を荒く吐きながら、そのまま泥のように眠ってしまった。
***
「……殿下はまだ眠っているのか?」
反乱軍の指揮官、第四騎士団の副団長ワーナビーは苛立ったように声を上げる。
ミランダが貴賓室に籠ってから、実に一日半。
確認のため定期的に室内を覗くが、一向に起きる気配が無い。何かあったのではと危惧したワーナビーがこっそりと寝室に近付くと、微かに聞こえる寝息と、寝返りを打っているのかたまに衣擦れの音がするので、恐らく疲れて熟睡しているのだろうが……。
この状況で自由気儘に振る舞い、さらには反乱軍の監視を気にも留めず熟睡するミランダの図太さに辟易しながら、ワーナビーは次々と運ばれてくる観葉植物に頬を引き攣らせた。
「副団長、念のため確認をしましたが、毒性のある危険な植物は含まれておりません」
薬草園の使いから手渡された植物リストを確認し、問題ありませんと隊士が報告する。
『ああ、そういえば、水晶宮に置こうと注文した観葉植物がそろそろ届く頃ね……届いたら、この貴賓室に持って来なさい。ガルージャが到着する迄まだ時間があると言うのに、狼藉者に庭園を荒らされ、目を楽しませる物が何もないじゃないの』
貴賓室へと戻る直前、ワーナビーを一瞥し、不機嫌にそう言い放ったミランダを思い出す。
『どの国が来るにせよ、加護持ちの私はいずれにしても王族に召し上げられるわ。……私の機嫌を損ねたら最後、即座に首が飛ぶと思いなさい』
燃えるような黄金の瞳に射竦められ、反射的に頷いてしまったが、幾ら何でもこの量は――。
夕刻過ぎ、王都の薬草園から五十にも及ぶ鉢植えが届いた。
ミランダ宛のモノはすべて取り次ぐよう予め命ぜられていた為、指示のとおりミランダのいる貴賓室の応接間へ運び入れたは良いが、なにぶん数が多い。
『葉からは芳香のある精油が採れ、また樹脂は薬にもなる事から、先日殿下よりご注文頂いた常緑低木です。リストをご覧いただければ一目瞭然ですが、毒性はなく、観葉植物としても美しいため室内に置きたいとのご要望頂き、今回鉢植えでご用意しました。濡れると花が落ちるため、くれぐれも濡らさぬようご注意ください』
反乱軍が制圧した城門の見張りに、事も無げにそう告げた薬草園からの使いは、丸太のような太腕で荷馬車から次々に鉢植えを降ろし、颯爽と城を後にしたと聞いている。
葉を爪で擦ると、確かに爽やかな芳香がふわりと漂う。
「一体何なんだ……」
応接間の半分を埋め尽くし、森のようになった貴賓室を眺めながら、ワーナビーは溜息交じりに呟いた。
***
――貴賓室に籠ってから丸二日半。
昏昏と眠り続けたミランダが漸く目を覚ます頃。
グランガルドが誇る技術者の街クルッセルから、道中の護衛を引き連れて、最高級の宝飾品を携えた職人達が意気揚々と登城する。
十番街の宿屋『エトロワ』からクルッセルへと向かった騎士は、二日の距離を何と一日で駆け抜け、そしてまたクルッセルの職人達も、騎馬にて王宮へ向かったため、想定よりも一日以上早く到着する事が出来た。
ミランダからの依頼品と聞き、慌てて対応した見張りの門番に案内されて先頭を歩くのは、威厳溢れる職人組合の組合長シヴァラク。
それに続く、四十代前後の髭もじゃの男は、ミランダに秒で篭絡された土木チーム長のサモア。
さらに顔に大きな傷のある最年長強面のローガンと続き、最後尾は若手職人のホープ、ジェイコブである。
なお、ミランダは二~三名と伝えた筈だが、選考から漏れそうになったローガンとジェイコブで喧嘩になった為、勝手ながら定員を四名に増員した。
反乱軍で溢れる王宮内を堂々と歩く四名の職人達は、回廊を抜け、ミランダが待つ『王の間』へと到着したのである。







