41.この姿でなければ意味が無いの
「……本当にその恰好で宜しかったのですか?」
装飾の無い簡素なワンピースを、一面赤黒く染め、高貴な身分には凡そ相応しくないミランダの姿に目を遣り、ヴィンセントは心配そうに声を掛けた。
地下通路の途中で吐いた血が、口の周りにもこびりつき、髪は乱れるがままに任せている。
そういえば、謁見の間で初めてその姿を見た時も、血溜まりの中、簡素なドレスを鮮やかに朱く染め上げていた。
「勿論よ。この姿でなければ意味が無いの」
腕の中で小さく丸まるミランダは、素顔のせいか聞いていた年齢よりも幼く見える。
この小さな身体に、背負わせたものの大きさを想い、ヴィンセントは自分の不甲斐なさに唇をきつく噛み締めた。
胸当てのひんやりした冷たさが心地よいのだろうか。
その様子を瞳に映しながら、ミランダはほんの少し甘えるように、すり、とその胸に頬を寄せる。
「ねぇヴィンセント、色々と言ったけれど、危なくなったらすぐに逃げるのよ」
「……殿下こそ、もう少しご自身を大切にされたほうがいい」
ヴィンセントが強い口調で告げると、規則的に繰り返す鼓動を愛しむように、ミランダは柔らかく目を細めた。
「ああ、そうだわ……ひとつお願いがあるの。十番街から少し行った場所に王都の薬草園があるでしょう? ……私が王宮に戻った後、今から言う植物を、素知らぬふりをして王宮に送って欲しいの」
ふふ、と笑って、思いついたように口を開くミランダへ、ヴィンセントは呆れ気味に息を吐いた。
「何をする気かは存じませんが、毒草の類は、リストを見れば一目瞭然です。恐らく受け入れを拒否されますよ?」
「……失礼ね、問題ないわ。精油を作るために、私の指示で植えさせた低木だもの。毒草の類ではないから、お願いすれば許可が下りるはずよ。ミランダから注文を受けたと荷馬車にでも積んで、あるだけの株をすべて送って頂戴」
一体何をしでかすつもりですかと、頬をひくつかせたヴィンセントに、「決して濡らさないようにね」と釘を刺す。
その植物の花言葉はね。
そう言って、ミランダはふわりと口元を綻ばせた。
――――『私は明日、xxxxx』、よ。
***
篝火に照らされた渡り廊下。
『討議室』から『王宮広場』へと続くその渡り廊下に、コツン、コツンと足音が響く。
「な、何者だッ!?」
突如聞こえた足音に、夜の番をしていた反乱軍の兵士は怯え、後退りながら小さく叫び、震える手で呼笛を咥えた。
ピリ、……ピィィィイイイッ!
呼笛から発せられた音は、細く震えながら夜の闇を伝う。
緊急時の笛音を聞きつけ、周囲にいた兵士達が剣を抜いてバタバタと駆けつけた。
「…………なにもの?」
暗闇から浮かび上がる双眸は、狙いを定めて射竦める獣のようであり、荒廃した戦場に立つ幽鬼にも見える。
兵士達が息を呑んで掲げる松明に照らされ、炎のように赤々と燃え上がる二つの光が、一瞬不快そうに揺らいだ。
「おまえ、今この私を、『なにもの』だと言ったの……?」
罪人を詰問するかのような、冷えきった声音に、場の空気が張り詰める。
一歩、また一歩。
ゆっくりと歩を進めるその姿に、相対するだけで崩れ落ちそうになるその威圧感に、兵士達は一様に恐怖を覚え、じりじりと後退った。
身に纏う衣服には、そこかしこに赤黒い血がべったりと染み付き、その尋常ならざる量は、『死』を思わせる。
血飛沫で固まったのか、所々束になった髪は乱れるに任せ、ごわつき、風を受けて片頬に貼り付いた。
「物知らぬお前達に、私を迎える栄誉を与えてあげるわ。……『ミランダ』が戻ったと、愚かな指揮官に伝えなさい」
ざわりと、空気が揺れる。
松明の灯りを受け、瞳を煌々と輝かせながら、向けられた剣を撫でるように視線を滑らせ……その少女は、静かに笑った。







