27.目的は唯一つ
互いの手が届きそうな距離に差し向かいで座ると、シェリルの緑髪碧眼が、ヴェール越しに微かに透けた。
長い睫毛は、やや下がった目元を強調し、どこか寂し気な印象を与える。
さて何のお話でしょうとシェリルが小首を傾げると、顔を覆うヴェールがふわりふわりと柔らかく揺れた。
「素敵ですね……どちらの工房で?」
人払いをして二人きりになり、話の切り出しに躊躇ったミランダがヴェールを褒めると、シェリルはぱちくりと目を瞬かせた。
「まぁ! 褒められたのは、初めてだわ!」
思わず、といった様子でクスクスと笑い出すシェリルの物腰は柔らかく、先程アナベルが言ったような『死神令嬢』にはとても見えない。
「長いこと領内に籠っていましたので、手慰みに編んだのですよ」
どこかしらの工房に発注したのかと思いきや、自身で編んだのだという。
極細のレース糸で編まれた、緻密なフラワーモチーフ。
複雑な刺繍が丁寧に施されており、柔らかく揺れるその様子はまるで————
「……まるで花嫁が顔を覆う、ブラッシャーヴェールのようでしょう?」
ミランダの心を見透かすように、シェリルが言葉を紡ぐ。
このレース糸が白であれば、その通りなのだが、シェリルのヴェールには黒い糸が使われている。
母親が幼子に語り掛けるように、ゆったりと話すその声は暖かく、ミランダは遠くアルディリアで暮らす姉を思い出した。
「私が入宮した理由と、『死神令嬢』と称される所以が気になっておられるのでは?」
優しく問われ、少し迷った後にミランダは小さく頷く。
王太子との結婚式直前、避暑地へ向かう馬車が襲撃にあったのは、四年前のこと。
熱傷により生死の境を彷徨ったシェリルは、その後一切の社交から身を引き自領に籠り、貴族令嬢としては行き遅れの類に入る二十二歳。
父であるヴァレンス公爵がいくら保守派筆頭とはいえ、王太子の元婚約者という立場もあり、今回の入宮にあたり難を唱える者も多かったのではないか。
考えを巡らすミランダに向かい、ここからのお話は他言無用ですよ、と前置きをする。
「気持ちの良い話ではありませんので、詳細は省かせていただきますが……入宮の目的は唯一つ」
ティーカップをソーサーに置き、シェリルは小さく息を吸った。
「王太子襲撃の黒幕であるホレス・ヘイリーの断罪です」
確信はあるが、決定的な証拠がなく、ここまでずるずると野放しにしてしまった。
なかなか尻尾を出さず困っていたところに、ミランダの召し上げが決まり、何としてでも娘を王妃にしたいヘイリー侯爵が動き出すと踏み、革新派の癌を追い落としたい保守派が結託して、今回の入宮に至ったのだという。
「グランガルドにまで名を馳せる『稀代の悪女』、ミランダ殿下が、噂通り陛下を色香で惑わし、国を傾けるような愚か者であれば、ついでに罪をでっちあげて断罪をと思ったのですが」
あまりに酷いようなら、国王ごと挿げ替える案も念頭に置いていたのですが。
うふふと笑いながら、怖い事を言う『死神令嬢』。
「……本来であれば、私が座るはずだった王妃の座」
一度言葉を切り、シェリルは膝の上で、ギュッと拳を握りしめた。
「誰が座ることになるかは存じませんが、大元の禍根を絶たねば、同様の凶事が起きかねません。……私は王太子殿下を御救い出来なかったばかりか、恥知らずにも自分だけが、のうのうと生き残ってしまいました」
姿勢を正したまま、ほんの少し身じろぐと、シェリルのヴェールがまたふわりと揺れる。
それは、永遠を誓う婚儀で花婿が取り払うモノのようであり、喪に服する未亡人の顔を覆うモノのようでもあった。
王太子への深い愛が、こめられているのかもしれない。
「盤根錯節の状態で、次代に引き継ぐ気はございません」
そこまで話すと、「お目汚しになるやもしれませんが」と前置きし、シェリルは自身のヴェールを取り払った。







