110. グランガルド国王陛下の急増直属軍
「勿論、セト様のご意向は承知しています」
まとう空気を和らげ、ミランダは穏やかに続ける。
「そして言葉通りの意味じゃないことは。皆様もご存じの通りです。……まずは人払いを」
そう告げるなり半ば強引に人払いをさせた後、反論の隙も与えず、「戦える者はどれくらい残っていますか?」と領主に向かって畳みかけた。
今ティールに残っているのは、訳あって土地を離れられない者。
例えば、動植物の育成に従事する者、あるいはジャノバまでの移動に耐えられない病人もそうだ。
領主や書記官、帳合責任者など、立場上ここに拘束され、ティールに於いて重要な役割を果たす者も該当する。
その他にも罪を犯した囚人や、数は少ないが兵士として残った者。
挙げれば枚挙に暇がないが、セトに何かあった場合、どのように対応するつもりか……どのような指示が出ていたのか、ミランダは聞いておきたかった。
「ジャノバへの避難も終わり、セト様や兵士が去った今、もし帝国兵が来たらひとたまりもありません。セト様は『すべて自分が命じたことだ』と仰いましたが、それで引き下がるとお思いですか?」
「……」
「封鎖に加担した者達を、見逃すはずがない。領主様も、それは承知のはずです」
だからこそ、セトはあんな方法を使ってでも、ミランダを強引に逃がそうとしたのだ。
――巻き込まないように。
「エリアス殿下……新皇帝が、私を皇后にとお考えのようですが、帝都にいるのはまったくの偽物。本物は私です。他国の、それも悪評はびこる大公女ではありますが、万が一の際は、新皇帝を交渉の席につかせる程度の価値はございます」
情勢も悪く、資源にも乏しく、ティールの現状を知れば知るほど、やるべきことが見えてくる。
このような状況じゃなければ、できることは沢山あったのにと、悔やまずにはいられない。
「祖国ファゴル大公国とは勝手が違い、貴国では男女の役割が明確に分かれています。女の身で何ができるとお思いでしょうが」
一度話を切り、残った主要メンバーの顔を順に見る。
先日の倉庫街での一件があるため、多少は信用を得られているだろうか。
先日は途中まで、けんもほろろで聞く耳すら持ってもらえなかったが、……大公女という身分が明らかになったことで、少なくとも今は、こうして話を聞いてもらえている。
その点はセトに感謝しなければと、ミランダは心の中でそっと呟く。
思い起こせばグランガルドの軍事会議に参加した時は、侮られ、敵意を向けられ、追い落としてやろうとするのが目に見えたところからのスタートだった。
姉の双子を護るため、アルディリアに初めて行った時も、最初から友好的だったわけじゃない。
思えばいつもマイナスから……使えるものは何でも使い、道を切り拓いてきたのだ。
「セト様と、『手を携える』と約束を致しました。ですから、ここで逃げ帰るわけには参りません」
――約束を、違えるつもりもないのですよ?
そう言って、ミランダは穏やかに微笑んだ。
***
領主館に次々と伝令が駆け込んでくる。
本来であればティールに向かっていたエリアスとセトが、正面衝突するはずだった。
だが帝国軍は二手に分かれ、一隊が進路を変えたのだという。
セトが市街から離れた場所で迎え撃とうとしていたのは、民を戦火に巻き込まないため。
だがエリアスはそれを見越して、二つに兵を分けたのだ。
自分は山側からぐるりと回り込む、迂回経路。
そしてもう一つを、正面から来るセトの兵へと当てがった。
なお差し迫った状況ではあるが、一つ嬉しいことがあり、なんとヴィンセントがこの数時間前に、ミランダのもとへと合流したのである。
「ミランダ殿下、ご無事で何よりです」
ティールの人達に少しずつ受け入れられ始めていたものの、見慣れた騎士が領主館に姿を現した時は、さすがのミランダも思わず跳ね上がって喜んだ。
「アルゼン様が許可証を発行してくれました。……殿下をお一人にしたこと、お詫び申し上げます」
許可証を片手に、昼夜休むことなく単騎で駆けてきたのだという。
「偽物は帝都に留まっています。アルゼン様は、ドナテラ様とコニーを連れ、ジャノバへ向かわれました」
「アルゼン様が匿ってくださったのですね。……安心したわ」
ミランダはふっと息を吐き、それからすぐに表情を引き締めた。
「ヴィンセント、状況は聞いていますか?」
「ある程度は……エリアス殿下率いる帝国軍が二手に分かれたと」
「――そうね。市街戦になるのは、時間の問題よ」
***
その頃、クラウスはティールに向かい馬を走らせていた。
山道を抜け、ティールの裏門からこっそり入るようアルゼンからアドバイスまでもらい、まぁ進路を阻まれたらついでに蹴散らすか、程度に思っていた。
三百余名の炭鉱夫改め、元第四騎士団の騎士達を連れ、山側の入口に差し掛かったところで、はためく黒い旗が目に入る。
「陛下、皇帝直属軍です! 一旦引き返しますか!?」
一足先に様子を窺っていたロンが、血相を変えて駆けてきた。
あんまり暴れると後々面倒くさいことになりそうなので、正面突破は避けたいところだが、何か良い言い訳はないものか。
……わりと力技で撃破しがちなクラウスは、ふむ、と思考を巡らせる。
「ロン、アルディリアから逃げ出した炭鉱夫達が、食料を求めてティールに侵入しようとしている、という筋書きだが、どう思う?」
進路上に偶然、障害物が落ちていたので、ついでに片づけただけだ。
ハタから聞いていると、正直頭を抱えたくなるほど雑な筋書きだが、クラウス本人はわりと本気だった。
振り返れば、粗末な衣服を身にまとった炭鉱夫の一団が見える。
だが、その騎乗の姿勢と並びの美しさは、明らかに素人のものではなかった。
「そういえばお前達、俺の指揮で戦うのは初めてだろう?」
第四騎士団、騎士団長ジョセフの理不尽な指示のもと、ときに国賊となってなお、彼らは忠実に戦ってきた。
裏切り者の汚名を着せられ、処刑されかけたところを、ミランダの助命嘆願で救われた者達。
その後はアルディリアのダイヤモンド鉱山で炭鉱夫として働いていたため、体力は十分、何なら騎士時代よりも鍛え上げられ、広背筋が盛り上がっている。
「重罪を犯した我らが、陛下の指揮で……光栄です」
誰かがそう呟いた途端、炭鉱夫姿の騎士達の目の色が変わる。
ミランダを迎えにいく任務のはずが、クラウスの指揮下で戦えると知り、期待に胸を高鳴らせる。
国王クラウス直属軍……それはグランガルドの騎士であれば、誰もが夢見る栄誉なのだ。
一気に士気が跳ね上がるのを感じ、クラウスはふっと口元を緩めた。
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