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【書籍化&コミカライズ※1/30発売!】初夜に自白剤を盛るとは何事か! 悪役令嬢は、洗いざらいすべてをぶちまけた  作者: 六花きい
第二章:インヴェルノ帝国編

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94. もう一つの出口


「しっかりしなさい!」


 迷っている暇はなく、ミランダはさらに声を張り上げる。

 立ち尽くすセトの手を強引に引くが、まだ頭が追い付かないのか反応が悪く、だがその間も衛兵達が迫ってくる。


 少しでも時間を稼げればと、寝台横にあった香炉を手に取り、躊躇いもなく床に向かって投げつけた。

 巻き上がる灰が煙のように宙を舞い、衛兵達の足が一瞬止まる。


「この状況で捕まったら、言い逃れはできません!」


 さらに語気を強めると、ハッと我に返ったようにセトがミランダを見遣った。

 先程とは一転、別人のように俊敏な動きで、ミランダの力では開き切らなかった壁を一気に押し込んでいく。


 ギィ……と音を立てて寝台の死角にあった壁が動き、人がひとり通れるくらいの隙間ができた。


 衛兵達の怒号が背後から迫り、今にも掴まれそうになった瞬間、セトがミランダの身体を抱き込むようにして引き寄せる。

 そのまま抱え上げるなり隠し扉に飛び込み、素早く扉を内側から閉じた。


「……ッ!?」

「すべて施錠しろ!」


 先ほどまで呆然と立ち尽くしていたとは思えない手際の良さで、セトは次々に施錠していく。

 その場にドサリと投げ捨てられたミランダは、慌てて体勢を立て直した。


 何しろ灯り一つない暗闘の中。

 必死に扉へと指先を這わせ、感覚だけを頼りに残った錠をかける。


 分厚い扉にあった錠はすべて掛かり、外部の音を完全に遮断した。


「堅牢な造りになっているから、一度閉めれば、外から開けることはできない」

「脱出口はどこに繋がっているのですか?」

「地下に続く水路があり、小舟が一艘、係留されている。その先は堀だから、抜ければニルス大河川に出られる」


 ひとまず時間は稼げそうだが、ニルス大河川など下ったら外から丸見えではないか。

 どうしたものかと思い悩むが、如何せん、水路の造りが分からない。


「他の経路はないのですか? この状況で悠長に川下りなどしていたら、どうぞ捕まえてくださいと言ってるようなものです」

「誰も川下りをするとは言ってない。泳げるか?」

「……人並みです」

「だろうな、あまり得意ではなさそうだ」


 だが付き合ってもらうぞと呟き、セトは手探りで壁を押す。

 鈍い音とともに隠し階段が現れるが、何しろ暗闇なので、まったくと言っていいほど足場が見えないのだ。


 真っ暗な階段を下り、どこまで続いているのかも分からない通路を手探りで、息を潜めながら進んでいく。


 グランガルドの地下通路は、分かりやすく道が分岐していた。

 だが帝国の場合は通路自体がギミックになっており、知らなければ目を留めることなく通り過ぎてしまう。


「建国当初は強権を発動するあまり、内乱が起きることもしばしばだった」


 今もたまに起きているがと前置きし、声をひそめながら話を続ける。


「もとは城門の他に、出撃口として複数の水門を備えていた。だが有事の際は敵の侵入口になる可能性もあり、有用性を鑑みた結果、堀を作ったタイミングですべて水中に沈めたのだ」


 大きくなる水音とともに、足場がぬかるむ。

 冷たさもあいまって、より一層体力を奪われそうだ。


「きつくても足を止めるな。一度立ち止まると、動けなくなるぞ」


 慣れない悪路に苦戦するミランダを案じてか、たまにセトが振り返り、声をかけてくれる。

 行き止まりだろうか、暗闇に慣れてきた目に、鉄の格子が映り込んだ。


 といっても人が通れるようなものではなく、上側がわずかに水面から顔を出しているだけで、他はすべて水中に沈んでいる。


 苔に覆われ、長く使われていないことが一目で分かる状態だった。


「格子に沿って潜ると、水底付近に、人ひとり通れるくらいの隙間がある。どうだ、いけそうか?」


 是、以外の選択肢がない状況下、セトはふんわりとしたミランダのドレスに目を留めた。


「水を吸えば重くなり、浮かび上がれなくなる。命が惜しいなら、ドレスは捨てていけ」


 そうだろうとは思っていたが、やはり潜るのかとミランダは嘆息する。


 脱ぐのは構わないが、数人がかりで着せるドレス。

 相応の時間がかかるのではと思った直後、セトはドレスの縫い目に短剣を添わせ、コルセットの紐と、重ね布を引き裂いた。


「――息を吸え」


 薄い下着だけになり、軽くなったミランダの身体を、セトが引き寄せる。

 ミランダが肺いっぱいに息を吸い込んだのを確認するなり、滑り込むように水中へと沈んだ。


 冷たい水が一気に全身を包み、突き刺すような寒さに身体が震える。

 張り付いた薄布が浮力を奪い、感覚を失った身体がどんどん沈んでいく。


「……ッ」


 必死に手足を動かして水をかくが、もともと運動は得意ではない。


 ……身体が、鉛のように重い。

 暗い暗い水底へと引きずられていくような錯覚の中、がぼっ、と口から飛び出た大きな泡が、水面に向かって浮いていく。


 沈むのはいいけど、浮かぶのは難しそうね。


 そんなことを思った瞬間、ぐん、と身体が浮き上がる。

 深く沈んだ暗闇の中、ゆっくりと水中を進む感覚に、ミランダは静かに目を閉じた。






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