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【書籍化&コミカライズ※1/30発売!】初夜に自白剤を盛るとは何事か! 悪役令嬢は、洗いざらいすべてをぶちまけた  作者: 六花きい
第二章:インヴェルノ帝国編

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92. 皇帝不在の『謁見式』


 差し出された手の上に、白い指先がそっと乗せられる。


 帝国中の令嬢が憧れてやまない、皇太子セトのエスコート。

 ひとたび煌びやかなドレスに身を包めば、口元を隠していた侍女姿とはまるで別人。


 その佇まいは美しく、高貴な生まれだと一目で分かる。


「美しいが……お前に婚約者がいない理由が分かった気がする」

「なッ……」


 中性的でありながら、どこか人ならざる美しさを纏うセトの美貌を前に、ある者は頬を染め、またある者は甘い幻想に浸り、呼吸を忘れたように目を奪われるのが常だというのに。


 目の前の少女は、興味を惹かれるでもなく、媚びるでもない。

 大国の皇太子と同等の圧を放って、ただ隣に佇んでいた。


「父上は不在のまま、皇后と貴族達へのお披露目の場となる」

「皇帝陛下がいらっしゃらないのに、『謁見式』を行うのですか?」

「それがまかり通るほど、エリアスが……引いては皇后達が力を持っているということだ」


 帝国において、皇帝とは最も神にも近しい『絶対の存在』。

 その言葉は法に等しく、ひとたび口を開けば、天地が覆ろうとも逆らうことは許されない。


 だからこそ皇帝の御前で行われる『謁見式』は、未来の皇太子妃候補達にとって、何よりも重要な場となるはずだった。


「何を考えている?」


 思案に沈んだミランダの瞳が、自分だけを映しこむように、セトはその手を引き寄せる。


「……剣を握ったことのない、労働を知らない手だ。金糸のように美しく艶やかな髪。あるべき深窓の姫君そのものだな」

「欲しいのは、ファゴル大公国の後ろ盾。そして我儘で強欲な悪女ミランダでしょう? ……深窓の姫君ではないはずです」


 そっと伸ばされたセトの指先が、ミランダの頬に触れる。

 ミランダはその手を、押しのけるようにそっと退けた。


「務めは果たしますが、与するつもりはありません。ですからエスコートは、是非ドナテラ様に」


 私は、ここまでで結構です。

 スッパリと線引きをしたミランダを、セトは無言で見下ろした。



 ***



「随分と少ないこと」


 皇帝不在のまま、皇后の楽しげな一声で『謁見式』は幕を開けた。


 広すぎる玉座の間の中央で、ドナテラが汗を滲ませながら跪く。

 いつもなら注目されることもなく、大衆に埋没できるほど地味なのに……。


 セトのエスコートで入場したものの、居並ぶはずの皇太子妃候補が誰一人としておらず、ドナテラだけ悪目立ちしてしまっている。


「ファゴル大公国から大公女ミランダが飛び入り参加し、二人が辞退。エリアスが推挙した者は体調を崩し、この場にいない。ただそれだけのことです」

「始まる前からこの様子では、先が思いやられるわね」


 ひしめく貴族達の視線を一身に浴び、次第に顔色を失くしていくドナテラ。

 不穏な幕開けとなった皇太子妃選定式を目にし、皇后は悦に入ったように笑みを浮かべる。


「肝心の大公女はこの場に来てさえいないようだけれど……何か理由でもあるのかしら?」

「昨夜、体調を崩したようです。準備が整い次第、参ります」

「あらそう? 楽しみだわ」


 わざわざ謁見式直前に毒を盛ったのだ。

 辛うじて命を長らえたとしても、この場に出られるような状態ではないことを、皇后とエリアスは誰よりもよくわかっている。


 追い打ちをかけるべく、皇后がさらに口を開こうとした瞬間、新たな来訪者を告げる声が高らかに響きわたった。


 ――来られないだろうと高を括っていたのに。

 言葉を失った皇后、そしてエリアスの視線の先には、蕩けるように滑らかなベルベットの、深紅のドレス。


 胸元から袖、裾にいたるまで純白のレースをあしらい、金糸がふんだんに使われた刺繍は、緻密な花綱文様を描いている。


 身分の高い女性にはあるまじきことだが、エスコートもなく、ゆったりとした足取りで……まるで皇帝さながらに、玉座の間の中央に歩を進めていく。


「帝国の月たる皇后陛下に、ご挨拶申し上げます」


 この場に現れるはずのないその少女は、何事もなかったかのようにドナテラが跪く場所に進み出て、それから膝をついて頭を垂れた。


 黄金を内包したかのように輝く淡紫の髪が、ふわりと揺れて頬にかかる。

 入場からドレスから……その容姿までも、何もかもが過剰なくらいに華やかで、ひとつたりとも控えめな要素がない傾国の悪女ミランダ。


 皇太子妃選定式の最有力候補であり、外交上、遅参程度の不敬では罰することが叶わない『ファゴル大公国の次期大公』。


 尊い身分がそうさせるのだろうか。

 女性の立場が弱い帝国ではあり得ない、あまりにも堂々とした姿に、居並ぶ貴族達の間でざわめきが広がっていく。


「義母上、どうか遅参をお許しください。理由は、――()()()()()()()()()()です」

「……ッ」


 ミランダの隣に並び立ったセトが、空の玉座を見据えた。

 その隣に座る皇后へ……そして脇に控える第三皇子エリアスへと、冷ややかに視線を巡らせる。


 ——お前達がやったことだろう、と。

 濃藍の瞳が、研ぎ澄まされた剣先のような鋭さを以て、そう告げる。


 歴代のものとはその趣旨を異にする、皇帝不在の謁見式。

 セトと第三皇子、いずれに従うかを今いちど貴族達に問う『最終通告』の場となるはずだった。


 最後の頼みの綱だった皇太子妃候補ミランダを潰し、次代皇帝として擁立するのはエリアス一択であることを示し、圧力をかける。


 そんな、政治的な見世物になるはずだったのに。

 セトに促され、跪いていたミランダとドナテラが立ち上がる。


 対等に、堂々たる姿で並び立つ、ファゴル大公国の大公女ミランダ。

 そして控えめで頼りなさげだが、セトを立てるように一歩引いた場所に立つ、カナン王国の王女ドナテラ。


 その様はまるで絵画の一幕を切り取ったかのように美しく、その場にいた者は皆、息をするのも忘れて見入っていた。





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