第38話 剣聖ノブツナ
@1話
『さて、陽動は奴らに任せて、俺はプリンクリンとやらを頂に行くか…』
俺はそう思いながら、廊下の曲がった角の扉の中に入っていく。気軽に考えていた俺だが、その時に違和感を感じる。
『ん? なんだこれ? もしかして、隠蔽魔法が解除されている!?』
俺は隠蔽魔法が解除された事を受け、咄嗟に身構える。
「ふふふ、何やら、外が騒がしいが、一緒に加わらず、ここで待っていたのが正解であった様じゃな…」
男の声が響き渡り、部屋の暗がりから、男の姿が徐々に進んでくる。そして、ある程度進んだところで、窓から入る月明りでその男の顔が映し出される。
「げっ!!! ノブツナ爺さんじゃねぇか!!!」
俺はその男の顔を見て、驚きの声を上げる。正直、一番会いたくなかった人物だ。
「わしの名を知っておると言う事は、お主も冒険者じゃな? ふむ…確か、その顔はイチロウと申しておったか…」
マズイ! 俺の事を知っていると言う事は、あの爺さんなら、俺の戦い方まで覚えている可能性が高い。俺は焦りながら押し黙って、対策を考える。
「ん? 何も申さぬのか? 同じ日本人の誼、切り合う前に話が出来ればと考えておったが…」
「えっ!? 同じ日本人の誼って、爺さん日本人なのか?」
俺は、ノブツナ爺さんの予想外の言葉に驚いて、思わず答えてしまう。
「おう、漸く答えたか…いかにもわしは日本人じゃ、死してその後にこの世に生まれ変わったのであるがな…」
やべぇ!!! しかも転生者かよ… これでは転生者である俺のリードが無いかも知れん!
「前の生では、晩年、活人剣などやっておったが… やはり、剣に生きるものは、剣に命を預けた生き方をせねばいかんのう…それが未練となって転生したようじゃ…」
俺はノブツナ爺さんの言葉に、普通の転生者とは異なる、只ならぬものを感じる。これは普通の人生を送って来た転生者じゃねぇ。もっと凄い人物だ…もしかして、もしかすると…
俺は頭に湧きあがる疑問を直接、ノブツナ爺さんにぶつけてみる事にする。
「よぉ…ノブツナ爺さんよ… あんた、もしかして…苗字は『上泉』とか言わねえか?」
俺の言葉に、ノブツナ爺さんはニタリと笑う。
「ほぅ… お主、若いのにわしの名を知っておるのじゃな… ほとんどの奴が、わしの死後に生まれたという、武蔵とかいう奴や、宗矩坊主の子の十兵衛という輩しか知らんというのに…」
「あ、当たり前じゃねぇか! 上泉 伊勢守信綱! 後の世の数々の剣豪の師であり、新陰流を編み出した『剣聖』と呼ばれる人物!」
道理でこの爺さん、つえぇーはずだ!、剣の腕で生き死にを決めていた時代で『剣聖』とまで呼ばれる迄登り詰めた人物だ。その弟子にはタイ捨流の丸目蔵人や、大和柳生新陰流の柳生石舟斎宗厳、宝蔵院覚禅房胤栄なんて奴もいやがる。
そこらの転生者とは年季も信念もまるで違う。人同士、剣で殺し合うのが日常の人物だ。いくら強さに憧れる俺でも、そこまでしたくねぇ生き方をしてきた人物だ。
「ほほぅ…お主、かなり詳しいようじゃな…」
俺はたまたまゲームをやっていて、そのついでに調べた内容だが、普通の一般人なら、最強の剣豪と言えば宮本武蔵とか言うだろうが、実際には異なる。一般的な知名度が低いだけで、この爺さんより強い人物と言えば、鹿島新當流の塚原卜伝ぐらいしかいないはずだ。
「確かにわしは『剣聖』と呼ばれておったが、その様な呼び名など、どうでもよい…わしは己の剣を鍛える為に陰流、神道流、念流を修めてきたが、それぞれの流派で最高かと言われれば、その様な事はないであろうし、剣の腕で最高かと問われれば、恐らく塚原殿の方が上であろう…」
ノブツナ爺さんはそんな事を言っているが、その顔は自嘲しているものとは違う。
「だが、わしは、己を研ぎ澄まし、最強の自分となるべく己の研鑽に努めて来た! そして、己自身を極めた、その強さがどこまで通用するか知りたくなった… どこぞの神か仏かは知らぬが、再び生を与えてくれた事に感謝しておるのじゃよ…」
そう言って、ノブツナ爺さんは刀の柄に手をかける。話し合いは以上だ。刀を抜いて殺し合いをするつもりだ。
ブオォォンという低い音と共に、鈍い白がねの刀身ではなく、赤白く光る刀身が抜き放たれる。
「ちょっ!!! なんだよ!! それ!!」
ビームサーベル!? いやいや、科学技術的に無理だろう。でも、魔法技術ならできるのか!?剣や刀で打ち合い、鎬を削り合うってのが定石の戦いで、その剣や刀ごと切れるそんな武器を、こんな剣豪に持たしちゃいかんだろ!! これ、転生者以上のチートだぞ!
やべぇ!!マジやべぇよ!!
俺は未だかつてない程の脅威に、冷や汗やら脂汗やら、至る所から流れ始める。それぐらいヤバい状況だ。これは魔法を使って攻撃するなり、いっその事、逃げ出すか?
俺は身体強化魔法を発動しようとするが、魔法はその効果を現さない。やはり、先程、隠蔽魔法が解除されたように、ここの部屋には魔法を発動出来ないような仕掛けがされているのだ。
くそっ!! こんな爺さん相手に、魔法無しの剣術だけのガチの戦いをしないといけないのかよ!!
「クククッ、この場所では魔法は使えぬぞ… さぁ、お主も抜くがよい」
俺はノブツナ爺さんの言葉に自分の剣を抜き放つ。俺の剣も中々の業物だが、正直、爺さんのあのビームサーベルみたいなものにどれだけ持つか分からない。
お互いが得物を抜き放ち、じわりじわりと足を進めて、互いの間合いを計り合う。魔法アリの話なら、既に俺の間合いだが、魔法無しの状態なので、恐らく爺さんの間合いの方が広いはずだ。
と思っていたら、爺さんが予備動作無しで鋭い初撃を打ち出してくる。俺は咄嗟に後ろに足を蹴るが、二撃、三撃目が容赦なく続く。俺は後ろへさがる角度を変えながら、飛び逃れるが、それを見越したように四撃、五撃目が続く。
その五撃目を躱した所で、自分のすぐ後ろに壁がある事に気付く。
やべ!
俺はすぐさま、壁に手を突き、自分の身体を押し飛ばして、床を転がり一連の斬撃から逃れようとする。そして、床から立ち上がり、体勢を整えようとするが、息を付かせぬように、すぐ目の前に、爺さんの斬撃が迫る。
俺は再び転がりながら、咄嗟にナイフを投げ放ち、柱の陰に転がり逃げる。ナイフはいともたやすく打ち払われた様だが、柱の陰に隠れる時間は稼げたようだ。しかし、初撃からたった数秒でこれかよ… やっぱ年季が違い過ぎる…
初心者の斬撃は雄叫びをあげながら、大振りで一呼吸で一撃が殆どである。手慣れたものになってくると一呼吸で二撃、三撃と打ち出してきて、一端離れて呼吸と整えてから、再び剣戟を繰り返す。しかし、爺さんは一体何撃打ち出してくるんだよ。しかも、呼吸を整えているかどうか分からないが、転がった俺を、隙を与えず追撃に来やがった。
また、普通の剣士は膂力や反射神経にものを言わして、斬撃を飛ばしてくるが、爺さんの場合は詰将棋の様に、躱し方やいなし方が悪いと相手が追い込まれるように撃ち込んでくる。しかも、その斬撃一つ一つに虚実を混ぜながら、的確に人体の急所や関節の筋や腱を狙ってきやがる。どれだけの鍛錬を積み重ねれば、こんな攻撃が息をするように出来るようになるんだ?
転生する前の元の世界で、二十歳前後の主人公が、最強とか至高の強さとか謳ったアニメや漫画とかあったけど、たかが二十歳前後で頂に辿り着ける程、剣の頂は低くない。それは頂に辿り着いたと勘違いする有頂天という奴だ。付け加えて言うなら、爺さんみたいな剣豪だって、そんな事は自身も若い時に済ませている。その上で、こんな歳になるまで、人生の全てを注ぎ込んで今に至っているのだ。
例えていうなら、元々スゲー遺産とか金持っている奴が、着るものも食うものも金を惜しんでカードに注ぎ込み、寝る間も惜しんでカードの事ばかり考えている奴に、超レア二・三枚引いたぐらいの、始めたばかりの初心者に負ける事はねえって事だ… って、俺の事だな… どうしよう、マジやべぇ…
俺は柱の陰からチラリと爺さんを見る。俺は柱を盾にするように周りながら、爺さんとの間合いをとっているが、爺さんはじわりじわりとにじり寄ってくる。おそらく爺さんが本気を出せば柱ごと俺を切って来るだろう。このままいれば、柱で爺さんの動作が見れない分、俺の方が不利だ。
どうする? 部屋の柱に飛び回って、何か考え付くまで時間を稼ぐか?
そう思って、近くの柱めがけて飛び出した瞬間、直ぐ近くに爺さんの姿が現れる。
ちょ! 俺の行動を読んでいたのかよ!
爺さんの鋭い一撃目が俺の腹目がけて突き出される。俺は飛び出したばかりの体制で、足を使った回避が出来ない。なので、身体をくの字に曲げて、一撃目を躱すが、直ぐにそのまま、突き出した顎目がけて切り上げてくる。俺はなんとか顎をあげて、切っ先がすぐ目の前を風切り音を立てて通り過ぎる。そして、爺さんは切り上げた手を返し、三撃目を放ってくる。
どこだ!?
俺は極限下に追い詰められた状況に、最大限の集中力を発揮して、爺さんの三撃目の軌道を読む。
足元か!!
俺は中国武術の演目の様に両足で飛び跳ねて、足元の斬撃を躱す。しかし、その瞬間、爺さんの口元がニヤリと歪むのが見える。三撃目の勢いから、上段に構え、俺を一刀両断にしようと振り落とす!
やられた!!
三撃目を飛び跳ねて躱した俺は、空中にいるので、鳥のように逃げる事も、身体を捻って躱す事も出来ない。これが狙いだったのか!
これはもう剣がどうこう言ってられない!剣で爺さんの斬撃を受けて、剣が断ち切られるコンマ数秒でも時間を稼いで、爺さんに蹴りでも食らわせて逃げないと駄目だ!
耐えてくれよ!! 俺の剣!!
俺は祈るような願いを込めて、爺さんの上段からの斬撃を受ける為、剣を掲げる。
キィィィン……
部屋に金属の甲高い音が鳴り響くき、何かが切り飛ばされていくのが見える。
俺の剣はコンマ数秒も持たずに切られ、俺自身は斬られた事に気が付かないって奴か?
暫くの静寂の後、カランカランと床に軽い何かが転がる音が聞こえる。
「あっ」
目を見開きよく見ると、爺さんの刀の切っ先が無くなっており、赤白く輝いていた光りも消えている。
「しまった! この刀はプリンクリンたんの歌謡会用であった!」
爺さん、マジ、サイリウム振っていたのかよ!!
「ていや!」
俺は殺さない程度の力で、剣の横で爺さんの頭を叩く。
「くっ! 迂闊であったわ…」
爺さんはそう言い残してガクリと崩れ落ちる。
「いや~ マジ助かった… 生きた心地がしなかったぜ…」
俺はそう言って、流れ出た汗を、服の袖で拭おうとする。
「あれ?」
袖に違和感を感じて見てみると、上着の袖口がぱっくりと切り裂かれている。他にもないか確かめてみると、腹の部分や、首元なんかも同じように切り裂かれていた。
「うわぁぁ~ こえぁ~~ 爺さん、マジでサイリウムの刀で切り裂きやがったのかよ…」
これが本物の刀であったならと想像し、背中がぞわりとする。
「やっぱ、爺さんは本物の剣豪… 剣聖ノブツナだな…」
俺は床で気を失っている爺さんを見下ろす。
「さて、最大の強敵は倒した事だし…」
俺は自分の顔がほころんでいくのが分かる。
「うわさのプリンクリンちゃんを拝みに行くとするか…」
俺は先程までとは異なる軽い足取りで先に進んだ。
連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei
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