第三部最終回 第140話 成就と帰郷
カミラル王子に後についていくとここの本部に急ごしらえで用意された部屋に入っていった。そして、お付きの従者を人払いし、部屋の中に運び込まれた木箱の中から、ボトルを一本探し出して、俺に投げて渡してきた。
「イチロー、お前が開けろ、俺はグラスを捜す」
俺は投げて渡されたボトルを確認すると、中々というかかなり良い酒だ。こっちの世界ではかなり珍しいスパークリングワインという奴だ。俺も一度飲んでその美味さに驚いたが、一般冒険者が簡単に飲めるものではない。貴族に呼ばれた何かの祝宴の席で飲めたらラッキーと言う品だ。
俺はごくりと唾を呑み込み、ハンカチを取り出して、コルクの頭を押さえながら、コルクを固定する針金を取り除こうとする。
うわっ 針金に封蝋の刻印が打ってある… めちゃくちゃ上物じゃねえか… やっぱ、王族って奴はいいもの飲んでんな…
「今回の遠征に勝利したら飲もうと思っていたが、まさか到着初日に飲むことになろうとはな…」
そう言って、カミラル王子がフルートグラスを二つ出して、ソファーにどっしりと腰を降ろし、さっさと封を開けろと俺を見る。
俺は高い酒に少し緊張しながら慎重に、針金を取り除いていく。するとシュッとガスのもれる音がしてハンカチ越しに押さえていたコルクが持ち上がるのを感じる。ボトルの中ではシュワシュワと小さな泡が登っていくのが見えるが、吹き出してはいない。どうやら粗相をせず、上手く開けれたようだ。
俺は胸を撫でおろし、テーブルの上に置かれたグラスにゆっくりとボトルの中身を注いでいく。トクトクトクと注がれる音と共に、気泡が弾ける小さなシュワシュワとした音。その音がするたびに、グラスの中に薄い黄金色の液体が満たされていく。見ているだけでも美味そうだ。
二つのグラスに注ぎ終わった所で、互いにグラスを手に取る。
「とりあえずは、お疲れ様だ。ご苦労」
互いに乾杯の仕草をして、グラスを口に運ぶ。沸き立つ香りからして滅茶苦茶よい! そして、口の中に広がる芳醇な味わいと、この炭酸の刺激、うめぇ!!!
俺が久々の炭酸の刺激の余韻に浸る暇なく、カミラル王子が口を開く。
「まったく… お前にはハラハラさせられたぞ!」
カミラル王子はそんな事を言うが、俺にはさっぱり訳が分らん。おそらくは先ほどの会議の事だと思うが、どのあたりがどの様にカミラル王子をハラハラさせたのか思いつかない。
「その顔はなんの事だが分からないといった顔だな」
なんだよ、カミラル王子は俺専用の読心術でももっているのかよ…
「お前は自分の置かれた状況、そして自分自身の事を分かっていなさすぎる」
「俺の状況? 俺自身の事?」
俺はカミラル王子のグラスが空になったので、酒を注ぎ、自分のグラスにも継ぎ足す。
「イチロー、お前、ウリクリを半壊させたプリンクリンを囲っておるだろう」
「うぐっ!」
俺は飲みかけていた酒を吹きそうになる。
「ウリクリを半壊させたプリンクリンに、我らの王族を一夜にして皆殺しにしたカローラ… それに今回のベアースを半壊させた虫王族の者たち… お前は一国を滅ぼせるだけの戦力を持とうとしていたのだぞ?」
カミラル王子はそういってグラスの半分をあける。ペース早いな… ってか、あいつらがそんなに脅威か? 結構、あいつらガバガバの欠点あるぞ。
「一介の冒険者がそんな戦力をもったらどう思われるのか分かっているのか? しかも、配下の者たちは全て、元魔族側だぞ? お前は人類の敵になるつもりだと疑われる所だ」
あ~ 俺の触手シーンをサイリスたちに見られなくてよかった~ あれ、見られていたら、完全に言い逃れ出来ないぐらい人類の敵だと思われていたわ… てか、俺の身辺情報駄々洩れじゃねえか… しかし、戦後を見据えて強大な力を持つ存在を恐れているわけだな、でも俺は一般市民だぞ。
「お前が最初に処断者を一人も出さないと言った時はこの私ですら、疑ったぐらいだ、だが、後ほど、ベアースの復興に置いていくと聞いて、胸を撫でおろしたぞ」
それで最初はギョロ目を剥いてみてたのか。そのまま虫娘たちの軍勢を俺が抱え込むのを本当に恐れていたのか。
「でも、カミラル王子は俺に権限があるように話を誘導していたでしょ?」
「当たり前だ、あれだけの数がベアースのものになれば戦後のバランスが狂うだろうが、それとあれは暗に勇者認定をしたウリクリとイアピースに任せろという事を言っていたのだ」
わかんねぇよ、そんなもん、ってか、結局、自分たちが欲しいだけじゃないか…
「そもそも、そんなに欲しいなら一国だけで来ればよかったものを」
「いや、イアピースはここベアースとは隣接国ではないから、最初は乗り気では無かったのだがな… くっそ! あの筋肉女目!」
筋肉女ってマイティー女王の事だろうな。
「お前のせいでもあるんだぞ!」
「えっ!? なんで俺のせい?」
カミラル王子はまたグラスを空にして俺に突き出す。はいはい、注ぎますよ注げばいいんでしょ… くっそ、このままでは俺の分が…
「ティーナの婿になるお前がベアースに参戦しているのに、イアピースが軍を出さない訳にはいかないだろうが!」
「あっ…」
くっそ、マイティー女王、そこまで考えて俺を派遣したのか… じゃあ、あの金額では安すぎるだろ… 成功報酬はたんまりと貰わないとな。
「そう言う訳で、今回の戦役は個人としてはお前が第一功績者だが、国としては、お前を送り出し、救援物資まで送り、空振りになったが連合軍まで結成したウリクリが第一功績国となる。ベアースとの戦後の権益も一番いい所を持っていくだろう… 腹立たしい!」
あ~ 俺とカミラル王子二人して、マイティー女王の出汁にされたというか当て馬にされた感じなのか…
くっそ! 腹立つな、こんな時は酒でも飲まないとやってられねぇ!! って、あれ? もう酒がなくなったぞ… 逆さにしても一滴も出てこない…
俺は空になったボトルを持ちながら、カミラル王子を見る。
「お前、そんな顔で俺を見ても、こんな高い酒、何本もある訳ないだろうが、王族だからと言って、俺はそんなに贅沢してないぞ」
その後、グラスに残った酒を飲み干すと、カミラル王子との飲み会はお開きとなった。
そして、次の日の朝、ウリクリ、イアピース両軍は早速撤収の準備を始めていた。なんでも軍は金食い虫なので、用事がないならさっさと帰りたいそうだ。まぁ、確かに両軍あわせて十万の兵を動員しているんだから、相当な金額になるだろうな。
俺もこれといって留まる用事がないので、ここから引き上げる準備を始める。連れて帰るジェネラルの子供たちはいくら小さいとはいえ、俺の馬車に詰め込む訳にはいかない。
12人プラス、面倒見役にアルファーとベータ、そして、VHSとDVDが俺達に同行する。なんで俺はVHSやDVDみたいな名前つけたんだろ… 兎に角、馬車がもう一台必要であったが、こちらに関しては、イアピースの方から物資を運んできた馬車を、荷物は救援物資としてハニバルに贈与して、馬車本体は頂く事になった。
で、シュリの今回の目的であるハルヒはシュリの客人として、しばらくカローラ城で預かる事となった。そういえば、ハルヒのあのスレンダー巨乳ボディーを頂いていなかったな、同じ城で過ごすことになるのなら、チャンスはいくらでもあるだろう。
「イチロー殿!」
馬車の準備をしていた俺に、声を掛けられ振り返ると、憑き物が落ちたようにさわやかな顔になったサイリスと、昨日、ぐちぐち言っていたウスターがやってきた。
「イチロー殿、ご苦労であった」
「イチロー殿、この度は本当にお世話になりました。私だけでは、今ここに生き残っている事は出来なかったでしょう。全て、貴方のお陰です。また、近場に来られた時は、是非ともお越しください」
そう言って、サイリスは素手の握手を求めて来た。俺はその手を見ると、自分も手袋を脱ぎ、サイリスと固い握手を交わす。
「おう! 是非ともそうさせてもらうよ、その時はまた美味しいお茶でもいれてくれ!」
「はい! いくらでも!」
俺のサイリスの様子を見てか、マイティー女王まで、この場にやってくる。
「そなたがここの防衛を任されていたサイリスだったな、楽な姿勢でいいぞ」
「はい、マイティー女王陛下!」
サイリスとウスターは略式の敬礼で答える。
「そなたの防衛は見事だったとノブツナ殿も言っておったし、イチロー殿もそう思うであろう? 何か困ったことがあれば、私の所へ来るがよい」
「お気持ち感謝いたします」
っておい! 上官のウスターのいる前で、引き抜きみたいな言葉をかけるなよ!
って、もしかして、アルファーの事でウスターの機嫌を損ねたことに対する、釘を刺しているのか… まさかな… でもありうるな… ベアース内に親ウリクリ派の人間がいた方がやりやすいからな。
今度はここへエイミーも兵士に連れてこられる。
「キング・イチロー様…」
「辛くて大変だと思うが、復興の手伝い頑張れよ、復興が終われば、ちゃんと俺の所で面倒みてやっから」
「ご慈悲のお言葉、誠にありがとうございます。キング・イチロー様のご慈悲に報いる為にも誠心誠意、復興に努めてまいります」
まぁ、こいつらの生態の事と、あの触手の恐怖の事があれば反旗を翻す事なんてないだろう。
皆、挨拶が済むと、それぞれの仕事に戻っていき、俺達の周りにはいつものメンバーとなる。
「みな、準備はいいんだろうな!」
「わらわは準備はよいぞ、ずっと馬車の中におったからな」
「私も、カードパックの再販は復興がある程度済んでかららしいから、用事ない」
「旦那ぁ~ ポチが見当たりませんが…」
カズオだけが困った顔をして答える。
「えっ!? ポチが? あいつどこいってんだ? そう言えば、地下の時も見かけなかったな…」
そうして俺が、キョロキョロと辺りを見回していると、遠くの方からポチが駆けてくる。
「おぉ! ポチ! どこいってたんだよ!」
「わう!」
久々のポチの姿だが、何か違和感を感じる。
「おい、ポチ… お前、太ったんじゃないか?」
ポチの姿を見ると腹がパンパンになっており、身体全体がなんかふっくらしている。
「あ~ ポチの奴、おそらく虫の死骸を拾い食いしてたんでやすよ」
「わう!わう!」
「おまえ、坑道内でも虫を食っていたのかよ… 道理で見かけないはずだ…」
確かにあの虫は美味かったが、これはちょっと食いすぎだ。
「ポチ、お前、痩せるまで走って付いて来い、痩せるまでは馬車に乗せん」
「くぅ~ん…」
俺の言葉を理解したのか、ポチは尻尾を巻いて項垂れる。
「これで、全員集合だな。じゃあそろそろ出発するか」
俺はそう言うと、馬車の御者台に飛び乗る。
そこに、小柄な姿がとぼとぼと歩み寄ってくる。
「イチロー様…」
「おう、フィッツか」
小柄な姿はフィッツであった。フィッツは何が言いたげにもじもじしながら、ただ上目使いに俺を見つめてくる。
「どうした? フィッツ?」
「あ、あの… いや、その…」
そう言って、フィッツは押し黙って目を伏せる。俺はフィッツのその姿を見て、頭を掻きながら考える。
「おい! フィッツ!」
「は、はい! イチロー様!」
俺が大きめの声をかけたので、フィッツは肩をビクつかせて顔をあげて答える。
俺はそのフィッツに手を差し伸べる。
「えっ…?」
「いいから早くしろ! 日が暮れてしまうぞ」
フィッツは俺の意図が通じたのか、笑みと瞳から涙が零れてくる。そして、コクリと頷く。
「はい! 分かりました!」
フィッツは俺の手をとり握りしめる。俺はその手を握りしめ、ひょいと御者台に引き上げる。フィッツの身体は思った通りに軽く、勢い余って俺の胸の中に飛び込んでくる。
「イ、イチロー様…」
初めての時はフィッツの顔は真っ赤になっていたが、今は頬を薄く染めている。
「じゃあ、帰るとするか! 出発するぞ!!」
こうして、俺達はの人々に見送られながら、城塞都市ハニバルを後にしたのであった。




