第103話 初めて見る敵の大群
「旦那、ようやくベアース国内に入りやしたね」
御者台の隣でスケルトンホースを操るカズオが、街道の脇にあるベアース国を示す標識を見て声をかけてくる。
「あぁ、そうだな… ようやく、ベアースに入ったな…」
俺は少しうんざりしながらカズオに返す。うんざりしている「理由」は俺たちの馬車の後ろに続く荷馬車隊にある。
俺達は、輸送物資の準備が終わり、首都のジュノーから東側のシクロンとユリケスを経由して、今、ベアース国に入ったのだが、後に続く10台の荷馬車が遅いわ、度々、休憩を入れるわでうんざりしていたのである。
まぁ、俺たちは使っている馬車は元々イアピース国の王族が贅を凝らして作らせたものなので、そこらの荷馬車と比べると性能は段違いだし、使っている馬もスケルトンホースの二頭立てで、そのスケルトンホースも疲れ知らずときている。そのような恵まれた状態の旅を続けていた俺たちにとっては、荷馬車の遅さが欠伸が出そうなほどに感じる訳である。
「しかし、ミケを連れてこなくて良かったな…」
俺はだらけた姿勢でポツリと言う。
「なんででやすか?」
カズオは目だけをこちらに向けて聞いてくる。
「後ろの荷馬車の荷物あるだろ?」
「あぁ、山積みにされた袋でやすね、あれがなにか?」
「あれ、全部、カリカリだ」
「あぁ… ウリクリで使っている兵糧でやすからね… ミケの奴がいたらまたカリカリほしがりそうでやすね」
ミケのやつはちゅるちゅるの一件以来、少しづつカリカリ以外のものも口にするようになり、城での生活になって、ようやく俺たちと同じものを食べられるようになってきた。まぁ、猫舌なのは相変わらずだが… そんな時に、カリカリの山をみたら、またカリカリ中毒を起こすであろう。
「主様よ」
連絡口の扉が開き、シュリが頭を出してくる。
「なんだ、シュリどうした?」
「お茶を持ってきたのじゃ」
シュリがマグカップを持って出てくる。
「おぉ、ありがとうなシュリ、荷馬車が遅くて欠伸が出そうな所だったわ」
シュリは御者台に登ってきて、俺の隣にちょこんと座りマグカップを差し出す。
「「で、ベアースには入ったのかのう?」
「あぁ、先ほど国境を超えたところだ」
俺はシュリからマグカップを受け取り、カズオにも渡してやる。匂いからするとまたタンポポだな…
「そうか、ここがもうベアースなのじゃな…」
そういってシュリは辺りを見回す。
「なんか短い草とたまにある岩だけで何もないところじゃのう…」
シュリは遠くの景色を見ながらそう口にする。
「お前が根城にしていたところは、比較的暖かい所だし、降水量もあったから緑も野生の生き物も多かったけど、ここは気候が寒い地域だし、降水量も少ないからこんなもんだろ」
俺が言ったように、街道の周りには、起伏が多い地面に低層の草が生え、俺の世界で言う所の北アイルランドみたいな光景が広がっている。
「ここでは、どんな農業をやっておるのかのう?」
「また農業かよ… こんな寒い地方じゃまともに収穫できる農作物なんてあんまりないんじゃなか? できてもジャガイモぐらいだろ。おそらく雑草しか生えないから牛や羊の畜産をしているんじゃないか?」
俺は地理など真面目に勉強していなかったが、船で交易をするゲームをやっていたので、その知識で答える。間違っているかも知れんが…
「ほぅ~ なるほどなぁ~ 人間に食えない草を牛や羊に食わせて、その牛や羊を人間が食う訳じゃな」
シュリが景色を眺めながらそう答える。こいつ、結構、地頭がいいな。
「ま、まぁ… そういう事だ…」
「では、主様よ、あれも畜産の生き物なのか?」
シュリは遠くを指さしながら俺に聞いてくる。
「ん? あれって?」
俺はシュリの指さす方向を眺める。すると、向こうの丘から、黒っぽい、わしゃわしゃしたものが無数に蠢いているのが見える。ここから見ても、決して牛や羊のような動物には見えない。
「いや… あれは違うぞ…」
俺は遠視魔法を使って、視界がみょんみょんと望遠になり、蠢くものの正体を見極める。
「やべぇ… あれは、牛や羊じゃない! 虫だ! 虫だぞ!」
俺の目には、無数の羽蟻に似た昆虫が、蠢いている様子が映った。
「だ、旦那! 敵でやすか!?」
カズオが強張った顔で聞いてくる。
「あぁ、敵だ! 畜生! あれだけの数じゃ、俺たちだけでは輸送隊を守り切れねぇ!」
俺はあまりの敵の多さに狼狽えそうになるのを押さえながら、考え込む。このままやり過ごすか? いや、ダメだ。風向きが変わって、兵糧の匂いが向こうにいったら一斉に襲い掛かって来るかも知れない。そうなったら多勢に無勢、とても輸送隊を守り切れない。では、どうするか…
「囮で敵の気を引いている間に、輸送隊を逃がすしかねぇよな…」
俺は覚悟を決めて、噛み締める様に呟く。
「旦那…」
カズオが心配そうな顔で俺を見てくる。
「俺は、ちょっと、後ろの奴らに声をかけてくるから、お前はその後、離脱者がいないように気にしながら目的地に向かえ!」
「へ、へい! 分かりやした!」
カズオも覚悟を決めた顔で答える。
「主様! わらわも手伝うのじゃ!」
「おう! シュリ頼む! さすがに一人ではキツイと思う」
シュリの言葉にそう返し、俺は、連絡口の扉を開け、中のカローラに叫ぶ。
「おい! カローラ! 俺は敵の囮やってくるから、お前は馬車を守れ! まだ日が昇っているが、すまんが頼むぞ!」
すると、ソファーの処からカローラがぴょこっと顔を出す。
「うん、分かった、イチロー様!」
俺はカローラの返事を確認すると、御者台に戻りシュリに声をかける。
「ちょっと、シュリ、俺の背中に掴まっておけ」
「わ、わかったのじゃ」
シュリは少し戸惑いながら答え、俺の背中におぶさる様に掴まる。俺はシュリが掴まるのを確認すると、そのまま馬車の屋根に上り、馬車の後ろ側へと向かう。そして、後ろの荷馬車を確認すると、身体強化魔法を使って、後ろの荷馬車に飛び移る。
「ひっ!」
俺は見事に荷馬車の荷物の上に着地し、急に飛んできた俺たちに、荷馬車の御者が小さく驚く。
「あそこを見ろ! 敵の大群が屯っている! 俺たちが囮になるから、先に逃げろ! 決して前の馬車からはぐれるなよ!」
「は、はい! わ、分かりました!」
御者は向こうの丘に見える虫の大群を見て狼狽えながら答える。
俺は御者が事態を把握した事を確認すると、また後ろの荷馬車へと飛んで、同じように事態を伝えていく。
そして、最後の荷馬車に事態を伝えた後、地面へと降り立つ。
「さてと、久々に大暴れでもしようか」
「わらわも農業だけではない所を見せるとするかのう!」
シュリは俺の背中から降りて、敵の虫の大群へと向き直った。




