第100話 ウリクリへの出発と醤油禁断症状
「シュリ、畑の方は本当に良かったのか?」
俺は馬車の中で、俺の正面に座り、先ほどからツワブキの皮を剥いているシュリに声をかける。この姿はホント、子供の頃の田舎のおばあちゃんそっくりだ。見た目だけが少女で、喋り方とやっていることはホント婆さんになって来たな…
俺たちは今、ウリクリでフェイン解放、南部獣人連合の人類陣営の参加の褒章をおねだりする為にウリクリに向かっている。その後で、マイティー女王との交渉でベアース解放の依頼を受けるつもりである。ベアースはウリクリの東側にあって、海岸線を持つ国である。地理的な状況からベアース解放はウリクリにとっては重要な案件になるだろう。また、隣国だけに、現在の詳しい状況なども聞けるはずである。
「クリスやダークエルフのおなごたちに畑仕事は教えて来たし、近くのババ様も時折、見に来てくれるから大丈夫じゃ」
シュリは皮むき作業に集中しているのか、ツワブキに視線を向けたまま俺の言葉に答える。俺も、少し手持無沙汰なので、皮の向いていないツワブキを手に取り、皮を剥き始める。
「しかし、ツワブキを見ていると、なんだか日本料理が恋しくなってくるな… 醤油があれば、和風っぽい物を作れるのだが…」
「日本料理? 醤油? なんじゃそれは?」
シュリはそう答えながら、手際よく次のツワブキの皮を剥き始める。シュリの奴、結構速いな…
「あぁ、日本料理とは俺の故郷の料理で、醤油は俺の故郷の万能調味料だ、大体の料理に醤油を使っていたな…」
「ほほぅ~ そんなに良い調味料なのか、で、その醤油とはどうやって作るのじゃ?」
俺は、次のツワブキを剥き始める。
「いや、俺も詳しい作り方は知らんが… どうだろう? 昔やったゲームでは豆と麦と塩水から作れたな… ゲームでは合わせるだけで良かったが、実際にはどうなんだろ? やはり、豆と麦を発酵させないとダメだよな…」
「豆と麦か、それぞれ、何種類か撒いてきたので、出来たら試してみるか? 主様よ」
俺はうーんと頭を捻る。ゲームでは簡単だったけど、実際にはそんなに上手く作れんよな… でも、醤油は欲しいな、なんか無性に醤油ラーメンが食べたくなってきた…
「そうだな、今回の一件が終わったら、作ってみるか…」
そうなると、醤油だけでは無く、味噌や、昆布に鰹節も欲しくなってくるな… ミケやハバナ経由でフェイン・マセレタに注文すれば何とかなるか?
「おはよう~ みんな~」
カローラが骨メイドに抱かれて寝台から降りてくる。
「おう、カローラ起きたか」
「おはようなのじゃ、カローラ」
カローラは骨メイドから降ろされて、俺たちとテーブルの上をみると眉を顰める。
「二人とも何やっているんですか?」
「ツワブキの皮を剥いておるのじゃ」
シュリの言葉に更にカローラは眉を顰める。
「えぇ… あのちょっと、苦い草をまた食べるの?」
「我儘言ってると、大きくなれねぇぞ」
カローラはの舌は完全に子供舌だ。だから、こういった、年寄が好みそうな物は嫌がる。また、俺も子供の時は、田舎のおばあちゃんの料理が苦手だったが… 特に煮っ転がしとか筑前煮とか苦手だったな… しかし、食えないと思うと無性に食べたくなってくる。俺も歳をとったか?
「今回は、皮を剥いたら、もう一度灰汁抜きをするので大丈夫じゃ、安心せい」
カローラはそう言われて、俺の隣にちょこんと座る。
「で、シュリにも聞いたんだが、お前も、城から離れて大丈夫なのか?」
俺は、剥き終わったツワブキを新しいツワブキに取り替えてカローラに尋ねる。
「次に何かしでかしたら、髪の毛をカツラにして売り払うって言っておいたので大丈夫でしょう。プリンクリンも青い顔して震えあがっていましたから」
「あぁ、あの髪は結構手入れに気合入れてそうだからな、それを切れられるのは震えあがるだろう」
「本来なら、等価交換魔法を使わせて、償いをさせたかったのですが、代償があまりにも大きすぎたので、プリンクリンが泣き出して土下座したので辞めときました…」
どれだけの代償になったのか気になるところではあるが、ちょっと恐ろしそうなので聞くのを辞めておく。泣いて土下座って尋常じゃないよな…
そこで、俺はある事を思い出す。俺がイアピースで手に入れて、シュリがベアースに行きたいと言い始めた原因である情報紙の事だ。あれを宿屋で読んでいた時に思った事。それは、魔族側の侵攻が散発的、ゲリラ的である事と、ダークエルフのシーハンが言っていた、ダークエルフたちがある日突然、人類に抵抗し始めた事だ。これは何か魔族側の手のものが、各地の有力者を唆しているというか、洗脳させて人類側に攻撃させているような気がするんだよな。
「話は変わるが、カローラ、お前、以前に魔族側の人間と交渉した事はあるのか?」
「なんですか? 急に、それはイチロー様と出会う前の事ですよね?」
カローラも手持無沙汰なので、ツワブキの皮むきをしながら答える。
「あぁ、そうだ。一応、お前も元、魔族側だったよな? 魔族側の誰かにあって人類に害を及ぼせって言われたんだろ?」
「ん~ 記憶にないですね?」
カローラが首を傾げる。ん? なんだ? 変だぞ?
「おかしいじゃないか、お前、プリンクリンの事はウリクリの一件の前から知っていたんだろ? じゃあ、どこであったんだよ」
「プリンクリンは、私の実家で会いましたね。あの時、プリンクリンはその魔族側の使者のお付というか護衛で来ていたはずですが」
俺は、新しいツワブキに手を伸ばす。カローラはこういう作業は結構、不器用だな、なんかチマチマやっていて全然、剥けてない。
「その時に会ってないのか? じゃあ、その使者は何しに来たんだよ」
「さぁ? 私はその後すぐに、親に実家を追い出されましたから…」
ん~ なにかモヤモヤする話だな… カローラの実家に魔族の使者が来て、その後すぐに親に家から追い出されるって、魔族の使者がカローラの親にカローラを家から追い出せっていったのか? そんな話がありえるのか?
「じゃあ、プリンクリンとはどんな感じで出会ったんだ?」
「なんでも会議中に暇だから、私の部屋に遊びに来たんです」
それ、護衛になってないじゃないか、やっぱりおかしいな…
「んで、会議が終わったら、親が部屋まで来て、お前を追い出したのか? その時に使者はいなかったのか?」
「記憶にありませんね… いなかったと思います」
カローラはようやく一個目が終わったようだな。
「じゃあ、魔族側の使者とかの話は、帰ってからプリンクリンに聞いた方が良さそうだな」
「そうですね、プリンクリンなら直接、魔王と会っているはずですから」
俺は面倒になって、ツワブキを束で掴む。
「ところで、シュリは魔族側の人物に会ったことはあるのか?」
「いや、別にわらわは人類と敵対していた訳でもなく、魔族に味方していた訳でもないからのぅ… ただ、あの辺りを根城にしておっただけじゃ」
ん~ そうか… 城に帰った時に、プリンクリンやダークエルフたちからもちゃんと話を聞いた方がよさそうだな… まぁ、普通の人類側の人間ならそうしているんだろうが、俺の場合は、まぁ、色々あったからな… 色々と…
その日の夜の食事は、ツワブキの天つゆ無しの天ぷらの様なものだったが、俺の醬油欲は更なる加速をしたのであった。




