第九十九話 お隣さんの御実家
二日後。
電車に揺られること二時間半、和奏の実家の最寄り駅に着き、バスに乗り換えて二十分くらい揺られる。
バスから降りて少し歩くと、昔ながらの瓦屋根の家に着いた。
「ここが私の実家」
「結構大きいな」
「そう? そう言われると、近くの他の家と比べたら少し大きいかも」
和奏はそう言いながら、そのまま引き戸式の玄関前に立ってインターホンを押した。
すると、すぐさま玄関の扉が開いて奏子さんが出迎えてくれた。
「おかえり。和奏」
「ただいま、お祖母ちゃん」
奏子さんはそのまま後ろの俺と目が合うと、にやりと笑った。
「よかったよかった。ちゃんとあんたも来たんだね」
「はい、数日間お世話になります。こちらお菓子ですけど、よかったら」
そう言って、お土産を奏子さんに渡した。
和奏に話を聞いて、お酒以外だと洋菓子とかが好きだと教えてもらったので、美味しい洋菓子のお店を西上さんに聞いて買ってきた。
「律儀だねぇ。あんまり気にせず、自分の家のように寛いでいいからね」
「ありがとうございます」
家に入ると、和奏は先に荷物を置くために自分の部屋に向かい、俺は客室に案内してもらうことになった。
「あんたの部屋はここだね」
二階への階段を上がり、廊下を少し進んだ一番端の部屋だった。
扉を開けると、大体八畳ぐらいの広さで畳の部屋。
部屋の中には布団が折り畳まれて置かれており、小振りなちゃぶ台があるだけだった。
「使ってなかった部屋を掃除しただけだから、なーんにもないけどね」
「い、いえ。こんな広い部屋をありがとうございます」
「あはは、そりゃよかったよ。好きに使っていいからね」
奏子さんはそれだけ言って一階に戻って行った。
俺は部屋の中に入って荷物を置くと、少し休憩するように一旦座った。
流石に移動が少し疲れたな……。
今は平気だが、まだ時々ひどく痛むことがあるため、一応医者からは痛み止めの薬をもらっている。
俺は手術痕を軽くさすりながら、何ともないか確認する。
……大丈夫だな。
そのまま少し寛いでいると、部屋をノックする音が鳴った。
「どうぞ?」
扉を開けたのは荷物を置き終えた和奏だった。
「お祖父ちゃんに挨拶しようと思うんだけど……大丈夫?」
和奏は扉を開けたまま、心配そうに聞いてくる。
おそらく俺が刺された場所を擦っていたから、気になったんだと思う。
「少し気になっただけだから、気にしなくていい」
「ならいいんだけど……何かあったら必ず言ってね?」
「ああ」
俺はそう言いながら立ち上がって、和奏と一緒に一階に降りていく。
和奏が一階にある扉を開けると、居間のようでその場に一人座って静かに佇んでいる老人がいた。
「お祖父ちゃん、お久しぶり」
「ん」
どうやら寡黙な人なのか、和奏の方を見て無言で返す。
そのまま俺のほうを見れば、どこか険しい顔をしたまま話しかけてきた。
「君が天ヶ瀬君か」
「は、はい。天ヶ瀬修司と言います」
何やら歓迎されていないのか、俺は少し戸惑いながら挨拶をした。
すると、お祖父さんは俺を見ずに話しかけてくる。
「二人とも、そこに座りなさい」
俺達は言われた通り、お祖父さんの正面に座った。
和奏はどこか訝し気な顔をしながらも、言われた通り俺の隣に座っていた。
しばらく静寂が続いた後、ようやくお祖父さんが口を開いた。
「単刀直入に言おう。うちの子との交際は認めん」
「は?」
「え?」
「認めてほしければ、わしを倒してもらおうか!」
お祖父さんの言葉に俺達が戸惑っていると、ものすごい勢いでこの部屋に向かってくる足音が聞こえた。
そのまま勢いよく扉を開けた奏子さんは、近くにあった新聞紙を丸めてお祖父さんの頭を叩いた。
「ふごぉ!」
「何やってるんだい!」
俺は目の前の光景に何が起きているのか理解が追い付かず、呆然と目の前の光景を眺めてしまう。
和奏は何かを理解したようで笑いを堪えていた。
「いや! 一度はこういう、娘の交際相手に立ちふさがる父親っていうのをやってみたくてなぁ」
「だとしても、自分の孫を助けてくれた恩人に何やってんだい!」
「……すまん」
「だいたいあんたはいっつも!」
奏子さんの普段から溜まっているものを吐き出すように、お祖父さんに説教を始めた。
俺は和奏のほうを見て何が起きているのかを目だけで聞くと、和奏は小声で答えてくれた。
「お祖父ちゃんって、昔からこういうドラマとか映画みたいなことに憧れてて、多分今日のこれもその一つだと思う」
「そうなのか?」
「うん。よくドラマとかで言ってたセリフを引用して時々使ってるから」
俺は和奏の話を聞いた後、今目の前で起きている光景を見る。
「何かに影響されて、そのシチュエーションをやってみたい気持ちもわかるけどねぇ! 人様に迷惑かけるのはやめてくれって、あれほど!」
「はい……はい……婆さんの言う通りじゃ……」
未だに奏子さんの説教は続いていて、その様子を見ながら俺は少し安心する。
よかったぁ……歓迎されていないわけじゃなさそうだ。
俺はほっと安堵すると、その様子を見ていた和奏が少しだけ微笑んだような気がした。




