第九十四話 事情説明の前日
次の日、事情聴取のために警察が俺を訪ねてきた。
俺はあの事件の出来事を聞かれた通り答えていく。
結局事件に関しては、倉澄やあの場にいた奴らが容疑を認めていたのもあって、事情聴取は三十分もかからずに終わった。
「話終わった?」
「ああ。ほとんど俺が助かってよかったみたいな話ばかりだったけどな」
和奏は昨日言った通り、今日もお見舞いに来てくれていた。
警察が来た時に席を外して、今戻ってきた。
「そっか。飲食は気にしなくてよかったんだよね? ゼリー買ってきたから、冷蔵庫に入れとくね」
「ありがとう」
和奏は冷蔵庫の中にゼリーを入れた後、来客用の椅子に座った。
「和奏も事情聴取を受けたんだよな?」
「うん。まぁ私の場合は昔の話とか色々あったから、修司みたいに早くは終わらなかったけど」
「そうか。この事件って、ニュースとかでも取り上げれられてるのか?」
「うん。昨日からこの事件のニュースばっかり」
「だよな……」
それにしてはマスコミの取材とかはなく、和奏も大変そうにしている様子はない。
おそらく会長が裏から根回しして、どうにかしてくれたんだろう。
本当に何でもありだな……あの人。
そんなことを考えていると、ふと俺は昨日聞き忘れたことを思い出した。
「昨日聞き忘れたんだが、一之瀬とかに今回の件について連絡とかしたか?」
「ううん、まだしてない」
和奏は少し申し訳なさそうな顔をする。
俺は和奏の顏を見て、あることに気付いた。
今の状況を一之瀬達に知らせた場合、今回の事件が起きた経緯を話さなければならないため、その際に和奏の過去の話も出てきてしまう。
「まぁ俺が退院してからでも……」
「ううん。それはだめ」
和奏の表情はまだ少し不安な様子だが、声色から話をする決意のようなものを感じた。
「無理してないか?」
「無理してないって言えば嘘になるけど、ずっと前から二人……いや、四人には話なきゃって思ってたから」
事情があるとはいえ、和奏は偽っていることの罪悪感から話さなければいけないと思っているのだろう。
気休め程度にしかならないかもしれないが、俺はそんな和奏に言う。
「あいつらなら大丈夫だと思うぞ。あの桜花夫婦だけじゃなくて、速水も片桐も大概優しすぎるからな」
「……うん。だといいけど」
「もし話して納得できない奴がいても、納得してもらえるように手伝ってやる。話さなきゃいけなくなったのは、俺のせいだしな。大船に乗ったつもりで話しとけ」
俺はできるだけ和奏が気にしないように笑いながらそう言った。
和奏は目を丸くさせて驚いた後、何かがおかしかったのか少し笑う。
「ぷっ……何の根拠もないのに大船って、凄い自信だよね」
「まぁな、それに和奏も思ってんだろ? あいつらならわかってくれるって」
「うん。過去をいつまでも引きずりたくないってのもあるけど、一番は皆を信じてるって気持ちがあるからね」
和奏は先程の不安な表情から変わって、少し元気になってくれた。
「話をするなら、ここがいいだろ。事情を知ってる奴が一人いるだけでもマシだと思うからな」
「うん、ありがとう」
それから俺は幸太と片桐に、和奏は一之瀬と速水に、俺が入院しているということをメッセージで送った。
片桐はおそらく部活中なので、すぐに返信が来ることはないだろう。
そんなことを思っていると、幸太からすぐに返信が来た。
色々と聞かれたが、ひとまず無事ということだけ伝える。
詳細な話は直接したいことを伝えると、二つ返事で承諾してくれた。
「そっちはどうだ?」
「二人ともすぐに返信が返ってきて、物凄く驚いてた。詳しい話は直接したいということも、承諾してくれた」
「ならよかった。全員の予定に合わせるというか、部活をやっている奴が片桐だけだから片桐の予定に合わせたほうがいいのか」
「片桐君の返信待ちってことね」
和奏にそう言われながら、片桐に空いている日を教えてほしいと追加でメッセージを送った。
それから昼食を食べたり、雑談をしていれば片桐から返信が返ってきた。
片桐のメッセージには、心配する内容と一緒に予定についても返信がきた。
「丁度良く明日が午前練らしいから、午後なら空いてるみたいだぞ」
「それじゃあ……明日の午後は予定が空いてるか二人に聞いてみるね」
「ああ。俺も幸太に聞いてみる」
俺達は各々に聞くと、三人とも大丈夫という連絡が返ってきた。
思ったよりも決めてから話す日が空いていなかったのか、和奏は携帯の画面を見つめたまま硬い表情をしている。
「和奏。少し手かせ」
「手?」
和奏が手を俺のほうに出すと、看病した時のようにその手を両手で優しく握ってやる。
和奏は一瞬驚いた顔をした後、安心するかのように優しく微笑んで俺の手を握り返してきた。
前と同じように手を握っているが、今は立場が逆転してるなと思って俺は少しおかしくなって笑ってしまう。
そんな俺を不思議そうに和奏は見ていた。
「どうしたの?」
「いやさ、看病した時と立場が逆だなって思ってな。まるで俺が和奏に手を握ってほしいとお願いしてるみたいでさ」
和奏はあの時のこと思い出して少し顔を赤くしながらも、俺と同じように思ったのか優しく笑いながら一言。
「ばーか」
俺達はそのまま笑い合った。




