第九十二話 協力者の事情
いつのまにか寝ていたが、ふと何か物音が聞こえたような気がした。
俺は何かと思い、真っ暗の中まだ眠い目を開けた。
「はっ!?」
暗くてよく見ないが、目の前には恐らく女の人が俺を覗き込んでいた。
おいおい! この病院出るのかよ!
俺は条件反射で、その女のような人に向かって拳を突き出してしまう。
それがもしこの世のものでなかったら当たるわけもないのに。
「うっ!」
その拳は殴った感触を捉えていて、その人の腹部辺りに直撃していた。
そのままベットが沈む感じがあったので手を着いたのだと思い、俺はすぐさまスタンドライトをつけた。
「……あんたは何やってるんだ」
「痛たた……なんでこんなことするんでしょうか」
ライトに照らされた人物は生徒会長の桐生院玲香だった。
「こんな時間に人の病室に入って様子をうかがっていれば、殴られても仕方ないだろ……というか、面会時間過ぎてるのになんでここにいる……」
「意識を取り戻したとご連絡をもらったんですが、色々と忙しくてこんな時間になってしまいました」
会長がそう言った瞬間、俺はチラッと机の上に置いてあった電子時計で時間を確認する。
時計は二十二時と表示されていた。
「こんな時間であれば、普通に寝てるかもしれないから次の日に行こうとか思うだろ……ってそんなことよりも、面会時間過ぎてるのにここにいることのほうが問題なんだが……」
「私ちょっと顔が広いですから」
俺は額に手を当てて頭を抱える。
今ここに会長がいるということが、許可を取ったと証明しているようなものだったからだ。
「……それで何の用だ」
「様子を見に来たのと、起きていれば謝罪をしなければならないと思いまして」
「どういうことだ?」
会長はいつものような笑みではなく、真剣な表情になって深々と頭を下げた。
「この度は天ヶ瀬君を危険な目に合わせてしまい申し訳ありません。今回の件……私の行動が遅かったために、このような結果を招きました」
俺はまったく意味が分からず戸惑ってしまう。
「ちょっ、急に謝られても訳が分からないんだが」
「……便利屋の協力者と言えば、天ヶ瀬君なら理解できるのではないでしょうか」
俺は会長のその言葉を聞いて、今回の出来事に空いていたパズルのピースがハマるようにしっくりくるものがあった。
「……もう一人の協力者はあんたか」
「……ええ」
「ってことは倉澄の父親の会社の不正を暴露したのも……」
「はい。天ヶ瀬君の考えてることで間違いないです」
今までの学校の話だけでも普通じゃないと思っていたが、本格的な化け物だと認識した。
そこで、また俺の中で一つの疑問が生まれる。
「あんたが倉澄を……いや、倉澄家族を潰すように動いたってのはわかった。でも、それ以外の人達を巻き込まないように、仕向けられたのはどうしてだ? 倉澄の親の会社を大企業に吸収させるなんて、一個人の力では到底無理だと思うんだが」
会長は頭を上げて、今度はいつものような笑みで答える。
「なんてことはないですよ。臣泉院グループの社長は私の父ですから」
「は?」
会長から出てきた言葉が、あまりに衝撃的過ぎて混乱する。
ちょっと待て、こいつは今なんて言った? あの大企業の社長が自分の父親だって?
「ちょっ……ちょっと待ってくれ……臣泉院グループの社長って」
「天ヶ瀬君は知らなかったですか? つい最近ですけど、臣泉院グループの社長が入れ替わりました。現社長は桐生院勇弥、私の父です。ちなみにこの病院も臣泉院グループ関係のものです」
「嘘だろ?」
「調べていただければすぐわかります。ですが、学校の人にお話をしたことはないので知らない方がほとんどです」
「教師達は……」
「校長先生くらいでしょうか。父とは別居中で面談等は常に母だけですし、もし他の先生方に聞かれても同姓同名ってことにして誤魔化しています」
会長はいつものような笑みを浮かべたまま、とんでもないこと話してきた。
父親とは別で暮らしているというのは何か訳ありなのか、俺は少し戸惑いながら会長の家庭について聞いてしまった。
「……えっと、父親と上手くいってないのか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。むしろ仲が良すぎて困ってるくらいです」
「え……っと、じゃあなんで誤魔化すようなことを」
「桜花学校に通ってる人達には、私のことを気にしないで学校生活を送って欲しかったというのもありますが、一番の理由は私のわがままです」
「わがまま?」
「はい。中学卒業と同時に県外に引っ越すことになりそうだったのですが、私はどうしても県内の学校に進学したくて……それで今は母と二人で暮らしをしています」
会長の話を聞きながら少しずつ冷静さを取り戻してきた頭で、ふと和奏のある言葉を思い出した。
「神代が今の高校への進学をあんたに勧められたと言っていたが、もしかして理由はそれか?」
「……その通りです。天ヶ瀬君はわかちゃんから昔の話を聞きましたか?」
「……ああ」
「そうですか……私はあの子がそんな状態であることを中学卒業間際まで知りませんでした。私がそのことに気づいた時には、もう昔の無邪気で優しかった姿は消え去っていました。そんなあの子に昔のような笑顔を取り戻してほしかったから、私は自分が進学した学校を勧めたんです……何かあったとしても守ってあげられるから」
きっと会長は、あの頃に和奏の側にいてやれなかったことをずっと後悔したまま生きてきたのだろう。
俺が会長の立場だったら、同じように後悔したまま生きてきたと思う。
会長は話の区切りがついて、そのまま黙っていた。
会長の気持ちや行動については理解が出来たが、一点だけ俺には腑に落ちない点があった。
「あんたの話を聞いて、倉澄に対する憎しみの気持ちがあるのはわかった。俺があんたと同じ立場だったら、そう思うしな。ただ最初に戻るが、俺に対する謝罪はどういうことだ?」
「本当はもっと早く倉澄グループの不正を掴んで、天ヶ瀬君やわかちゃんに危害が加わる前に終わらせる予定だったんです。ですが、思ったよりも時間が掛かってしまい、その結果このようなことになってしまいました。本当に申し訳ありません」
会長は理由を説明した後、また深々と頭を下げた。




