第九十一話 倉澄のその後と師匠について
そのままお菓子を食べていると、事件後の話を東堂さんが教えてくれた。
倉澄はそのまま逮捕され、その場にいた他の奴らも同じように逮捕。
その他、余罪についてもこれから調べていくらしい。
もちろん倉澄を含めた倉庫にいた奴らは全員退学で、関係する学校は今回の件について謝罪会見が行われたようだ。
「もう神代さんが狙われることはないから、そこは安心していいよ」
「話してくれてありがとうございます」
「気になってるかなって思ったからね」
東堂さんは優しく笑いながら答えてくれた。
そのまま話が一区切りつくと、お菓子を食べ終えた西上さんが急に俺に聞いてきた。
「お前、なんで師匠の武道やめたんだ?」
「えっ……」
思わぬ質問だったこともあるが、どうしてそのことを西上さんが知っているのか驚いた。
西上さんは俺の反応を見て呆れていた。
「倉庫であんな動きしてれば、師匠の武道から離れてるのも丸わかりだ。俺が声をかけてから少しはマシな動きになったが、それでも鈍ってる感じだったからな」
西上さんの言葉を聞いて、あまりに情けない理由なので俺は何も言えなくなってしまった。
俺は中学の出来事で絶望したことをきっかけに、誰とも関わらず問題に巻き込まれなければ、こんな武術は必要ないと思った。
それからすぐ爺さんに一方的にやめることを伝え、道場へ通わなくなった。
もしもあのまま続けていれば、今回だってもっと楽に和奏を助けられたのかもしれないという後悔の念に駆られる。
「おい、何辛気臭い顏してんだ」
「え?」
気付けば西上さんはいつも通りの仏頂面でこちらを見ていた。
そのまま西上さんはため息をつきながら言う。
「はぁ……別に言いたくないことなら言わなくていいぞ。誰だって自分の中で抱えてるもんの一つや二つあるもんだからな。ただ俺が言いたいのは、たまには道場の方に顔出してやれってことだ」
「いや、俺……自分勝手にやめてしまったんですけど……」
「んなことは知らねぇよ。この前道場に行ってお前の話したら、師匠に色々と食い気味に聞かれた。俺はこのまま稽古しに行くたびに、師匠に色々聞かれるのは勘弁なんだよ」
俺は西上さんの話を聞いてかなり驚いた。
やめると言う話をした時は結構淡白な反応だった印象で、そんな風に気にしてもらえていたとは思っていなかった。
「その様子なら行くのは嫌じゃねぇみたいだな」
西上さんは少し笑いながらそう言って立ち上がる。
「おいヤス。そろそろ時間だ」
「そうだね。それじゃ、この後に別件で仕事があるから、これでお暇するね」
東堂さんもそう言いながら立ち上がると、二人とも病室を出て行こうとする。
「あ、ありがとうござました!」
「勝手に来てるだけだから気にしないで。またお見舞いに来るからねー」
「俺達に感謝してるなら、俺の為にも道場に顔出してやれ。ついでにまともに動けるようになったら、運動がてら稽古つけてもらってこい」
二人はそう言うと病室を出て行った。
二人が病室を出て行った後、和奏が少し戸惑った様子で小さく呟いた。
「なんて言うか……二人とも良い人なんだけど、ちょっと変な人達だよね……」
「ちょっとというか、だいぶだな……。独特な雰囲気を持ってるところが、あの爺さんの弟子だなって感じだ」
俺がそう言って答えると、和奏は先程の会話の中で気になったことを聞いてきた。
「そういえば、あの二人が師匠って言ってる人が修司を強くしてくれたの?」
「まぁそうなるな」
「どんな人だったの?」
俺は爺さんのことをなんて言えばいいかわからず、少し考える。
その時、丁度いい表現を閃いた。
「某少年誌の探偵漫画に出てくる主人公の逆バージョン」
「え? それって見た目は子供で頭脳は大人ってフレーズの漫画であってる?」
「ああ。それの逆バージョンで、中身が思春期の中学生みたいな感性してる」
「えーっと……なんか想像してた答えと違って、びっくりしてるんだけど」
「まぁ流石に責任感とかそう言う部分は大人だけどな。プライベートとか自由な時は、大体子供みたいな感じだ」
俺がそう言うと、和奏もそこはそうだよねと言うように苦笑いをしていた。
そのまま爺さんの話で、和奏が続けて聞いてくる。
「修司は自分から道場に通うようになったの?」
「いや、自分からじゃないな。琴吹先生の紹介で通うようになった」
「なんで琴吹先生が?」
「えーっと、俺が外でも面倒事に首を突っ込んでいた話は聞いたよな? その出来事をたまたま琴吹先生に目撃されて事情を説明したら、護身術ってことで爺さんの道場を紹介されたんだよ」
「なるほどねー」
そんな話を和奏としていると、東堂さん達と入れ替わりで母さんと父さんが病室に入ってきた。
父さんは俺の顔を見ると、表情からは読み取りづらいがほっと安心しているようだった。
それから四人で話していると、すでに日が沈みかかっている時間になっていた。
父さんと母さんは夕飯の買い物をするために帰って、和奏はそのまま病室に残って雑談をしていれば、面会終了まで三十分前くらいになっていた。
「そろそろ帰ろうかな」
「ああ。見舞いに来てくれてありがとう」
「私が来たくて来てるだけだから気にしないで。それに夏休み中は毎日来るしね」
「無理しなくても……っ!」
俺が言い切る前に、和奏は笑顔のまま恐ろしい笑みを浮かべていたため、途中で言葉が止まってしまった。
和奏は俺が何も言わないとわかると、そのまま立ち上がる。
「それじゃまた明日ね」
「ああ……また明日」
そのまま和奏が病室を出て行くのを、俺は静かに見送った。
病室で一人になると、今の状況とこれからのことについて考える。
結局、沙希は見舞いに来なかったし、幸太達に俺が入院していることは伝えているのか和奏に聞き忘れた。
目を覚ました今、色々とやることがあるなと思いながら目を瞑る。
俺は久しぶりに長く話をして疲れたのか、強い睡魔に襲われてそのまま眠りについた。




