第八十四話 本来の戦い方ともう一人の便利屋
向かってきた奴らのほとんどが俺を狙って殴りかかってきたので、拳を避けて体が伸びきったところにカウンターを入れていく。
しかし、スタンガンを受けた影響で体に上手く力が入っていなかったのか、俺が殴った奴はよろけるだけで膝を付かせることが出来ない。
なんとか一人ずつ仕留めていきたい俺の考えとは裏腹に、連中は次から次へと向かってくる。
そんな攻防を繰り返して十人近い奴を倒した時、無理に体を動かしているせいで、普段以上に体力を使っていることに気付いた。
過去の一件以来、もう必要ないと思って鍛錬をやめていた自分に対して怒りが湧いた。
ふざけんな! こいつら全員ぶっ飛ばすまでは……っ!
そんな余計なことを考えた瞬間、飛んできた拳に反応が遅れた。
その拳は俺の顔面を捉えて、口の中に血の味が広がる。
よろけた俺に対して、今度は別の奴が追い打ちをかけようと殴りかかってくる。
やっべぇ!
俺は飛んでくる拳を見て、咄嗟に守りの態勢に入ってしまった。
多対一の場合、拳を受けきるのは手数が違うのだから、悪手でしかない。
相手の攻撃に対して守りに入ってしまったら、こちらが反撃するタイミングがなくなってしまうからだ。
そのことに気付いた時にはもう遅く、拳を受ける直前だった。
俺はこの拳を受けることを覚悟して、受けた後をどうするか考えようとした時だった。
「おらよっと!」
西上さんの声と共に人が一人飛んできて、目の前にいた奴らを巻き込んで倒れていく。
巻き込まれなかった奴らは、その光景を見て騒然としていた。
西上さんは自分のやったことをまったく気にせず、俺に話しかけてきた。
「おーいガキ。お前が師匠に習ったのは、そんな戦い方か?」
「え?」
西上さんは俺が思った反応を返さなかったようで、頭を掻きながらため息をついて少しイライラしていた。
「はぁ……。そのやり方が癖になってるのか知らねぇけど、動きに無駄が多いから疲れんだよ。今の状態のお前に丁度いいんだから、もっと習ったことを思い出して、使えるもん全部使っていけ」
「習ったことを……」
俺は一度深呼吸をして落ち着き、道場の稽古を一から思い出していく。
最初の構えから足捌きや体の使い方に呼吸の仕方、組手と称した実践動作の一つ一つ。
(疲れた? そんなの自分の力を使ってるからじゃボケ! もっと相手の力を使え! 今流行りの省エネじゃ省エネ!)
一緒に爺さんの言葉も思い出すが、うっとうしいので蓋をする。
そうしていると少しずつ頭に上っていた血が引いていき、無駄に入っていた体の力が抜けた。
俺が落ち着いた頃には周りにいた奴らも元の状態に戻って、獲物を見る目で俺を見ていた。
そのまま一斉に俺に向かって、殴りかかってきた。
俺は一歩踏み出して、飛んでくる拳をギリギリで避けながら相手の懐に入って襟元と腰を掴む。
そのまま重心の足を払って、背負い投げの要領で地面に叩きつける。
一連の動きが先程までと別物になっているのが、自分でもはっきりとわかった。
体は鈍く疲労していたはずなのに、そんなことを感じさせないくらい楽に感じていた。
その変化は周りの奴らも感じていたようで、安易に突っ込むのを警戒している。
使えるものは全部使う……。
俺は余裕がある正義のヒーローなんかじゃないから、やれることは全部やっていくことにする。
疲労感を感じている表情にし、無理に体を動かして態勢を整えるように周りの奴へ見せた。
すると、周りの奴らは少し安心した様子になって、余裕そうな表情を浮かべて突っ込んでくる。
今度は向かってきた一人の腕を横から掴んで背中に回して固め、そのままそいつを盾代わりにする。
盾になってもらった奴は肩の関節を外して、集団の方に蹴り飛ばして前に出ていく。
近くにいた二人の頭を掴んで互いにぶつけてやった後、そのまま地面に頭を叩きつけた。
そんな感じで暴れていれば、徐々に道場にいた頃の感覚を取り戻していた。
「それでいいんだよ。これはスポーツじゃねぇし、やるかやられるかの殺し合いだ。自由に暴れりゃいい」
暴れている時に西上さんの声が聞こえたが、何を言っているのかよく聞こえなかった。
もう俺の耳に入ってくるのは、向かってきた奴らが痛がる耳障りな悲鳴だけ。
俺の調子が戻ってから数十分。
俺の周りにいた奴らで立っているのは二人、なんとか倒れていない奴らが五人の合わせて七人。
西上さんのほうは、そこまで人が向かってくるようではなかったけど、向かってきた奴らを片っ端から片付けていたようで、十人以上は倒していた。
「どいつもこいつも使えないなぁ~。ねぇ天ヶ瀬ー」
俺が立っている七人と睨み合っていた時に倉澄が俺を呼んだ。
視線だけを倉澄のほうに移すと、俺は血の気が引いた。
それは和奏の側に二人の男がいて、その内の一人が和奏の首筋にナイフが突き付けていたからだ。
「最初からこうしておけばよかったなぁ~。このまま暴れれば、せっかく助けようとした神代さんが痛い目に合うけどいいのかなぁ~」
「倉澄!」
「あー怖い怖い。でもそんな風に言って、神代さんがどうなってもいいの?」
「くっ……」
和奏が人質に取られているこの状況では迂闊に動けない。
でも、このまま倉澄の言う通りにしたところで、この場が好転することなんかありえない。
何か方法がないかと考えていると、西上さんの話し声が聞こえてきた。
「あ? おう。あー了解」
こんな状況なのに誰かと電話していた。
「なんで電話なんかしてんのよ! おじさん、この状況分かってるの!?」
倉澄が西上さんに対して舐められていると感じたのか、怒りを露わにする。
西上さんはどうでもよさそうに耳を携帯から離して叫ぶ。
「おいヤス! もういいらしいぞ!」
その瞬間、和奏の近くにいたナイフを持っていない男のほうが、ナイフを持っていた男の顔面を蹴り飛ばした。
「え!?」
倉澄はその状況に驚いて声をあげた。
蹴り飛ばした男はサングラスを外して、俺と西上さんに笑いかけてくる。
「いやーようやく動けるよー。待たせてごめんね」
そこには見慣れた優男の顔があった。




