第七十六話 会長の提案と倉澄の刺客
あの倉澄との出会いから、和奏の様子がおかしくなっている。
俺とたまたま玄関で顔を合わせても異常に驚いたり、登校中は常に何かに怯えている様子が続いている。
心配して話を聞こうとしても、どこか俺を拒否するように大丈夫としか返してこない。
和奏は今のままだと、心労でいつ倒れてもおかしくない。
俺は放課後の図書室で、一人解決策を模索していた。
「ここにいたんですね」
そんな俺を訪ねたのは、いつものニコニコしたものとは全く異なった真剣な表情の会長だった。
俺が会長の言葉に反応すると、会長は静かに俺の向かい側に座った。
「真面目な話なので、無駄なやり取りは省きます。ここ最近のわかちゃんの様子について、何が原因か知っていますか?」
「……ああ」
「それは?」
俺はこの前の遊園地の出来事を話し始めると、会長は静かに聞いてくれた。
話し終えると、会長は一呼吸入れた後、今までに見たことのない冷たい表情を見せた。
「話を聞くだけで、心中穏やかじゃないですね」
「和奏の奴は何か心当たりがあって、最近あんな感じなんだが……何も話してくれなくてな」
俺達はお互いに黙って考え込んでしまう。
しばらく考え込んだ後、会長がひとまずと提案する。
「私の方は倉澄という女について調べてみます。向こうの情報量に対して、こちらが持っている情報が少なすぎます。わかちゃんが協力してくれればいいんでしょうけど……あの子、変なところで頑固なもので」
「確かにな……もう少し人を頼ってくれるとありがたいんだが」
「そうですね……あと、天ヶ瀬君は出来るだけわかちゃんと一緒に登下校してほしいです」
「ボディーガードってことか?」
「はい。そんな犯罪めいたことがあった場合、冗談では済まないので」
「わかった」
確かに和奏の身に何かあってからでは遅く、俺は会長の提案に賛成した。
学校が近くなったら、俺から見えるところにいてくれるようにすればいい……それなら他の奴らに見られても大丈夫だろう。
そんなことを考えると、少しだけ気になったことが出てきた。
「会長は和奏の家のことを知っていたのか?」
「前にも言いましたけど、私は全校生徒のある程度のことは知ってますから。これ以上は言わなくてもわかりますよね?」
会長は冷たい表情から、いつもの笑顔に戻ってそう言った。
ああ……この人の前には個人情報なんてものはないんだな……。
俺は絶対に会長だけは敵に回さないようにしようと心に誓った。
その日の帰り道。
俺は会長に言われた通り、和奏に連絡して一緒に帰ることにした。
「ごめんなさい……迷惑かけて」
「気にしなくていいぞ」
「……ありがとう」
俺達はそれだけ会話を交わすと、そのまま黙って歩き始める。
しばらく歩くと、何か違和感を感じた。
俺は後ろを振り返るが、そこには誰もいない。
俺はゆっくりと前を向き直して、何事もなく歩き続けながら小声で和奏に聞いた。
「お前……誰かに監視されてたのか?」
「……わかんないの。周り見ても変な人なんかいないし、何か気味が悪くて」
「……どっか店に入っても、誰かに見られてる感じは続くのか?」
「……ううん、それはないかな。だから、逆に建物から出るのも怖くて」
「なるほどな……」
その時、近くにビジネスビルに内設してあるコンビニが目に入った。
そこで俺はあることを思いつき、和奏に提案する。
「和奏はこのまま俺と別れて、あそこのコンビニに入ってくれ」
「いいけど……」
「俺が連絡したら、コンビニから出てきて俺と合流しよう」
「うん……わかった」
和奏の了承を得ると、俺達はコンビニ前で別々に帰るかように振る舞う。
そのまま何事もなく俺は歩き続けると、先程まで感じていた視線が消えた。
それから俺は別の道から路地に入って、和奏と別れた場所の周辺を確認する。
その場には特に変わった様子の人物はいない。
仕事帰りで歩いているサラリーマンや、ここら辺に住んでいるような私服の人達が立ち話をしているだけだ。
ん? 立ち話……あいつら、なんでこんなところで立ち話なんかしてるんだ。
周りにはもちろんビジネスビルがあるため、そこら辺にチェーン店の喫茶店が多くある。
ここがゲーセンや駅の近くなどなら立ち話をしている人がいるのもわかるし、人が住んでいる場所でもあるならば全然立ち話をしていることはおかしくない。
でもここはビジネスビルしかない場所な上に、ここに住んでいる人などほとんどいない。
だから話すとしても、喫茶店に入って話すのが普通である。
俺は立ち話をしている二人に違和感を感じて和奏に連絡を取った。
『すまん、和奏。ひとまず一人で出てきて、少し進むと別のコンビニがあるからそこに入ってくれ』
『どうしたの?』
『怪しい奴を二人見つけた。コンビニに入ったら、また俺から連絡を待ってくれ』
『わかった』
和奏はすぐに俺が連絡した通りにコンビニを出てきて歩き始めた。
それと同時に立ち話をしていた二人組も歩き始める。
黒だな……。
俺は後ろから二人を追いかけようとした時、真後ろに足音がしたので前に飛び込んだ。
そのまま後ろを振り返ると、組んだ両手を振り下ろしてた体格のいい男がいた。
その男の影から、もう一人茶髪でピアスをつけた優男が現れる。
「あれま。ばれちゃったよ」
「別にいいだろ。とりあえず、邪魔らしいこいつをボコれば依頼終了か?」
「だね~」
もしかして倉澄の奴……和奏を囮に使って、俺を始末するのが目的なのかよ。
てか、高校生に雇う金なんかあるのおかしいだろ……和奏のほうも心配だから、さっさと終わらせないとやばいのに。
二人は見るからに喧嘩慣れしてる様子。
正直、こういう奴らと正面からやり合うのは久しぶりな上に、中学卒業後は道場から離れていたのでブランクがある。
……こんなことになるなら、稽古を続けとけばよかった。
俺は立ち上がって構えると、体格のいい男も同時に構える。
そのまま体格のいい男の踏み込みが開始の合図になった。




