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第五十九話 幼馴染の謝罪

 最初に口を開いたのは朝倉だった。

 朝倉は少し萎縮しながらも、勇気を振り絞った様子で話しかけてきた。


「ひ……久しぶり、元気?」


「ああ」


 俺は短く返事をして、気にせずコップに飲み物を入れていく。

 そんな俺の様子に、朝倉は焦っていた。


「あの……えっと。少しだけ……話せないかな?」


「……友達を待たせてる」


「っ……お、お願い! ほんの少しだけでいいから……」



 俺が素っ気なく断るが、朝倉は必死な様子で引かない。

 今まで朝倉が話しかけてきたことは何度もあったが、こんな風に引かないことはなかった。

 今回は、それだけ強い決意をしたということなのだろうか。


「……ほんの少しだけだぞ」


「っ! ありがとう!」


 朝倉が引くことはなさそうだと思ったので、仕方なく話をすることにした。

 俺が話し合いをすることに同意すると、深く頭を下げてお礼を言ってきた。

 それからドリンクバー近くの空いているテーブル席に座った。


「……呼び方はもう……ずっとそのままなの?」


 しばらく待ってから、朝倉がそんなことを聞いて来た。


「……別にどうでもいいだろ。何か問題あるか?」


「……ううん……少し気になっただけで……」


 朝倉は俺の口調について聞いた後、またしばらく黙り込んでしまう。

 これ以上時間を取られるのは嫌だったので、俺は立ち上がりながら話を切り上げようとした。


「……これ以上話がないなら戻るぞ」


「まっ、待って!」


 俺がそう言うと、朝倉は引き止めてきた。

 朝倉の表情はどこか悲しそうなもので、俺はため息をつきながら、もう一度椅子に座った。


「話すから……もう逃げないから」


 朝倉は自分に言い聞かせるように小さく何かを呟いている。

 それから朝倉は何かを決心したようで、顔を上げて俺と目を合わせてきた。

 そして頭を下げた。


「今更謝ってもらっても困るのはわかってるけど、しゅうくんを信じなかった上に、ひどい言葉まで言ったことを謝りたいの……。あの時は……本当にごめんなさい!」


 俺は頭を下げている朝倉を見て、しばらく黙っていた。

 通りすがる人達が、俺達の様子をチラチラを見ている。

 流石に他人の目が気になってきたので、とりあえずこの状況をなんとかすることにした。


「……頭を上げてくれ朝倉……流石に目立ってる」


「……うん……本当にごめんなさい」


 朝倉は俺の言った通り素直に頭を上げてくれた。

 頭を上げた朝倉の表情は、今にも罪悪感に押しつぶれさてしまいそうで、下唇を噛みながら辛そうな表情をしている。


「……はぁ」


 ため息をつきながら飲み物を入ったコップを眺めていて、朝倉は俯いたまま何も言わない。

 しばらく沈黙が続いて、他の人達の楽しそうな声だけが聞こえてくる。

 それから、ようやく俺は口を開いた。


「……きっと朝倉が関わらなくても、遅かれ早かれ起きることだったんだと思うし、朝倉が信じてくれなかったのも仕方ないことだって割り切ってる。最終的に頭に血が上って、冷静な判断ができなかった俺が一番悪い」


「でも! ……っ」


 朝倉が何か言おうとしたが、俺の表情を見て言い止まる。

 おそらく今の俺は自責や怒り、悲しみと言った感情が隠せずに、辛そうな表情になっていると思う。

 そのせいなのか、朝倉は何も言えなくなってしまっていた。

 少し間が空いてから、朝倉は願うような様子で、恐る恐る聞いてきた。


「もう……あの時みたいに戻れないの?」


「……あの頃の俺と別人だから無理だな」


 俺は苦笑しながら言葉を続けた。


「あの時に気付けたことだが……俺は心が弱いみたいだ。物語の主人公とかなら、朝倉を許して過去を乗り越えると思うが、あれから俺は人と関わる事に臆病になっているんだ。だから、朝倉……俺のことなんか気にしないで、自分の道を進んでくれ。俺も俺の道を進んでいくから」


 俺がそう言うと、朝倉は俯いて声を我慢しながら、テーブルに一粒二粒と水滴が落ちていく。

 そんな朝倉を見て、今日謝られて思ったことを昔の呼び方で伝えた。


「でも、琴葉が謝ってくれたことは嬉しかった……ありがとう。もし、俺が過去を乗り越えて気持ちの整理がついたら、昔みたいに遊ぼう……じゃあな」


 それだけ言って俺は椅子から立ちあがると、朝倉は座ったまま手で顔を隠して嗚咽を漏らしていた。

 そんな朝倉を置いて、そのまま戻った。



「遅かったな修司! お前の曲は俺が代わりに歌っといたぞ!」


「あーまぁいいか。別の曲入れるわ」


 部屋に戻ると、幸太が歌っているところで、歌っている途中にそんなことを言ってきた。

 部屋には幸太と一之瀬だけみたいで和奏がいなかった。

 和奏のコップを見ても飲み物が残っているため、ドリンクバーの方には来ていないと思って安心した。


「なぁ一之瀬。神代はどこ行ったんだ?」


「お手洗いに行きましたよ」


「そうか」


「どうかしたんですか?」


「いや、いなかったから気になっただけだ」


「そうですか」


 それから先程の件で精神的に沈んでいたため、バレないように空元気でカラオケを乗り切った。

 施設から出ると、幸太と一之瀬は一緒に帰っていき、俺と和奏も別々に帰った。




 帰る途中なんとなくだが、トイレから戻った和奏の様子を思い出す。

 戻ってきてから和奏は、終始何か悩んでいるような考えているようで、話しかけられても上の空だったり、すぐに気づかないほどだった。

 少し嫌な予感がしたが、そんなことはないだろうと思い、俺は嫌な考えを振り払って帰宅した。

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― 新着の感想 ―
[一言] ようやく過去の問題に踏み込みそうで楽しみ。修司も和奏も闇がありそうなので互いに乗り越えていってほしい。そして心からの笑顔を浮かべることが出来るようになってもらいたい
[一言] 過去はいつかは清算しないとね みんなで幸せになろうよ
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