第三十七話 疑問と放課後
俺は休憩時間に幸太を連れて屋上まで来た。
あの時、幸太がテンパってたとはいえ、何も言わなかったのが気になったからだ。
それにこのまま昔と同じようなことになって、幸太と一之瀬が別れてしまうかもしれない。
その結末だけは避けたかった。
俺は屋上に出る前の階段に腰掛けると、幸太も同じように隣に腰掛けた。
「で? 冷静になったところで聞きたいんだが、あの時なんで何も言わなかったんだ?」
幸太は申し訳ないという顔をした。
「……そうだよな。俺が陽香を守るべきだし、あの状況なら止めるべきだったよな」
「当たり前だろ、何馬鹿なこと言ってんだお前は。俺が聞きたいのはなんで何も言わなかったかだ」
幸太はいつもとは違い、真剣な顔をして俺の方を向いた。
「陽香のことを悪く言われて俺も頭にきたから、はっきり言い返そうと思ったんだけど……。あの人の言葉が本心なのか分からない」
「……どういう意味だ?」
「……俺の手を握った手が震えてたんだよ」
「……は?」
幸太が言うには、あの状況で女の手は微かに震えていたらしい。
想い人に触れた感動によるものではないかと聞くが、寒さを我慢するようなそんな震えだったという。
じゃあ、あの女の行動は今まで演技なのか……。
それにしては、あの表情はおかしい気がする。
「じゃあ、お前だけに向けた表情は嘘ってことか?」
幸太も今まで告白された経験や好意を向けられたことが何度もあるため、そういった表情に気付かないわけがないと思って俺は聞いた。
「……どうだろ。俺に対する好意の表情もあると思うけど、なんか悲しそうな感じにも見えたような……」
「……なんか面倒な話になってきたな」
あの女が誰かに命令されて行動しているなら、厄介な話になってきた。
このままだと幸太と一之瀬の関係が完全に崩れるところまで行き、裏にいる誰かの思い通りの結果なってしまう可能性が出てきた。
「とりあえず、その話を放課後の時に女へぶつけてみろ。女がどう答えるかで話が変わってくる」
「……陽香には、あの女がいる前で聞かせた方がいいよな? 今話して、あの女を庇ってるなんて思われても嫌だし」
「……だな」
一之瀬は昼休みの件が尾を引いていて、頭に血が上ったままでいる。
そんな状態で女の話をすれば、火に油を注ぐようなものだろう。
俺は幸太の言葉に同意して、一之瀬には放課後の時に知ってもらうことにした。
雲行きが怪しくなってきたことに、俺は嫌な感じを覚えながら幸太と一緒に教室に戻った。
午後の授業が終わって、放課後になった。
放課後、すぐにあの女が来ると思いきや中々来ない。
そしていつの間にか、野次馬根性で残っていたクラスメイトもいなくなっていた。
一之瀬は友達にもう来ないから帰っていいんじゃないとは言われたが、逃げたと思われるのは嫌なのでと言って残っている。
最終的に残ったのは一之瀬と幸太、あとは俺だけだ。
神代はギリギリまで一緒にいると言っていたが、一之瀬に説得されて仕方なく生徒会の方に行った。
静まり返って、吹奏楽部が練習してる音だけが流れている中、廊下から足音が聞こえてきた。
「……来たな」
俺がそう呟くと、朝の女が教室に入ってきた。
「……赤桐君だけでよかったのだけれど」
「そんなことあるわけないじゃないですか」
女と一之瀬は顔を合わせると睨み合いながら言葉を交わす。
しばらく睨み合った後、女は一人だけ離れた席に座っている俺に気付いた。
「……あなたはなんでいるのかしら?」
「あ、自分のことは気にしないで始めちゃってください。居残りで課題出されているだけなんで」
俺は適当な理由を付けて誤魔化す。
女は邪魔くさそうに見てきたが、仕方ないといった様子で、俺から一之瀬の方に視線を切り替えた。
「……私はあなたと話す事なんかないんだけど」
「だからって!」
「陽香、少し待ってくれないか」
一之瀬が何か言い返そうとしたところで幸太が止めに入る。
「幸君! 何で止めるんですか!?」
「陽香が怒っているのはもっともだと思うんだけど、少し俺に時間をくれないか?」
幸太が優しい笑顔で、なだめるように一之瀬を頭を撫でる。
一之瀬は止められたことに少しむっとしたが、幸太に何かあることがわかると黙った。
「なぁ、あんたの言葉は本心から言っているものなのか?」
「……どういう意味?」
「俺は本心からかどうか聞いてるんだけど?」
幸太の威圧的な言葉に女は口を噤む。
しばらく女が話すのを待つが話そうとしない。
「じゃあ質問を変える。昼休みに俺の手を握った時、なんで微かに震えていたんだ?」
「……そっ……それは」
幸太のその言葉に一之瀬が驚きの表情を見せて、幸太は鋭い瞳で女を見ている。
女は狼狽えて視線を逸らす。
「……赤桐君の手に……」
「嬉しくて震えているなんて感じじゃなかったけど?」
幸太は女の言葉を遮って否定して、また女は黙ってしまう。
「そうだなー。例えるなら何かに怯えるような震え方だったけど違う?」
女は何も言えず俯いてしまう。
そのまま待っていると、微かな嗚咽を漏らし始めた。
「……ごっ……ごめっ……んなさい」
女は溢れるように涙流して膝から崩れ落ち、その場に座り込んでしまった。
「えっと……どういうことなんですか?」
一之瀬が幸太に聞くと幸太が説明する。
昼休みの時に握った手が震えていたこと、柔らかい表情の中に悲しそうな部分が見えたということ、それらを一之瀬に全て話した。
一之瀬は話を聞くとすぐに女に駆け寄り、ハンカチを渡して落ち着くまで待った。




