第百五十一話 静かな怒りと打ち明け
ここまでの話を聞いて、諏訪姉の言い分はわかった。
しかし、正直なところだからどうしたという感想だった。
「……少し驚いたが、結局は自分の好きな人に近づくなって話か?」
この質問をした瞬間、妙に懐かしい感じがした。
そういえば、片桐の時もこんな会話をしたなぁ。
あの時と違うとすれば、俺と和奏の関係が変わっていることと、今この場に和奏本人がいるということだった。
このまま片桐の時と同じような感じかと思っていると、違った言葉が諏訪姉から返ってきた。
「そういうわけじゃない。もし私が思っている通りなら、少なくとも神代さんに嫌な感情はないってわかる。だから、あなたが神代さんに相応しい相手かどうか私が見定める。そして、あなたが相応しい相手であれば、ライバルとして認める」
……なんか訳の分からないことを言い始めたぞ。
和奏を想ってのことということは、かろうじて伝わった。
ただそこから、ライバルがどうのこうの下りが全く理解できなかった。
「えっと、お前が神代のことを大切に思っているのはわかった。で、そのライバルって話がわからないのと、なんで自分が俺よりも優位にいるのように話をしているんだ?」
「だって私、神代さんに告白してるもの」
頭がバグったかのように、諏訪姉の言葉がグルグルとループする。
「…………なんて?」
「だから、私は神代さんに告白したの! まぁ振られちゃったけど……他の人と違って全く脈がないわけではなさそうだったから諦めてない! だから、あなたと違って私は一歩先にいる!」
もうこの女には驚かされっぱなしだ。
このことが真実なのか、少し和奏のほうを見れば、何処か申し訳なさそうに困った顏をしていた。
気持ちは分からないが、望む望まないに関係なく、男女問わずモテるのはある意味大変なことなのだろう。
動揺を落ち着けるように一呼吸入れてから、聞きたいことを聞くために、少し煽るような感じで諏訪姉に話しかける。
「お前みたいなお堅そうな奴がねぇ……何処に惹かれたら、そんな盲目になれるんだ?」
「はぁ? あなたの目は節穴なの? 持ち合わせた可愛さはもちろん、努力家で誠実な、そして誰に対しても平等接する心優しい人。そんな人を公私ともに支えたいって思ったからよ」
「……なるほどな」
諏訪姉の好きという気持ちを否定するつもりはない。
世の中には色々な人間がいるわけだから、男が好きな男や女が好きな女もいるだろうし、好きという気持ちにも色々あるだろう。
諏訪姉の好きという気持ちは、恋というよりかは憧れや崇拝のようなものに思えた。
それを恋だと思うのは本人の勝手だが、俺は全く違うものだと思っている。
とりあえず、今はそれよりも言いたいことがあるため、諏訪姉が神代に恋をしているという前提で話を進める。
「それなら自分に都合の良いことばかり考えるんじゃなくて、好きな相手に寄り添った考え方したほうがいいんじゃないか?」
「だから、そのために見定めようと!」
「そんなもん、お前の物差しでしかない。話をするもしないも好意を持つかどうかも、全て決めるのは神代だ。お前が勝手に精査していいもんじゃないだろう」
「それはっ……」
「俺から見たら、お前は自分の理想像を神代に押し付けてるようにしか見えねぇよ」
相手のことを思っての行動だとしても、相手がそれを望んでるとは限らない。
それを相手の為だと疑わないのは、もうただの傲慢だ。
どの口が言うかって気もするけどな……。
つい最近まで、妹の気持ちを勝手に決めつけて、これでいいと逃げていた奴の言葉ではないな、と失笑する。
それでも諏訪姉に伝えずにはいられなかった。
諏訪姉は気まずそうに何も言わず黙ったままだった。
「そんな奴が、神代を――」
「天ヶ瀬君。もうそこらへんで……」
俺が言いかけた言葉は和奏に遮られ、先程までの静かな怒りがゆっくりと冷めていく。
頭はではわかっていたものの、感情で俺は諏訪姉の気持ちを否定しようとしていた。
「悪い、少し言い過ぎた」
「……いや、そんな」
また体育倉庫の中は、気まずい沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのは和奏だった。
「諏訪さん、私はあなたに好意を持たれるような人ではないんです。特に誠実という点については」
その言葉で和奏が何を言おうとしているのかがわかった。
心配しながら和奏を見ると、まるで大丈夫と言っているように笑った。
「私は皆さんが思っているような人ではありません。資産家の家に生まれたわけでもないですし、お金持ちの令嬢やお嬢様などではなく、ごく普通の家庭に生まれた一人娘です。この見た目に関しては、本当に母譲りですけど」
申し訳なさそうに笑いながら、和奏は今まで隠していたことを諏訪姉に話し始めた。
それを聞いて諏訪姉は俺の言葉で気まずそうな状態だが、どうしてと言たそうな動揺した表情を見せる。
「過去……といってもそんなに昔でもないですけど、人間関係が原因で外に出たくなくなることがありました。それから私は、皆さんが望むイメージに沿った自分を演じるようになりました」
「……それは」
「はい、わかっています。真面目な諏訪さんが許せないと思うのも当然かと思います。今言ったのは言い訳にしか過ぎなくて、諏訪さんを含めたほとんどの生徒を騙してることは事実です。本当にごめんなさい」
そう言って和奏は諏訪姉に頭を下げた。
その謝罪に諏訪姉は何も言わず、和奏の謝罪に悲しそうな目を向けていた。
しばらくしてから和奏は下げた頭を上げ、また諏訪姉に話しかける。
「それから先程の夏祭りの話について誤魔化してしまいましたが、天ヶ瀬君と一緒にいたのは私で間違いありません」
夏祭りについても話すとは俺も予想しておらず、諏訪姉と同じように驚いた。
「や、やっぱりっ……」
「天ヶ瀬君には偶然ですが、本当の私を知られてしまって。ただ彼は余りにも優しくて、その優しさに甘えて未だ隠しごとを続けながらも、普通の生活をする手助けをしてくれているだけです。ですから今の話を聞いて、天ヶ瀬君に逆恨みするようなことを絶対やめてください」
そう言った真剣な和奏の表情は、恨むなら自分の恨めというような迫力があった。
「そんなの…………」
そんな和奏を見た諏訪姉は、自分の感情の行き場を何処にぶつければいいかわからない様子で、俯きながらそれだけ呟いて何も言わなくなった。
それから体育倉庫内は沈黙のまま、しばらくして数人の教師が体育倉庫の扉を開けて俺達を助け出してくれた。
どうやら揺れた拍子に棒か何かが倒れてつっかえていたみたいで、扉が開かなくなってしまい、閉じ込められていたらしい。
そのまま俺達は教師に連れられて、全校生徒が集合しているグラウンドに向かう。
生徒はクラスごとに集まっており、途中で諏訪姉と別れる。
諏訪姉が離れたところで、俺は和奏に聞いた。
「本当に話してよかったのか?」
「はい、覚悟はしていたので」
「……あいつが誰かに話したりしたら、どうするんだ?」
「それは……まだ不安ですし怖いと思っています。でも前と違って、受け入れてくれてる人達がいるので」
少なくとも俺を含めた五人は、和奏のことが知られたとしても味方になってくれるだろう。
それでも、和奏の声は不安や恐怖からなのか弱弱しいものだった。
「それに今回の件は、きっぱり拒絶しなかった私のせいですし……これ以上、天ヶ瀬君に迷惑をかけたくなかったので」
諏訪姉が自分勝手に絡んできただけだから、自分のせいじゃないことまで背負う必要ないと思う。
だだそれよりも気になったことがあった。
「どうして諏訪姉の告白をきっぱり振らなかったんだ?」
「それは女の子から告白された経験がなくて、どうしたらいいかわからず……」
「あー……なるほどな」
そもそも同姓から告白されるような経験なんて、ある方が珍しい。
そのため、やんわりと断ることを選択した結果、思わぬことになったということのようだ。
そんなに悪い子じゃないんですけど、と和奏は小さく呟いていた。
それから思い出したかのように和奏が謝ってきた。
「その……告白について黙っていて、ごめんなさい」
「それについては謝らなくても大丈夫だ。言わなかった理由は、何となくわかってるつもりだから」
恐らく和奏が言わなかったのは、諏訪姉のことを思ってのことだろう。
ただ今日、本人が自分の気持ちを全部話してくれて、前に聞いた時に二人とも言い淀んだ理由がようやくわかった。
諏訪姉本人からすれば言い辛いし、和奏にしても諏訪姉の気持ちを軽々しく話せないよな。
そんなことを思いながら、俺達のクラスが集まっているところに合流した。




