第百五十話 体育倉庫内の言い合い
体育倉庫の中は、しばらく沈黙が続いていた。
……気まずい。
俺がいるせいなのか、それとも恐怖を我慢しているのか、諏訪姉は一言も発さない。
神代と仲が良いなら何か会話でもしていてほしかった。
その神代はというと、俺にどうしたらいいかとアイコンタクトを送っている。
それに対して俺もアイコンタクトで、和奏から諏訪姉に何か声をかけてくれと送る。
そんな無言の会話を少し行った後、和奏が諏訪姉に声をかけた。
「諏訪さん? 大丈夫ですか?」
その言葉を聞いた瞬間、諏訪姉は目からぽろぽろと涙が零れ、そのまま和奏のほうを向いた。
「ごっ、ごめんなさい」
「安心して、大丈夫だから」
溢れる涙が止まらない諏訪姉を和奏は抱きしめる。
「わ、わたしがバトンを落としたことに気付かないばかりにぃ」
「え?」
「ん?」
てっきり俺と和奏は地震の恐怖で泣いているのかと思っていたが、実はそうではないらしい。
とりあえず、和奏が事情を聞く。
「えっと、どういうことで?」
「わ、わたしが気付いていれば、神代さんがこんなところに閉じ込めれられることもなかったからぁ。それに、あれらが神代さんに当たって怪我なんてしてたら……わたしもう!」
「ぐ、偶然が重なってしまっただけですから、そんな気にせず」
「気にします!」
何か心配して損した気分だ……。
俺はガクッと肩から力が抜けた。
泣きながら懐に抱き付かれている神代は困った様子になっていた。
諏訪姉の言葉で思い出したかのように、助けを求めるように俺に声をかけてきた。
「あ! 天ヶ瀬さんは何ともないのでしょうか!?」
「……ああ」
さっき大丈夫って言った気がするけど……多分諏訪姉をどうにかしてほしいんだろうなぁ。
疲れた感じで答えると、神代の懐から何か怒った様子で諏訪姉が俺を見ていた。
「あなたねぇ! 私の神代さんが心配してくれてるのよ!? もっと愛想良くしたりできないの!!」
えぇ、なんだこいつ……それにいつから神代はお前のになったんだよ。
普段は面倒くさいので、こんな状況で突っかかったりしないのだが、何故か無性にムカついた。
「愛想を良くしたからどうだってんだよ、あれか? お前みたいなアホ面でお礼でも言えばいいのか?」
「なっ!?」
「あと何が私の神代だ、お前のものじゃないだろ。今の揺れで頭でも打ったか?」
「あ、天ヶ瀬さん? 少し落ち着いた方が」
苛立ちから露骨に諏訪姉を煽ると、神代が心配したように俺を止める。
しかし、その制止はすでに遅く、諏訪姉の怒りは更に火をつけたように燃え上がった。
「さっきは神代さんを助けてくれたから感謝をしようと思ってたけど、やっぱり気に入らない! 神代さんの隣にあなたは相応しくない!」
「あーはいはい。俺が神代の隣にいたって、勝手にそう思ってろよ。このイタイ勘違い女が」
「少なくとも二人に繋がりがある確証は掴んだわ! 神代さんがあなたの名前を叫んだもの!」
「……は?」
いつそんなことがあったのかと記憶を思い返すと、降ってくるものから庇った時に、和奏が俺の名前を叫んでいたような気もする。
さっきのことは庇うことに必死で、あまり覚えていなかった。
俺は気になって和奏のほうを見ると、慌てている様子はなく諏訪姉に笑顔を向けていた。
「私は天ヶ瀬さんの名前を叫んでませんよ?」
「あっ、えっと……さっきちゃんと」
「気のせいです」
「うっ」
有無を言わさない圧のようなものを和奏から感じる。
その圧に気圧された諏訪姉は、何故か標的を俺に変えた。
「……どうして。本当に、あなたは神代さんの何なんですか!?」
諏訪姉が八つ当たりのように、俺へ怒りをぶつけてくる。
ただのクラスメイトだって言ってるんだけど……まぁ、それじゃあもう納得しないか。
何とか納得してもらえるような言葉を考えていると、諏訪姉は思ってもいなかったことを口にした。
「私が最初に……私のほうが神代さんのことを想ってるのにぃ!!」
「そうで……え?」
あまりのことで動揺せずにはいられなくて、咄嗟に和奏のほうを見て確認する。
和奏も諏訪姉がこのことを口にするとは思っていなかったようで、かなり驚いていた。
「元々一学期の初めの方から、あなたが神代さんの近くにいる話を聞いてから少し気になってたけど、すぐに他の男と同じように関わらなくなるだろうと思ってた」
「いや、それは」
偶然お互いの友達が恋仲で良く誘われるからと、言う前に遮られた。
「でも、違った! 他の男と違って、ずっと神代さんの近くにいる! 学校で昼食を一緒に食べたり、休日に遊びに行ってたり!」
学校での出来事に関しては想像がついたが、アミューズメント施設か遊園地のことかはわからないが、そのことも知っていたらしい。
「少し落ち着け。どれにしても別の奴が側にいただろ」
「だとしても、神代さんの側に特定の男が近くにいることなんかなかった!」
「……」
何か言い返そうかと思ったが、一旦全部聞こうと思ってやめた。
言葉は強いが今の話は、俺を監視することになった経緯だとわかったからだ。
「これだけなら友達付き合いの範囲かもって思ってたけど、そんな時にあの夏祭り! 神代さんと同じような香りがする女の人とあなたが、一緒に祭りに来て手を繋いでいた! これで怪しまないほうが不自然よ!」
捲し立てるように言いたいことを言い終えた。




