第百四十七話 風紀委員の視線と図書室の鉢合わせ
その日の夜、放課後の出来事を和奏に話すと、申し訳なさそうにする。
「なんか、私のせいで」
「そんな申し訳なくならないでくれよ。こういうのもあるかもしれないってわかってた上で、誘ったんだからさ」
励ます意味も込めて、余った卵で作ったプリンを和奏に差し出した。
「プリン!」
「期限が近かったから作ってみた。良かったら食べてく……」
「いただきます!」
俺が言い切る前に、和奏はプリンを食べ始めていた。
その食べる姿を見て、元々その傾向はあったが、和奏はもう俺に対して遠慮しなくなったなと思う。
もちろんそこに不満があるとかはなく、むしろ俺は嬉しく思っていた。
そんなことを思いながら、俺も自分のプリンを食べ始める。
黙々と食べていると、ふと和奏が手を止めて俺を見ていた。
「どうした?」
「えっと、諏訪さんが言い淀んだこと気にならないの?」
俺は少し悩んだ後、和奏に聞いた。
「気にならないって言えば嘘になるが……でも、和奏も話しづらいことなんだろ?」
「……うん」
「なら無理に話さなくていい」
恐らく諏訪が俺を目の敵のように見る理由は、それなんだろうな。
憧れてる人やファンだったりで文句があれば、俺が理由を聞いた時にそう言えばよかったはず。
それをしなかったということは、他に何か理由があるのだろうと思っていた。
和奏が話せないのは自分自身のためではなく、諏訪の為に話せないといったところだろう。
「別にクラスも同じわけではないし、特に無視していても問題ないだろ」
二人きりで話すように呼び出されたため、諏訪も和奏のことを他の人に話すようなことはしないはずだ。
「何か大変になりそうだったら、私も手伝うから」
「おいおい……和奏が出てきたら、あの時居たのは自分ですって言うようなものだぞ?」
「そうせざるを得ないなら、覚悟はできてる」
真剣な目で俺を見て、和奏は言い切った。
それでも、その目にほんの少しだけ怯えている部分も見えた。
「……わかった。ただ本当に必要ならの話だからな?」
「うん」
和奏は真剣な様子の中に、少しの安堵を見せる。
その様子を見て、俺は言葉を付け加える。
「それに普通に生活してれば、俺が絡まれるだけなんだから、そんなに気にしなくていいだろう」
幸いにも恋愛ごとのいざこざに巻き込まれてるわけじゃないしな。
今回のことについては、大したことにならないだろうと思っていた。
「……うーん、それもなんかなぁ」
何故か俺の言ったことに、和奏は面白くなさそうな様子で呟く。
そのいつもと違った和奏の反応が少し気になった。
前であれば、それもそっかと笑い飛ばすようなところのはずだが。
「どうしたんだよ。割といつものことじゃないか?」
「それはそうなんだけど……うーん」
それから和奏はプリンを食べ終えた後も、唸りながら自分の家へ戻って行った。
次の日、学校に行けば昨日と同じく、生徒会と風紀委員が校門前で挨拶運動をしている。
ただ昨日と違って、ある一点から監視されているかのような視線を受けていた。
しばらくの間、この視線を浴び続けることになるのか……。
少し辟易しながら仕方ないと割り切る。
昼休みに幸太と食堂で昼食を取っていると、今朝と同じ視線を感じる。
視線のする方に目をやれば、諏訪姉が今朝と同じように何かを探るかのように俺を見ていた。
明日から教室で食べようと心に誓って、そそくさと食堂を後にする。
教室に戻る際、幸太も諏訪姉の視線に気付いていたようで、心配しながら声をかけて来た。
「修司、お前なんか監視されてるみたいだけど大丈夫か? 何かあるのなら話聞くぞ?」
「話すって言っても、特に何をしたわけでもないんだよ。とりあえず普通に生活してれば、問題ないと思うから大丈夫だ」
「そ、そうか?」
幸太は後ろをチラチラ見ながら、心配そうにそう言った。
恐らく諏訪姉が後をつけているのだろうけど、俺は気にせず教室に戻った。
それから、しばらく監視されている生活が続く中、体育祭で学校が活気づいてきた頃。
追い打ちを掛けるように、体育祭合同練習で俺のクラスと諏訪姉のクラスが同じ軍であることを知った。
もちろん練習中の合間合間に諏訪姉の異様な視線を感じることが多々あった。
結局、諏訪姉は些細なことでもいいから、俺と和奏が繋がるものを探しているのだろうけど、基本不干渉という条約の下、俺が和奏と関わることはない。
例え諏訪姉が俺のことを周りに聞いたところで、前に幸太から聞かされたような印象しか出てこない。
その内、飽きて諦めるだろうから、せめて体育祭が終わるまでの辛抱か……。
気が滅入っている中、そう思った。
唯一幸いなことがあるとすれば、放課後は監視の目はないことだった。
腫れものを見るような視線や嫌悪するような視線は慣れていたが、こうして監視されるのは別ものだった。
特に何かしたわけではないのに、一日中肩に力が入ってしまい異様に疲れる。
あっ……今日返そうと思ってた本があったな。
さっさと下校したはいいが校門を出たところで、返却しようと思っていた本の存在を思い出した。
疲れからかすっかり忘れてしまっていた。
返却期限が今日だったため、仕方なく戻って図書室へ向かう。
図書室に入ると、俺と同じように借りた本を返却している諏訪妹と、夏祭り見た男が一緒にいた。
諏訪妹と目が合って会釈をすると、焦ったように男に話しかける。
「こ、この人! この人が夏祭りの時の」
焦る諏訪妹と対照的に、男は無表情で頷いた。
そのままゆっくりと俺の前に立った。
夏祭りの時にも思ったが、高校生にしては身長が高く体格がいい。
俺の身長は百七十五と平均くらいだが、恐らく男は百八十は余裕で超えてるんじゃないかと思う。
「えっと、何か?」
「……ありがとう」
「あ、いや。俺も助かったから」
男のお礼にそう返して終わりだと思ったが、男は俺の前に立ったまま何故か動こうとしない。
おいおい、今度は何だよ……。
そのまま無言で目を合わせている謎の空間に立たされてしまった。




