第百二十五話 後輩の頼みと雑談
「沙希ちゃんからお兄さんの話を聞かなくなったと思ってましたけど……あんなに仲が悪くなってると思わなくて」
夜に沙希と言い争いになって、父さんが一人暮らしをするように言ってきた日。
あの日、俺が芹沢に遭遇すると、沙希が部屋から出てきて怒ってきた。
友達がいたとはいえ、かなり怒っていた記憶だ。
「それでも……俺はただ挨拶を返しただけなんだけどなぁ……」
俺はコーヒーを眺めながら、小声で愚痴を吐いていた。
「えっ、挨拶を返しただけなのに、妹さんはそんなに怒ったの?」
俺の愚痴を聞き取った神代は、驚きながら芹沢に聞いていた。
「はい。私から挨拶をしたのに、かなりお兄さんを怒っていたと思います」
「うーん……そうなんだ。でも男の人が怖いのに、どうして芹沢さんは修司に挨拶したの?」
「それは私が男の人が苦手というのを克服したくて、その一歩に挨拶をできるようになろうと思ったからです。未だにできないですけど……」
芹沢は苦笑しながらそう言った。
「あとずっと前に沙希ちゃんから、優しくて頼りになるお兄さんと聞いていたので、怖くないかなと思ったからです」
「へぇ~妹さんがそんなことを言ってた時もあるのね」
芹沢の話を聞いて、和奏が茶化すように俺を見てきた。
「昔はだ……今はそう思ってないだろ」
俺は視線を逸らしながら、そう言った。
「あの! 自分からもお願いします! 天ヶ瀬……えっと、沙希さんには色々な恩があるので、今のままだと心配で……」
井上もそう言って頼み込んできて、二人は不安そうな表情で頭を下げた。
このまま知らない振りをして、沙希に何かあれば両親が悲しむだろう。
そう考えると、沙希と話をしなければいけないとは思う。
ただ会話になるかどうか、今からそれ思うと気分が沈んだ。
「……駄目元で何とか話をしてみる。だが、期待はしないでくれ」
俺がそう言うと、二人は顔を上げて嬉しそうな表情をしていた。
部活で遅くなるって母さんが行ってたから、沙希と話をするなら夕方か……。
そんなことを思いながら、どうやって話し合いの席に座らせるか考えることになった。
それからは成り行きで、三人が話しているのを俺が聞いてる感じで、雑談をしていた。
「今日二人が一緒なのは、克服の一環なの?」
「はい、そうです。井上君は私が男の人を苦手になってから、ずっと克服に付き合ってくれてるんです」
「そうなんだ?」
「友達として当然です……っていう気持ちはもちろんあるんですけど、芹沢の事情を最初に知った異性が自分だったという理由が大きいです。そうじゃなかったら、関わることすらなかったと思うんで」
「どういうこと?」
和奏は不思議そうに首を傾げて、二人に聞いていた。
「私、元々は普通に男の人と話せてたんですけど、こうなってしまった原因があって……」
そう言って話そうとする芹沢は少し怯えた様子になった。
「えっと! 無理に話してほしいわけじゃないから大丈夫!」
「あ、ありがとうございます」
和奏が慌てて、芹沢が話そうとするのを止めた。
そこで井上が簡単に話をしてくれた。
「芹沢が困っていたところを偶然見かけて、自分は助けようとしたんです。結局、後から来た沙希さんが警察を呼んでくれていたみたいで、すぐに警察が駆けつけてくれて、自分はあんまり役に立ってなかったですけど」
井上は少し苦笑しながら話してくれた。
その話を聞いていた芹沢は首を横に振って否定していたが、井上が宥めていた。
そのまま井上は話の続きをしてくれた。
「それで、その時のことを芹沢がお礼をしたいってことで、沙希さんを含めて三人で会ったんです。そしたら、あの時のことが芹沢のトラウマになってることがわかって……その時から沙希さんと一緒に、芹沢の苦手克服を手伝ってます」
話を聞いて、和奏は友達思いの良い話だと微笑んでいた。
「沙希が警察を呼んだってことは質の悪い奴らだったんだろ? 良く助けに入っていけたな」
俺が井上にそう聞くと、少し照れくさそうな顔をした。
「えっと、誰かはわからないんですけど、中一の時に部活の先輩にいびられてたところを助けてもらったことがあって。その時に、もし自分もそういう人に出会ったら、助けてくれた人みたいに助けようと思ったからです」
「へ、へぇ~……」
なんか嫌な予感がする……。
「そ、そういえば結構体つきがいいよなぁ! 背も高いし、もしかしてバスケ部に入ってたり……とか?」
「そ、そうです。よくわかりましたね?」
「あっ、当たってた!? そうだと思ったんだよなぁ!」
井上は、あの時にリンチされてた後輩だったのか……。
あの時は偶然その現場を見てしまった。
あの時の少し前くらいに、その先輩達の仲間の一人を外でお仕置きをしていたことで、対象が俺に変わっただけだった。
返り討ちにはしたが、校内での喧嘩だったので、もちろん先生に見つかって問題になった。
俺がわざとらしく誤魔化していると、和奏は訝し気に俺をじっと見ていた。
恐らく和奏は察していると思うと、別の話題に変わるまで和奏を見ることができなかった。




