第百十九話 玄蔵の助言
話が落ち着いたところで、俺と和奏はそろそろお暇することにした。
二人は見送ると言って玄関に着くと、爺さんが何か思い出したように声を出した。
「そういえば、お前ら帰省の途中だろ? 最近野菜をたくさんもらったからついでに持ってけ。朱美、取って来てやれ」
「……自分で行けばいいでしょ」
先程まで昔話を暴露されたためか、琴吹先生は反抗的に返した。
爺さんは少し面倒くさそうに髪を掻きながら条件をつけた。
「んー……わかった。取ってきてくれたら、プリンアラモードの件を無しにしてやる」
「……絶対?」
「絶対」
「……わかった。じゃあ二人とも少し待ってて」
「量に関してはビニール袋で持ち運べるくらいにしといてくれよ~」
琴吹先生は爺さんの言葉に手で答えながら、駆け足で野菜を取りに行った。
「爺さん、ありがたいけどいいのか?」
「ああ、あまりにも多くてな。食べないで腐らせるくらいなら配ったほうがいいだろうよ。それはそうと……ちょいと気になることがあってな!」
爺さんはそう言うと、すぐさま俺の懐に飛び込んできた。
あまりに急なことで俺は反応できず、爺さんに服の裾を掴まれ捲られた。
「お~怪我にしちゃ綺麗に刺されたような感じじゃねぇか」
「くっ!」
すぐさま爺さんの手を叩き落とそうとしたが、爺さんはすぐに裾から手を放して俺から距離を取っていた。
「お前を見た時に昔と重心の位置変わってたから、なーんかおかしいと思ったけど、大怪我ってそれのことだろ? なんかヘマでもしたみたいだな」
爺さんは面白がるようにそう言うが、俺は何も言えずに爺さんを見ながら黙り込む。
すると、和奏が庇ってくれようとした。
「私のせいなんです! 私が原因で修司が!」
「ちょっ、ストップストップ! あんまり大きな声出すと、野菜取りに行った朱美にも聞こえっから」
爺さんは人差し指を口に当てながらそう言うと、和奏はすぐさま言葉を飲み込んだ。
それから爺さんは少し困った様子で頭を掻きながら呟く。
「別に原因だったりについて言及する気はねぇよ。実際トラから修司のことを聞いた時も、それ以外はなーんにも聞いてないしな」
「じゃあ、なんで急に確認なんてしたんだよ?」
俺は服の上から傷の場所に手を当てて、警戒しながら爺さんに聞く。
「さっきも言ったが気になったってのが一つと、あと怪我の状態を確認しておきたかった感じだな」
「状態?」
「その怪我なら一つ一つの動作はゆっくりでいいから、構えから技までの一連の流れを気が向いたらやっとけ。それなら怪我しててもできるし、今までサボってた忘れてた感覚も思い出せるかもな」
「……なんで俺にそんなことを教えてくれるんだ?」
爺さんの予想外の言葉に、俺は戸惑って理由を聞く。
そんな俺の問いに対して、爺さんは意味深に笑いながら答えた。
「そんなん、お前にとって体張って守るほどの大事なものがあったんだろ? それなら強くあることに越したことねぇだろうなって思ってな」
恐らく、この怪我は爺さんのネタの一つにされると思っていた。
しかし、怪我をしている状態で鍛えられる方法を教えてくれるのは意外だった。
今回の怪我で俺にとって大事な人達を守るだけでなく、俺が怪我をしたりすることで心配させてしまうことを再確認した。
そのため爺さんの助言は本当にありがたかった。
「ありがとう、爺さん」
「別に感謝されるほどのことじゃねぇよ。怪我が治って組手したかったらいつでもこい。あーでも、ここまで来るのは遠いから、向こうでトラが相手してくれるように話し通しておいてやるよ」
「……ほどほどにお願いしますとだけ付け加えておいてくれ」
「全力で相手してやってくれって言っておくわ」
俺が爺さんの言葉に引きつった笑いをすると、爺さんはいたずらを楽しみにする子供のような笑っていた。
それから少しすると、野菜を持った琴吹先生が戻ってきた。
「はい、二人ともこれ」
「夏野菜がいっぱい。ありがとうございます!」
和奏が袋の中身を見て嬉しそうにしていると、琴吹先生は少し不思議そうな顔をしながら和奏のほうを見た。
そそのまま疑問に思ったことを俺に聞いて来た。
「そういえば、どうして神代さんが一緒なの?」
「っ!」
「先生は知ってると思いますけど、家が隣なので怪我をしてから色々と世話になって……。それで自分の両親から、お礼をしたいから連れて来いと言われたので連れてきました」
「ああ! そういうことなのね!」
琴吹先生の疑問に対して、一瞬和奏が動揺した様子になった。
しかし、俺は平静を装ったまま理由を述べると、先生は納得したように神代を褒めていた。
その様子を横目に見て、爺さんが呆れた様子になっていたのは、何となく理由が分かってしまった。
それから俺と和奏は荷物を持ち直して、最後に二人に一言伝えた。
「それじゃ。次来るときはまた美味そうなお菓子持ってくる」
「おい、それに関しては絶対だからな? 持ってこなかったら修司、お前に作らせるからな」
「お邪魔しました、先生」
「ええ神代さん。良い夏休みを」
そのまま俺達は二人に見送られながら道場をあとにした。
「お土産もらっちゃったね」
「ああ、母さんが喜ぶと思う。それ量多いだろ? リハビリがてら俺が持つよ」
「……」
和奏は俺の言葉に対して、疑うような目を向けてじっと俺のほうを見てきた。
その視線に和奏が何を言いたいか理解した俺は言葉を足す。
「別に無理はしてないからな? 和奏が重そうだなって思ったのは本当だし、それに何かあれば言う約束だろ?」
「んー……わかった」
そう言うと、和奏は素直にお土産の野菜が入った袋を俺に渡してくれた。
それから歩きながら和奏が爺さんについて話し始めた。
「それにしてもなんか良い人なんだけど変な人だったね」
「だろ?」
「修司の言ってた例えが妙にしっくり来てたもん」
「あー見た目は大人で中身が子供ってやつか?」
「そうそう!」
「見た目いかついおっさんなのに、中身無邪気な子供を思い出すもんなー」
俺達は二人して頷きながら、例えが正確だったと再確認していると、和奏が何かを思い出したかのようにニヤニヤしていた。
「でも、一番驚いたのは先生だったかも」
「琴吹先生なぁ。キャラが違ってびっくりしたな」
「それも驚いたけど、それよりも!」
和奏はテンションが上がって、前のめりで俺に詰め寄りながらそう言った。
「そっ、それよりも?」
「先生に好きな人がいるってこと! どんな人なのかなー?」
「あーその話かー」
和奏が楽しそうに先生の好きな人を考えている中、その時に先生が一瞬だけ爺さんのほうを見ていたのを思い出した。
まさかな……もし合ってたにしても、俺達が下手にいじったりしていい話じゃないな。
俺がそんなことを思っていると、和奏が俺の予想を聞いて来た。
「修司はどんな人だと思う?」
「さぁな。きっと真面目でしっかりした人なんじゃないか?」
「そうかなぁ~」
俺はもしかしたらと思った予想と違うイメージの人を出して、この話を曖昧なままにして終えた。




