第百十七話 修司の気持ちと玄蔵の生き方
爺さんはひとしきり喜んだ後、少し席を離れてお茶を人数分持ってくる。
その後、紙袋からバームクーヘンの箱を取り出して、一人で食べ始めた。
「んぐ、ん? ん~! これ美味いな!」
「ならよかったよ……」
甘いものを食べている時も昔と全く変わっていなかったので、俺は少し呆れながら答えた。
しばらくもごもごと食べて飲み込むと、爺さんが俺達に質問してきた。
「お前達、いつまでこっちにいるんだ?」
「日帰りの予定だから、今日の夕方には帰るよ」
「ふーん。そうか」
爺さんはそれだけ聞くと、また幸せそうにバームクーヘンを食べ始めた。
爺さんが食べるのに夢中で静かになったので、俺は話すならここしかないと思って覚悟を決める。
「爺さん」
「ん?」
「理由も話さず自分勝手に道場に来るのをやめてすみません!」
俺はそう言いながら頭を下げる。そしてそのまま言葉を続ける。
「それと俺に武道を教えてくれてありがとうございます! あなたに教えてもらったおかげで、隣にいる和奏もそうですが、色んな人を助けることができました! 言うのが遅くなりましたが、本当に感謝してます!」
俺が感謝を述べると、和奏も俺と同じように頭を下げて感謝の意を示した。
俺達はしばらく頭を下げ続けていると、お茶を飲んだのか湯呑を置く音がした後、爺さんが話しかけてきた。
「……二人とも頭を上げろ」
俺達は言われた通りに頭を上げると、爺さんはどうでもよさそうな顔をしながら頬杖をついて俺達を見ていた。
そしてそのまま俺に聞いてくる。
「なぁ修司、もしかしてそんなことを言うためにここまで来たのか?」
「はい」
俺が真面目に答えると、爺さんは嫌そうな顔しながら呟く。
「あーそういやお前そういう奴だったなぁ」
爺さんが馬鹿にしたように笑うので、俺はムカついて強めに言葉を返す。
「爺さん、俺はふざけて話してるわけじゃない」
「別にそんなこと思ってねぇよ。俺はお前や朱美みたいに真面目に考えられる人間じゃねぇし、言うなら大人として失格だから……なんて言うかなぁ」
俺は爺さんの言ってることがよくわからず、疑問に思いながら言葉を待った。
「うーん」
爺さんはしばらく腕を組んで唸った後、ゆっくり話し始める。
「今もだけど、昔から自分勝手に生きてきた人間でよ。やりたくないことはやらねぇし、やってみても面白くなかったらやめるしな。自分の人生なんだから好きに生きてくっていうスタンスで、他の奴らがどう思っていようが関係ねぇって思ってるんだよ」
爺さんはそう話した後、今度はため息をつきながら面倒そうな話し方に変わる。
「だから正直な話、お前が道場に来なくなった理由なんざ知りたいと思ってねぇし、お前が自分の判断で色んな人助けた事なんぞも、使い方は人それぞれって話で、感謝される言われもねぇなって思ったんだよ」
俺は爺さんの話を聞いて、肩の力が抜け呆れた表情になった。
「……えっとつまり?」
爺さんの話を聞いていたが、何が言いたいのかよくわからなかった和奏が聞いていた。
爺さんはちょうどお茶を飲んでいる途中だったので、代わりに俺が答えた。
「やめたこともやめた理由も気にしてないし、感謝するくらいなら甘いものよこせって話みたいだ。だろ?」
そういって爺さんに合ってるか確認すると、バームクーヘンを食べながら頷いていた。
「えっ……じゃあ関係ないって思う人の中には修司も含まれてるのに、なんで修司のことを西上さんに聞いたりなんか」
「それはあれだな。修司が俺のことをどう思っていようが知ったこっちゃないが、俺はこいつのことを気に入ってるからだ。だから、最近会ったって言うトラに話を聞いてたってだけの話だな」
「えぇ……自分勝手すぎる……」
和奏はあまりに自分勝手すぎる爺さんに呆れて、思わず言葉が漏れてしまっていた。
爺さんはそんな和奏の言葉なんか気にした様子はなく、むしろまるで褒められたかようにドヤ顔をしていた。
「朱美も修司も硬すぎるつーか、真面目つーかなぁ……俺みたいになれとは言わないが、もう少し自分勝手に生きたほうが、人生楽しくなるんじゃないかとは思うわ」
そう言って、爺さんはこの話を締めくくるように手に持っていたバームクーヘンを口に放り込んだ。
爺さんがものの数十分でバームクーヘンを全部食べ終えたところで、和奏は気になっていたことがあったのか爺さんに質問する。
「あの最初から気になってたんですけど、琴吹先生とはどういう関係なんですか?」
「朱美との関係? あいつは姉のところの子供で、俺の姪になるな」
え? 知り合いとしか説明されてない気が……。
一瞬そんな疑問が浮かぶが、琴吹先生に何か理由があったのだろうと一人で勝手に納得する。
そんなことを考えていると、和奏が続けて質問していた。
「先生はよくここに来られるんですか?」
「修司が来てた時は、さっきのイメージがどうのこうってのを気にしてたんだろうな、全く顏を出してなかった。だけど、一年前くらいから良く来るようになったなぁ」
「だからあんなにスタイルがいいのかなぁ……」
爺さんはお茶を飲みながら、思い出すように話してくれた。
どうやら俺が今まで道場で先生と出会ったことがなかったのは、先生のほうが俺を避けていたということだった。
横の和奏は先生の体型維持の方法を知って、何か考え込んでいるようだった。
すると、爺さんから先生についてとんでもない話が出てきた。
「まぁ最近よく来るのもあれだろ。朱美の両親が結婚しろってうるさいからじゃないか? あいつ、もう三十超えてるしな」
「えっ」
「うそ……」
俺達が驚いた瞬間、居間の扉がものすごい勢いで開かれた。
そこには、顔を真っ赤にして慌てた琴吹先生がいた。
「玄蔵叔父さん!!」
「あっ悪い、これ話しちゃいけないやつか?」
爺さんはそう言ったものの、全く悪いと思ってる素振りは見せず、むしろゲラゲラと笑い始めた。
「もう! もう!」
そんな爺さんを先生は両手でポカポカと可愛く殴り始める。
それは、まるでアニメや漫画を見ているかのようだった。
あまりにも普段と違う先生に俺と和奏は呆然としてしまって、二人が落ち着くまで言葉が出なかった。




