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第百十五話 道場へ訪問

 あれから、二日後。

 朝早くから和奏と一緒に電車に乗って、俺の実家に向かっていた。

 電車に揺られながら、和奏が少し申し訳なさそうに聞いてくる。


「平日だけど、ご両親のご迷惑ならないかな?」


「大丈夫らしい。父さんは仕事みたいだけど、母さんはまだ夏季休暇中って言ってた」


「それならお邪魔しても大丈夫なのかな」


 和奏は少し考えたようにそう言う。


「多分休みの日じゃなくても日帰りだからいつでもいいとか、和奏に会いたいから関係ないとか言いそうだけどな」


 俺が呆れながらそう言うと、和奏は少し困ったように笑っていた。




 しばらく電車に揺られながら話していると、ようやく最寄り駅に着いた。


「えーっと、ここからバスに乗り換えるんだっけ?」


「ああ。でも、予定よりも早いから、先に寄りたいところがある」


「いいけど、どこに?」


「俺が前に通ってた道場だ」


 俺達はバスに乗り替え、一時間くらい乗っているとバスは山に入っていく。

 ようやく最初の停留所に着いて、俺達はそこで降りた。


「人が住んでそうに思えないくらい、自然だらけなんだけど」


「まぁそう思うよな。俺も最初に来た時、そう思ったし」


 和奏は周りの景色を見ながら、俺について歩き始める。

 俺は歩き始めてから、すぐに和奏に話しかける。


「付き合わせて悪いな」


「気にしないで。それに私もどんな人か気になってたし」


 和奏がそう言って微笑んでくれると、久しぶりに爺さんに会うという不安が少し緩和された。

 それから道路から逸れた道に入って少し歩くと、大きな木造の建物が現れる。


「これって、家兼道場?」


「ああ。まぁ看板も何もないから、普通に見たら道場って気付かないけどな」


 和奏はあまりの大きさに驚いているのか、呆然として建物を眺めている。

 俺のほうは久しぶりに来たのもそうだが、自分勝手にやめると切り出したこともあり、緊張していた。

 そうして二人で建物の前に立っていると、組手でもやっているのか激しい音が聞こえてきた。


「中に誰か居るのかな?」


「多分、西上さんとかじゃないか? 今でも時々道場に行ってるって話してたし」


「とりあえずインターホンを鳴らして……あれ、もしかしてない?」


「ああ、だから玄関を開けて叫ぶしかない」


 俺はそう言いながら玄関の扉を開けると、聞き覚えのある女の人の声がした。


「あれ? この声どこかで」


 和奏もその声に聞き覚えがあるのか反応を示していた。


「すみません! 失礼します!」


 とりあえず組手をしているなら集中してて気づかないことがあるので、挨拶だけして中に入っていく。

 和奏は俺が勝手に入っていくのを見て、どうしようか悩んだ結果、恐る恐る俺の後ろについてきた。

 中に入って奥に進むと、組手の音が大きくなっていく。


「ねっ、ねぇ。勝手に中に入って大丈夫なの?」


「稽古してる時は聞こえてないこと多いから、こうやって勝手に上がらせてもらってたんだ。まぁ不用心だとは思うけどな」


 和奏とそんな話をしながら奥に進んでいくと、中から激しい音がする部屋の前に着いた。


「ここが道場?」


「……ああ」


 正直、爺さんにどんな顔して会えばいいのか、今更よく顔出せたなと思われる不安はある。

 それでも、あの事件から爺さんにしっかりと感謝の気持ちを述べようと決めていた。

 、爺さんの習ったことで、助けることができた人がたくさんいたこと、一番大事な人を守れたこと。

 今の俺があるのは爺さんのおかげといっても過言ではない。

 俺はゆっくりと息を吸い込み、心を決めて道場の扉を開けた。


「失礼します!」


 その瞬間、思い切り人が投げられた音と共に、渋い男の声が道場に響き渡った。


「っしゃあ! 俺の勝ちぃ!」


「くっ」


 組手だと思っていたものはどうやら試合だったらしく、爺さんが女の人を投げて一本取っているところだった。


「よしよしよし! 俺の勝ちだから、お前が自分用で買ってきたプリンアラモードは俺のものな!」


「あぁ……うぅ~」


 喜びを抑えられないのか爺さんは飛び跳ねて喜んでいるのに対して、負けた女の人はショックを隠し切れず床に両手をついて絶望していた。

 そんな状況を俺と和奏は呆然と眺めていると、飛び跳ねていた爺さんが俺達に気付いた。


「んん? 修司じゃねぇか!」


「え……あっ、はい」


「何だお前? そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」


「いや、その」


 俺がショックを受けている女の人のほうを見ながら言い淀んでいると、爺さんは意地悪そうな笑みを浮かべた。


「くっくっく、デザートを賭けた試合で俺が勝ったからな! あいつが自分用に買ってきたデザートも俺のものだ!」


 そう言いながら笑う爺さんは、昔と全く変わらない様子だった。

 俺はさっきまでの緊張や不安は何処かにいって、昔と同じように呆れてしまう。

 すると、後ろから背中を突かれたので、頭だけ振り向くと和奏が小さい声で聞いてくる。


「ね……ねぇ、あの人って琴吹先生じゃない?」


「え?」


 和奏に言われて悔しそうにしている女の人をよく見ると、怒った琴吹先生と同じ顔をしていた。

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