第百四話 思わぬアクシデントと今日の予定
鳥の鳴き声が外から聞こえてきて瞼を開けようするが、朝日が眩しくて躊躇してしまう。
俺は朝日を避けようと身体を動かそうともしたが、何かが乗っているのか身体が動かせない。
……なんだこれ。
怪我の影響かと思いながらも、微かに目を開けて布団の上を確認した。
すると、何故か俺を抱き枕のようにしている和奏が映った。
コレハドウイウコトナンデショウカ。
寝起きということもあり、今のこの状況に俺の思考は一瞬でショートした。
アア、コレハマダユメノナカナノカ。
俺は現実逃避するように二度寝を決め込もうと、少しだけ開いた目を閉じた。
しかし、この行動が良くなかった。
視覚を遮断したことによって、聴覚と触覚が鋭敏と成って意識がある点に向いてしまう。
和奏の寝息が鮮明に聴こえ、抱きしめられていることによって押付けられている二つのたわわの感触がはっきりとわかってしまった。
いやいやいや! このまま二度寝はまずいだろ!
すっかりと目が覚めて、思考が元に戻った理由に対して申し訳なく思いながら、とりあえずこの状況をどうするべきか考える。
案一、和奏を起こす。
案二、和奏が起きるまで待つ。
案三、何とか起こさないように起きる。
案三が一番理想であるが、腕でロックされた状態では現実的じゃない。
だからと言って他の二つは、保健室の時のように起きた瞬間に殴られてもおかしくない。
あれこれ? もしかして詰んでないか?
俺はこんな夏の暑い朝であるのに寒気がした。
このままでは最善案など出てこないので、ひとまず心を落ち着けるために、ゆっくりと深呼吸をする。
というか、そもそもなんでこいつここにいるんだ?
恐らく寝ぼけてこの部屋に入ってきたんだろうけど、高校生にもなって部屋を間違えるなんてことがあるのか疑問になる。
チラッと寝ている和奏のほうを見るが、安らかに眠っていた。
気持ちよさそうに寝てるなぁ……。
そのまましばらく和奏の寝顔を眺めていると、流石に熱いのか抱きしめている手が少し緩んだ。
今しかない!
俺は咄嗟に和奏との間に空間を作り、そこに自分が使っていた枕を静かに置いた。
それからゆっくりと横にずれて、布団から抜け出した。
抱き枕(俺)の厚みが無くなると、和奏の腕はまた何かを抱く素振りを見せ始めた。
すると和奏は、俺が先程差し込んだ枕と布団の厚みが併わさったものを抱いて、寝息を立て始めた。
……よかった、何とか起こさずに済んだ……。
俺はそのまま静かに部屋から出て一階に降りる。
居間に入ると、貴志さんがコーヒーを飲みながらニュースを見ていた。
「おはよう。ゆっくり眠れたようじゃな」
貴志さんにそう言われ時計を見ると、すでに十時を過ぎていた。
「ゆっくり寝すぎました」
「長時間の移動で疲れてたんじゃから、しょうがないわい」
「ですかね」
「そうじゃよ。とりあえず顏洗って来たらどうじゃ?」
「そうさせてもらいます」
俺は言われた通りに顔を洗って居間に戻ると、貴志さんがコーヒーを入れてくれていた。
「ほれ」
「ありがとうございます」
俺はコーヒーに口をつけながら、貴志さんに聞く。
「奏子さんはどこかに出かけているんですか?」
「お盆じゃからな。祖母さんは近所の仲の良い家に挨拶に回っとるよ」
奏子さんは新盆の挨拶をするために出かけているようだった。
貴志さんも午後からはその挨拶回りで出かけるらしい。
「じゃから、修司君も午後から自由にしてくれてかまわんからの」
「自由にですか?」
「家でくつろいでくれてもいいし、外へ散歩に出かけてもいいってことじゃよ。まぁ外はなーんにもないから、出てもしょうがないと思うがの」
「あはは、そうですね。まぁどうするかは考えておきます」
「うむ」
それからテレビを見ながら、雑談を始めて一時間後。
二階からドタバタと慌ただしい音が聞こえてくるが、すぐに音が止んだ。
「ようやく起きたのはいいんじゃが、やたらと騒がしかったのう」
「あ、あはは、そうですね」
貴志さんは不思議そうに天井を見上げているが、俺には上で何が起きているのか大体わかっていたため、苦笑いをしてしまう。
一瞬驚いて取り乱した後、すぐに状況を理解したんだろうなぁ。
しばらくすると、着替え終わった和奏が居間に来た。
「おはよう」
「あぁ、おはよう」
挨拶をする声はいつもより固く、顔も少しぎこちない笑顔のように見えた。
俺は俺で和奏の顔を見ると、朝の寝顔とたわわの感触が脳裏を過り、ぎこちなく挨拶を返した。
「おはよう。なんじゃ、昨日と違ってぎこちなくないか?」
俺は苦笑するだけで、そのまま和奏は顔を洗いに行った。
和奏が居間に戻ってくると、貴志さんは今日の予定を話し始める。
「今日なんじゃが、十七時くらいまではわしも婆さんも出かけとる」
「そうなの?」
「色々と挨拶に行かないといけなくての。じゃから、午後は二人だけになるからよろしくの」
和奏はその言葉を聞いて、少し気まずそうな反応をした。
朝からあんなことがあってからの二人きりって、そりゃ気まずいよな……俺だって気まずいし。
そんなことを考えていると、貴志さんが思い出したかのように話す。
「お昼は二人で食べてくれ。婆さんが炊き込みご飯を作っといてくれとるから」
「うん、わかった」
「あとは夕方に墓参りに行くからの。修司君も来るんじゃろ?」
おそらく和奏の両親の墓参り。
俺は元々そのつもりでもいたのですぐに答えた。
「はい」
「うむ、そういうことじゃからよろしくの。わしはそろそろ家を出なきゃならんから後は任せる」
貴志さんはそう言って、荷物を手に取って家を出て行った。
俺は貴志さんを見送った後、チラッと和奏の様子を見る。
和奏は気まずさの上に、恥ずかしさが入り混じったものになっていた。
さて、どうしようか……。
この空気をどうするか悩みながら、和奏と二人の時間が始まることになった。




