42.手中の熱
投稿2日目です。読み飛ばしにご注意ください!
エレノアが、あまりに軽々と、あまりに粗雑に領主を担ぐもんだから、ソフィは呆気に取られた。
エレノアときたら、肩の上でしっかりと領主を固定して、それはもう軽やかに走り抜けるのだ。追いかけるソフィの方が必死なくらい。足腰鍛えといて良かったな。
領主を担ぐエレノアは、はたから見りゃ「お前が噂の誘拐犯か!」と声を上げられる事間違いなしのお姿であったが、幸いにも屋敷の使用人に会う事なく、派手な轟音、もといエーリッヒとリヴィオの元まで辿り着くことができたので、ソフィは驚いた。エレノアは幸運の星の元に生まれのだな! ってんなわきゃない。
これは後で発覚した事だが、懲りずに金を使い込んでいた領主は使用人をまともに雇う事もできていなかったらしい。広い屋敷をたった数人で管理させていたという、とんだ無能ぶりにソフィは驚いてしまった。マジか。マジなんだな。
とどのつまり、領主運搬チームが使用人と鉢合わせせずに済んだのは、幸運だ奇跡だ神の思し召しだあ! なあんてこたなく、ただ、全ての使用人がさっさと逃げ出しただけだったのである。人望なんざあるはずもねぇわな。
さて、それはさておき。
「私たちが到着した時、君は頭を押さえて蹲っていた。記憶の辻褄が合っていない事に、気付いたんだろう」
ソフィの話を俯いて聞いていたワイズは、エレノアの言葉に顔を上げた。
顔つきこそ変わらないが、色を失った青白い顔は、彼がいかに動揺しているのかを如実に語る。
ソフィは、うまく言葉が出ずに膝の上で手を握ったが、沈黙を蹴散らすように、リヴィオは「その時だ」と自信たっぷりに言い放った。
ぎょっとするソフィなんぞお構いなしに、リヴィオは強い語調で続けちゃう。
「ソフィは、お前が揺らいでいる隙をついて、催眠魔法を解いたんだよ。あの優しくも力強い凛とした声、あたたかい魔力、天使のように美しい姿を忘れたとは言わせないからな」
「やめてえ!!」
ひいんとソフィは顔を両手で覆った。
なーにを言ってんだろうなこの騎士様は!
ソフィが催眠魔法を解除できたのは、いつも通り「我がやると記憶そのものを破壊しかねんぞ」と言い放ったアズウェロの誘導のおかげだし、あの時ソフィの頭にあったのは、優しくも力強い凛とした天使のように美しいリヴィオがソフィを励まし手を引いてくれる姿であり、騎士の記憶に掛けられた鍵をぶった切るリヴィオの姿で、まあつまり相も変わらずリヴィオ一色という、脳みそくんの浮かれっぷりあってこそなわけであるからして。
ソフィはもうほんと勘弁してくださいと逃げ出したいくらいに恥ずかしくて居たたまれないのである。
誰か助けてください! と、お屋敷の真ん中で羞恥を叫びたいソフィの背を、ぽすぽすと大きな手が撫でた。エレノアの優しい手があったかい。
くうん、と子犬のような声が漏れそうなっちまうのはしゃーないしゃーない。涙ちょちょぎれるソフィちゃんを見てどう思ったのか、くすりと笑う声がする。
思わず顔を上げると、ワイズが「すみません」と視線を逸らした。
笑われた!
ソフィは声を荒げてしまったことを恥じたが、大きな身体がしょんもりする姿を見るよりは、良い、はずだ。うん。リヴィオのおかげで場の空気が柔らかくなったことはたしかだものな。
へら、とソフィが笑うと、ワイズが眉を下げて笑った。
「ソフィさん、と仰るのですか」
「気安く名を呼ぶな」
「リヴィオ!」
ワイズをギロリと睨むリヴィオに向かって、ソフィが涙目で呼ぶと、リヴィオは「う」と眉を下げて胸を押さえた。ちょっと赤いほっぺが可愛いが、それどころじゃない。
「恥ずかしいからもうやめて!」
「かっ」
ぎゅうと目を閉じるリヴィオがこの期に及んで何を言おうとしているのか。ソフィにはわからんが、可愛い動作とお顔に騙されとる場合では無いのだ。このままではソフィの何かがすり減る。
「ワイズさん、リヴィオの言う事は忘れてください……! わたくし一人でやったわけではありませんし」
「ですが、貴女に救っていただいたのは事実です。お礼を言わせていただくのは、その、良いんでしょうか?」
隣を窺ったワイズに、リヴィオは器用に片方の目を細めて、唇を尖らせた。
「そりゃ当然だろ」
「有難うございます」
なんでリヴィオの許しがいるんだ、と誰もツッコまない事にツッコむべきか考えちまったソフィに、ワイズは再び向き直った。
頭を押さえて苦しんでいた時とも、エーリッヒを見上げていた涙に濡れた瞳とも違う。
真っ直ぐにソフィを映すアンバーに、不思議な既視感を覚えて、ソフィは言葉に詰まった。
「貴女のおかげで、俺は騎士に戻れました」
「っ」
ソフィは、ワイズのことを知らない。
どんな想いで騎士になったのか、騎士として生きていたのか、彼の歩いてきた道はおろか、生まれすら知らない。
己の意志と関係なく、騎士としての決意を奪われたワイズの気持ちを、だからソフィは知らないのだ。
けれど。
「有難うございました」
深々と頭を下げるワイズの言葉は、ソフィの両手では持てない程に重く、熱かった。
ぐう、と胸を押すその熱に息が詰まって、なんだかじわりと視界が揺れそうで、ソフィは左手を握り込んだ。
すべてを飲み込んで、笑みを乗せる。
ワイズが、そうするように。
「お力になれて、わたくしも嬉しいです」
顔を上げたワイズの瞳は、強く眩い。
ああこれは騎士の瞳だ、とソフィは手の中でそっと指輪を撫でた。
更新が滞っておりましたので……
お詫びとコミカライズの御礼を込め、連続投稿ウィーク開催です。
また明日もよろしくお願いします!





