40.楽しいお茶会?
昨日から続いての投稿です。読み飛ばしにご注意ください。
「要約すると、今回の誘拐事件を指示していたのは俺の二番目の兄上、ピューリッツ・シフォン・キングストレイだ」
「ピューリッツ殿下ですか……」
エーリッヒの言葉を静かに繰り返すワイズに、エレノアが眉を上げた。
「驚かないのか」
「私は第一王子と第二王子の王位を巡る内戦に参加してましたから。第二王子の陣営から、耐えられないと逃げていく兵士がいるとか、性格についてはそれなりに噂を聞きました」
「その辺りはまあ……兄上、ヴィクトール兄上の知略でもあったみたいだけどね。ピューリッツ兄上の気性が荒いことも、兵の扱いが良くなかった事も事実だったらしいけど、それを広めて人心操作をしていたのは、兄上らしいやり方だね」
「あれも作戦だったんですか」
はっはっはっはそのとおりだ! どうだ凄いだろう私! わはははは!!!
いないはずの誰かさんの高笑いが聞こえた気がして、ソフィはそっと紅茶を口に運んだ。うんまあい。
「あの、それで、なぜピューリッツ殿下がこんな事をしたのか、私は聞いてもいいんですか?」
一人だけ難しい顔をしたままのワイズは、あの不遜な物言いがユニークな弟馬鹿を知らないのかもしれない。知らないって素敵だな。
動じないエーリッヒは、「見てほしいものがある」とリヴィオに視線をやった。
それに頷き、リヴィオは傍らに置いていた鞄に手を入れる。
恐らくこの世で五本の指に入るくらいに安全な場所、リヴィオの鞄に収められていたのは、丸い大きな水晶、ではなく魔法石だ。つるりとした魔法石の中では、黒い靄が煙のように揺れている。
「それは……?」
ワイズが問うと、リヴィオから魔法石を受け取ったエーリッヒは、目を伏せた。
「記録用の魔法石だ。これに、子どもたちの証言を記録した」
いやはや。人生、何があるかわからない。
エレノアの従者レイリは、ヴィクトールに『最愛の弟と最愛の友の様子を記録してほしい』と無理やりこの魔法石を持たされたのだという。
「気づいたら手紙付きで鞄に入ってました。くっそ気持ち悪いです」とレイリが嫌悪感むき出しで言ったのは旅立ってすぐで、その時は笑うしかなかったんだけれども。
これもまたヴィクトール殿下の知略だったのだろうか。
底の読めないヴィクトールとよく似た面立ちで、エーリッヒは魔法石をぺんぺんと叩いた。
「森で子どもを攫う現場に居合わせてね。これを持った状態で攫ってもらったんだ」
「攫ってもらったって、ま、まさか陛下自ら囮を?!」
「まあね」
「なんでそんな危ない真似を! 何かあったらどうするんですか!」
顔を真っ青にして声を上げるワイズの訴えは至極最もであったが、取り合うことなく、エーリッヒはにこりと笑った。
「生き延びる術はそれなりに身につけているし、リヴィオが一緒だったからね」
ね、と同意を求められたリヴィオは、「ええ」としたり顔で頷いた。所謂ドヤ顔である。ふふん、と鼻歌が聞こえそうな顔は可愛いの一声であるからして、浮かれ脳みそくんがソワソワし始めるのをソフィは全力でねじ伏せた。ステイ!
「陛下からとても信頼されているんですね……」
だから、ワイズがリヴィオを見て、心なしかうっとりと言った気がしたのは多分、ソフィの気のせいだろう。多分。
「リヴィオが兵士の気を引いてくれているうちに、エレノアが領主を捕らえる手はずだった。俺はその間、悪いとは思ったが、子どもたちに話を聞かせてもらったんだ。家に帰った後で嫌なことを思い出させるのもなんだしな。──見てくれ」
エーリッヒが魔法石に手を置くと、球体の中の黒い靄は渦巻くように増えた。
そして、魔法石が光る。
靄は透けるように消え────数人の子どもの姿が映った。よく見れば、その後ろにも子どもたちがいることがわかるだろう。薄暗い石壁の背景と共に。
『ここで大人に、何か言われた事はある?』
魔法石から、エーリッヒの柔らかい声が響いた。
ちなみにソフィは二度目の視聴のため、この後の流れを知っている。二度も聞きたい話ではないが、かといって席を立つわけにはいくまい。
ため息を飲み込むように、ソフィはティーカップを傾けた。
『えっとね、わたしたちに、魔法はつかえるか、って』
『つかえないって言ったら、すっごくいやそうだった』
『それで、なんだっけ。へーにするなら、もっと人数がいるって、言ってたよね?』
「え」
小さく漏れたワイズの声に構うことなく、魔法石の中の子どもたちは続ける。
『わたしたちは、まだこどもだから、えっと魔力が、なじ、なじみ? やすい? から。魔法がつかえなくても、つかいみち? があるって、だれかと話してた! むずかしくてよくわかんなかったけど、言ってたことはね、おぼえてるよ』
『うん。こどもだったら、大人は、ゆだんするから。ピッタリなんだって』
「待ってくれ、じゃあ、」
ワイズは、口元を手で覆った。
吐き気を抑えるように、その言葉を閉じ込めるように、大きな手で、口を塞いだ。
『どんな人が言っていたか、覚えてる?』
魔法石の中のエーリッヒが、静かに問うた。
幼くとも、エーリッヒは玉座に座る男だ。ワイズが予想したその言葉に、答えに、思い至らないはずがない。けれど、エーリッヒはただ静かに柔らかく問う。魔法石を持っていたエーリッヒの姿は映っていないが、子どもたちの恐怖を煽らないようにと、優しく微笑んでいることがソフィには容易く想像できた。
『いっしょにいる人はわかんない』
『きーたことある声だったよね』
子どもたちが聞き覚えのある声をした、姿を見せたくない人物……となれば正体はナイルズだろう。住民の領主への信頼は絶大だ。子どもたちを御しやすくするために「領主様」は善人でなくてはならない。
いかにも親玉です、といった顔で姿を見せるわけにはいかなかったはずだ。
ソフィは自分の二度目の思考に、細くゆっくりと息を吐いた。最悪の気分だ。
魔法石の中の子どもたちは、エーリッヒが話を聞いてくれることが嬉しいのか、自慢気に続ける。
『もう一人は、まほつかいさまだって言ってた』
『しろくてながくて、キラキラしたふく、きてたよね?』
『あれ、ローブって言うんだよ。おれしってる!』
『フードかぶってたから、かおは見てないけど……』
『おれ、見たよ』
『どんな人だったか教えてくれる?』
エーリッヒの声に、そばかすの浮いた可愛らしい少年は、思い出すように眉をきゅっと寄せて言った。
『えっと、きんぱつで、みどりの目で、かおにおおきなキズがあって、いたそうだったよ』
その言葉を最後に、ふ、と魔法石からの声が消え、黒い靄がゆっくりと子どもたちを隠していく。
リヴィオは魔法石から手を離し、顔を上げた。
「ピューリッツ兄上の側には、白いローブを着た魔導士がいる。いつもフードを深く被っているから顔を見たことはないが、顔に大きな火傷を負ってるらしい。かなりの手練れだと聞いてる」
「その魔導士が、つまり、殿下の指示で、」
ああ、とエーリッヒは小さく笑みを浮かべた。
前髪の奥、荒れる海のような色を瞳に湛えて。
「魔法を使って、子どもを兵士に作り変えようとしたんだろう」
愚かだ、とエーリッヒは微笑みを浮かべたまま続けた。
「……伯爵は丁度良かったんだろうな。俺に恨みがあり、悪知恵が働く上に、王都から離れた領地を治めている。上手くいけば王都に席を用意してやるとか、餌を使って指示を出した」
「そのためには、俺たちが邪魔だった……」
零れ落ちるように呟いたワイズの声に、エーリッヒは「だろうね」と短く頷いた。
「だから催眠魔法を使ったんだ」
「でも、私はその魔道士を知りません」
ワイズの言葉に、エーリッヒはソフィに視線を動かした。ソフィはそれに頷き、口を開く。
「個人に直接魔法をかけたわけではないのかもしれません。媒介を使うことで、広範囲に魔法をかける方法もあるそうです」
と、説明をしてくれたのはご存知アズウェロ様であるが、この状況でもふもふした熊さんが流暢に喋っては、ワイズはいよいよぶっ倒れてしまうかもしれない、ということでアズウェロは猫の姿でソファに丸まっている。元々、この神様は人の争いに興味はない。人同士のやりとりなど退屈なだけだと、くうくうと寝息を立てている。
そんなわけでソフィは、アズウェロが「ひとの使う魔法を詳しくは知らんがな」と付け加えた上でした説明をなぞった。
「例えば、自分の魔力を込めた魔法石を対象、今回の場合は街を囲うように埋めるとか、もしくは大きな魔法陣を使うとか、魔法の規模や質、目的によって、いくつか方法は考えられるそうです」
アズウェロ曰く、「口にするのが億劫だ」という方法もあるらしいが、ソフィはあのアズウェロ様が言いたくない方法を知りたいとは思わなかったので聞かなかったことにした。
必要があればそのうち、アズウェロが教えてくれるはず。
意外と優しくて面倒見の良い神様をソフィは信頼しているので、アズウェロが良しとするならばそれで良いのだ。
質問を重ねないソフィに、アズウェロはちらりと視線をよこした後、倒れている憲兵団の男を前足で軽く突くと、ため息混じりに説明を進めた。
「そもそも、催眠魔法は記憶操作魔法とも呼ばれていて……」
いつも誤字脱字のご報告有難うございます。
何度も何度も確認しているのですが、お恥ずかしいご指摘もいただており…
は、恥ずかしいです…! がんばります…!!!





