31.不穏な森
10日連続更新企画:最終日です!
寝不足だった。
朝までソフィは、考えてもどうにもならんことをぐーるぐーると考え続け、寝不足だった。
寝不足ってなあに? と、元気なお子様に聞かれた親御さんはソフィを差し出し「こういうことだよ」と言えばオッケイ。ってくらい、ソフィは見事に立派に寝不足だった。
「ソフィ、ちゃんと眠れましたか?」
朝食の席で、こそっと隣から言われたソフィは、はうん耳元! と浮かれ脳みそ君が仕事をする間もなく、「大丈夫ですよ」と営業スマイル乗っけるくらいには、寝不足だった。
ま。
ソフィーリアとして生きた人生の中では、「明日までにやっておけ」と、自分に与えられた仕事をぶん投げてくるクソッタレな婚約者もいたので、一睡もせずに朝を迎えた事は一度や二度ではない。ベッドに入らないまま式典で半日立ちっぱなしだった事もあるし、答弁をさせられたことだってある。
うまく眠れなかった、ってだけで、全く寝ていないわけじゃないので、大丈夫ってのは本当だ。
リヴィオの観察力が凄いのだ。
その証拠に、同じ部屋のエレノアは気付いちゃおらんし、エレノアの身支度を手伝う為に部屋に訪れたレイリにも気付かれなかった。
え? 異性が手伝うの?? と新しい常識を目にしてソフィは驚いたが、身支度と言ってもエレノアは自分で着替えていたし、「自分でやれる」「そう言って昨日、俺が来ないのを良い事に、髪を乾かさずに寝たでしょう。やっぱりあんたは信用できません」「ひどい」と妙に間の抜けた会話をしながら触れていたのは髪の毛だけだ。
香油を使って、丁寧に櫛で梳かして、ふわふわのキラキラの髪を、きっちりと結い上げる。
プロの技だった。
ソフィ様もお手伝いしましょうか? と表情の見えない顔で問われたが、ソフィは謹んで辞退した。
そのプロの技は大変気になったが、恐れ多い、と遠慮が勝ったのであった。ちょっぴり残念な気がしないでもないソフィである。
「今日は森を行くんだったっけ?」
貴族という設定にしておいてよかったよね、と思わずにはおれんくらい、優雅な仕草でスープを口に運んだエーリッヒが、首を傾げる。
エレノアは、ああ、と頷いた。
「道は整備されていないし迷いやすいから、一般的なルートでは無いが、街道を行くよりはるかに早い」
昨夜の会話を忘れられないソフィとしては、ゆっくり行きましょうよ、と言いたかったし、呪いを考えると一刻も早く出発しましょう、と言いたくて、口の中のパンをもぐもぐするしかなかった。うまいのが悲しい。
「あんたたち、森を行くのかい?」
背後からの突然の声に振り返ると、レストランの店主が眉間に皺を入れていた。
髭を蓄えたダンディーな店主は、エレノアの前にあるカップにコーヒーを注ぎながら、「やめときな」と険しい声で言う。
「あんたたち、他所もんだから知らないだろうけど……今はあの森は、誰も近寄らないんだよ」
「それはまた、なぜ?」
ぱち、とリヴィオが瞬きしながら見上げると、店主はうっすらと頬を染めながら口を開いた。リヴィオの美貌は老若男女を問わない。もう人間兵器だな。
「子どもがね、帰ってこないんだよ」
「なに?」
反応したのはエーリッヒだった。
下ろした長い前髪で表情は見えないが、ちりちりと肌を刺すような小さな圧が漂っている。
王の片鱗が見える姿に、エレノアがぽん、と肩を叩いた。
エーリッヒが見上げると、エレノアは小さく微笑む。そうすると、エーリッヒから漂う剣呑さが飛散して、ソフィはなんだか叫びたくなった。ベストカップルじゃんね! 歯がゆいったらない。
「それは、その……言いづらいがモンスターに襲われたとか、そういうことだろうか」
エーリッヒに代わってエレノアが問うと、店主は「さあね」と首を振った。
「あの森は薬草やキノコがたくさん生えていてね。昔からよく、子どもたちは家の手伝いで森に入っていたんだ。モンスター避けの粉を必ず携帯してね。それで今まで、モンスターに襲われた子なんていなかった」
なのに、と店主はソフィのカップにコーヒーを注いだ。ととと、と黒い液体が落ちていく。
「突然、帰ってこなくなったんだ。最初は私たちもね、迷子になっているのか、モンスターかと、慌てて町中の人間で森を探したよ。……なのに、遺品はおろか、死体も見つからない。本当に消えるんだ。忽然と」
「……人攫い、では?」
実に胸クソ悪い話だが、そういった事件がないわけではない。
騎士団の仕事にも口を出していたソフィが、嫌な気分を隠さずに言うと、店主は「それも考えたさ」と頷いた。
「だが、憲兵団がそれはないと」
「憲兵団?」
ああ、と店主は髭を撫でる。
「いなくなる子どもたちに共通点はないし、アジトのようなものも見つからない。それはありえないと言うんだから、そうなんだろう」
そうなの? でも、迷子でもモンスター被害でもなく、子どもが消えちゃう理由って、他になんだ? それがわからんから皆怯えとんのじゃーいって言われたらそれまでなんだけど、なーんか違和感。
と、疑心暗鬼にかられたのはソフィだけではなかったらしく、聞きたいんだが、とエレノアが問いを重ねた。
「いなくなったのは、一人二人じゃないんだな?」
「ああ。その、またいなくなるとは、思わなかったんだろう。それに、薬草やキノコで生計を立てている家もあるし、子供たちの遊び場でもあったからな。深いところまで行かなければ大丈夫だと思っていたんだ」
危機管理甘いなあ、と隣から聞こえたごく小さな声にソフィがちらりと視線を上げると、リヴィオが嫌そうな顔をしている。
リヴィオは民や王族の安全を守る騎士だった男だ。常に最悪を考えて動け、と指導する騎士団にいたリヴィオからすれば、ありえない話なのかもしれない。
「憲兵団というのは、この街独自のものですか? 騎士ではなく?」
自分が子供の姿であることを思い出したようにエーリッヒが丁寧に問うと、店主はちょっとだけ眉を上げた。丁寧に言われたって、子供がする質問ではないもんな。ちょっとズレておいでの国王陛下に、そうとは知らん店主は「賢い坊やだなあ」と笑った。知らないって怖い。
「そうだよ。領主様がこの街の安全のために、つくってくださったんだ」
「……そうなのですね。父は、今の国王陛下がいろんな街に騎士を配備している、って言っていたのですが、この街は違うのですか?」
見える。ソフィには、そしてきっとエレノアにもリヴィオにも、見えている。あれれぇ~と急なかわい子ぶりっ子な国王陛下の口元に、怒りが滲んでいるのを。
ワントーン高くなったハスキーボイスの可愛さが、得も言われぬ恐怖を煽る煽る。思わずソフィはコーヒーを口に含んだ。あ、あったかい……。
「騎士? はは! いいかい坊や。騎士というのはね、身分を笠に着た陰険な奴らの事を言うんだよ。この街にいた騎士も横暴な態度で、私たちは随分困らされたんだ。それを助けてくださったのが、領主様の憲兵団なんだ! すごいだろう?」
「へぇ! すごいですねえ!」
こ、こわい! こわいこわい! 店主はなぜ何も感じないんだどれだけ鈍いんだ? 脳みそまだ寝とんのか?? あ、危機管理甘いから?! にこにこと会話する両者に、ソフィは血の気が引く思いだし、なんなら隣からも怒気を感じる。怒ってる。元騎士様が怒ってらっしゃる。
最悪の朝食の席で、眉を下げるエレノアがソフィには女神様に見えた。
エレノアがいなければ逃げ出していたかもしれない。
10日間、毎日見てくださったり、評価、いいねのポチリや感想等々、応援してくださった皆さま有難うございました!
基本的に、書いた後は一度寝かせて目をリセットしてから、投稿する前に推敲しながら加筆修正をする…
というスタイルなのですが、その甲斐なくいつも以上に誤字脱字のご指摘の多い10日間となってしまい…
皆さま本当にすみません有難うございました…。
次回からは週1更新に戻ります。また来週、お会いできましたら嬉しいです。





