29.間抜けと呼ばないで
10日連続更新企画:深夜投稿企画と呼んで差し支えないのではって感じになってきましたすみません8日目です!
「見えてきたな」
休憩を取りつつ、一行はひたすらに走り続けた。
いつぞやと同じく、木々に覆われた人気のない道を、走る、走る、走る。
カラーリングを変えたとて、王都から近ければその分、エーリッヒとエレノアの正体がバレるリスクが高くなる。そこで、なるべく人目を避けられ、かつ、最短で進むことができるルートを爆走したわけである。
ちなみに、爆走したのは、エレノアが国を出てエーリッヒの元へ訪れた際と、同じルートだ。
エーリッヒは王位を継いだことで、あの手この手その手で命を狙われるモテモテ少年になってしまい。エレノアはそんなモテ期まっさかりのエーリッヒを助くべく、婚約者となった。
それを知ったヨコシマな野郎共に道中狙われるのは煩わしい、危険な立場にあるエーリッヒの元へ早く駆け付けたい、とエレノアはマリィシアと二人、馬でひっそりと最短ルートを駆けたらしい。
マリィシアと?! と驚いたソフィに、「凄いだろう」と得意げに笑うエレノアを、可愛いな、とソフィが思ったのは余談である。
「久しぶりの町ですね」
開けた場所から見える景色は、とても美しい。
うっすらと夜へグラデーションを描く空に、やんわりと灯りが光る街から漂う活気。ほっと肩の力が抜けるような優しい美しさに、ソフィの顔がほころんだ。
「今日はこの街で宿を探そう」
「そうだね」
「この規模なら困ることもなさそうです」
街を見下ろし話す三人の後ろで、ソフィはこっそり、アズウェロの身体の上で身を屈めた。
「アズウェロ」
「うん?」
耳元で小さく名前を呼ぶと、アズウェロの青い瞳がこちらを見上げる。
「疲れたでしょう? たくさん走ってくれて有難うございました」
「大した距離ではない」
いつも尊大なこの神様は、一度も文句を言う事をなく、黙々と走ってソフィを運んでくれた。おかげさまで、ソフィは三人の足を引っ張ることなく、それも快適にここまで付いてくることができたのだ。
そのことに改めて礼を言うと、アズウェロはくわりと欠伸をした。
「だが腹は減ったな」
「いっぱい食べてくださいね」
「うむ」
楽しみだ、と笑う声に、ソフィは「わたくしもよ」と笑い返した。
予想通り、宿はすぐに見つかった。
部屋はいくつか空いているようだったが、万が一という事もある。一人になるのはあまりよろしくないだろう、ということで男子チームと女子チームの二手にわかれて休むことにして、荷物を置いた面々は街に繰り出した。
勿論、みんなでうぇーいとひと騒ぎ、というわけではなくて、食事である。
昼食にリヴィオが振舞ってくれた絶品スープもソフィは大好きだが、初めて訪れる街での食事も楽しみだ。
食に楽しみを見出せなかった頃とは打って変わって、食欲旺盛になってしまった自分が少し恥ずかしくもあり、嬉しくもあるソフィは、複雑な心境でレストランの椅子に掛けた。
わたくし、はしたないのではないかしら。
なあんて葛藤。そんなもん、食事が運ばれてくるまでだったけれどね。
運ばれてきた料理は、魚料理がメインだった。
ソフィが生まれ育った国には海が無いので、魚を食べる習慣があまりない。
初めて見る料理が並ぶ光景は、ソフィをわくわくさせた。しかも、どれも本当に美味しくて、お口も心も幸福感でいっぱいだ。
特に、こんがりと焼き目のついた魚介と野菜を煮込んだ料理が、ソフィのお気に入りだった。野菜の甘みと魚の豊かな味がたまんない。あんまりに美味しい美味しいと声に出すソフィがおもしろかったのか哀れだったのか、リヴィオが同じ料理をつくってくれることを約束してくれた。なんって優しいのだろうか。ソフィはその日が待ち遠しくて仕方がない。
約束をもらえることが、こんなに嬉しいなんて知らなかった。
食事が終わった後は、早々に宿に戻った。
「油断は禁物です。今日は部屋に早く戻りましょう」
ね、と笑うリヴィオの言葉はその通りなんだけれど、ただ気遣ってくれたんだろうとソフィが確信を持って言えるのは、旅慣れないソフィとエーリッヒの瞼が重たくなってきたからである。
ソフィは欠伸を噛み殺すのも限界であったし、エーリッヒは明らかに口数が少ない。普通の人間程度の体力しかない二人には、街をのんびり歩く余裕など残っているはずもなかった。
寝たい。早く。ベッドで。
そんなわけで、お腹が満たされ、脳みそを睡眠欲でいっぱいにしたソフィは、どうにかこうにかベッドに横になった。
一生懸命走ったのはアズウェロで、ソフィはその上で呑気にしていただけなのに、全身が痛い。おかしいな。どういうことだ。
「生きているか主」
「大丈夫……わたくし、何もしていないのになぜこんなに身体が痛いの……?」
「馬車で移動するのとはわけが違う。当然だろう」
「……そんなもの?」
「そんなもんだ」
そう、とソフィがのったり瞬きをすると、隣のベッドに腰掛けているエレノアが笑った。
「お疲れ様、ソフィ」
「こんな体勢ですみません……」
一国のお姫様の前で、ベッドに横になったままお返事をするのは無礼極まり。極まりすぎて首が飛んでも文句はいえないし、今朝までのソフィであれば絶対にこんなことをしない。でも、マジでもう指一本動かせんのだ。
首だけ動かしソフィが眉を下げると、エレノアはからりと笑った。
「部屋で横にならずに、どこで横になるんだ。まさか寝るときも座っているつもりだったわけじゃないだろ?」
そりゃそうだ。
立場があるので申し訳ない! なんて言うなら同じ部屋なんぞ使えん。
「できればベッドが良いですね」
くすくすと笑うソフィに、エレノアはやわく目を細めながら、髪留めをほどいた。
ふわ、と広がる金色の髪が肩を滑り、胸元へ落ちる。風に揺れる小麦のように、きらきらと揺れる金糸を、ソフィはぼんやりと眺めた。
「綺麗ですね」
「え?」
「金髪」
ああ、とエレノアは毛先を持ち上げた。
「不思議だな。私も金色に見える」
「その姿を目にした者、という大雑把な括りなので、本人も対象に含まれるのでしょうね」
「なるほど。おもしろいな」
はい、とソフィが枕に顔を半分埋めたまま頷くと、エレノアは頬をうすい桃色に染めた。おや? おやおや?
何を思いだしているのだろうな。なあんて。意地悪かしらん。
「……リックも、綺麗な髪でしたね」
「!」
ぱ、と顔を上げたエレノアの眼が、見開かれる。
うろ、と彷徨って、ぽってりとした唇をきゅっと噛んで、「ああ」と、小さなお返事。
あらあらまあまあ。まあまあまあ!
ぴんと背筋を伸ばして黒い馬を操る姿はあんなにも凛々しくて格好良いのに、このお姿は、なんて、可愛らしい!
ソフィは、きゅううん、と胸に一面の花畑が広がり、その中を走り回るような気分になった。だから、本当に悪意は無いし、一片の悪戯心さえなかったことを誓える。本当だ。嘘じゃない。悪気はなかったのだ。
「アレンは本当にリックが好きなのね……」
ぽろん、と転げ落ちた言葉は、心も体も弛緩しきったソフィが、気分が高揚するままについうっかり言っちまっただけなのだ。
かつて陰謀野望が渦巻き混沌としている王城で化かし合い騙し合いをこなしていた、そんな過去は遠い夢幻かってくらい、最近うっかりが多いソフィちゃんだけど。
顔を真っ赤にしてエレノアがベッドから転げ落ちてようやく、ソフィは自分が何を口にしたのか気付いた。
「えれ、あ、アレン!」
身体が痛いのも忘れてソフィが飛び起きると、それよりも先にアズウェロが床に降り立ち、ぽん! と身体のサイズを変えた。
「何事だ」
ソフィの頭の横で小さく丸くなり、くうくうと寝息を立てていたアズウェロは、床に転げているエレノアを見て、青い目を白黒させた。
「す、すまないアズウェロ殿……、その、ちょ、ちょとベッドから落ちただけなんだ……!」
「? ベッドで暴れたのか」
「そうだな……私の心臓は今暴れたくっているよ……」
「す、すみませんアレン」
ソフィがエレノアの隣に座ると、エレノアは眉を下げ、赤い顔でソフィを見下ろした。
ぎし、とエレノアが寄りかかったベッドが音を立てる。
「ソフィが悪いんじゃないよ」
細かい事情は知らんが、エーリッヒとエレノアが、こう、なんか微妙な、何とも言えない距離を保っていることは、ソフィにもわかる。
にもかかわらず、ソフィはその心に立ち入るような真似をしちまったわけだから、罪悪感を感じるなって方が無理だ。
「ソフィ、その、私は……そんなにわかりやすいだろうか」
「え、えっと」
例え、はい! すぐそうやって赤くなられるので!! と思い切り頷きそうになっても、それは躊躇われた。
「……そうか」
が、その沈黙こそが答えだとバレバレだった。
エレノアは、真っ赤になった顔を手で覆い、俯いてしまう。あうあうとソフィはそれを間抜けに眺めるしかない。
どうしよう。なんて言えば良い。どうしよう。
迷いに迷ったソフィは勢いで口を開いた。
「わ、わたくしもリヴィオが好きです!」
いや誰も聞いてねーわ! と突っ込んでくれるノリの良い人間は、残念ながらこの場にはいない。
一拍置いて、顔を上げたエレノアのきょとん、とした顔に、またしても言い切った後に、ソフィは己の失言に気付いた。なんで? なんでそうなった? いや、一応の理由はあるのだ。
正確に言語化して思考したわけではないが、耳まで真っ赤にしたエレノアに、色恋ってなんか気恥しいよね。それを指摘されるって更に恥ずかしいよね。うんうん、わかるわかる。大丈夫ソフィも一緒だよ! とか、そういう感じの気持ちがわわわーっと押し寄せてきて、それで、口から零れて出てしまったのだ。
一度出て行った言葉は、ハウス! と叫ぼうが、帰っておいで—と宥めすかしてみようが、決して戻ってこない。旅立ったが最後な放蕩息子よろしく、ぱーんと飛び出した言葉はそれで終いだ。
んで、こういう時は言葉を重ねれば重ねるだけ、墓穴を掘る。せっせと掘って掘って掘りまくって、自分で身体を横たえて自分で土を掛けてはいお墓♡ とブルーベリーの飴を要求したくなるくらい、墓穴を掘りまくる。
だから黙っときゃいいのになあ。
「あ、え、と、それで、えれ、アレンのことも、好きです」
つい、わけのわからん事を口走ってしまったソフィには、王太子の元婚約者なんて立派な肩書は、どこにも見当たらない。
「私も、ソフィの事が好きだよ」
ふふ、と赤い顔で微笑まれて、ソフィは窓から飛び降りたくなった。
今なら飛べる気がする。
明日もよろしくお願いします!





