表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました  作者: えひと
第3章:花が咲いちゃったので新しい旅の始まりの鐘が鳴りました
78/148

28.あの日の僕ら

10日連続更新企画:7日目です!








「イセラ、なんだかご機嫌だね?」


 エーリッヒが首を傾げると、イセラ、と呼ばれた馬は、ヒヒン! と鳴いた。

 濃い栗毛の艷やかな毛並みが大層美しい馬は、鼻先を持ち上げ、ふんすふんすと何かを訴えている。当然、普通は馬の言葉はわからないので、何を言っているかエーリッヒはわからんようだが、「楽しそうだねぇ」とその鼻先を撫でてやった。


「マチルダもそわそわしているよ。この子、戦場は平気なのに、初対面の馬には人見知りするんだよなあ。いや、馬見知り?」


する、とエレノアに、毛先が青く透ける鬣を撫でられた黒い馬は、ぷいとよそを向いた。偶然かもしれないが、「そんな事はない」と言っているようで、ソフィは小さく笑ってしまう。


「イセラと初めて会ったときも、イセラが追いかけ回すから隨分困っていたよね」

「今じゃ仲良しだけど」


 エーリッヒとエレノアが笑うと、ぶひん! と二頭の馬が鳴いた。

 なぜかしらん。一方は、勿論! と元気よく頷いたように見えるし、もう一方は、違う! と抗議しているように見える。

 気のせいかしら、とソフィがなんとなく抹茶を見ると、抹茶は頭をふるふると左右に振った。

 うーん。ソフィだって抹茶の言葉がわからんはずなのに、「やれやれ」と呆れているように見えるのは、思い過ごしだろうか。

 イセラに鼻先をぐいぐいと押し付けられているマチルダが、じりじりと後ろに下がっていくのがなんだか可愛らしかったので、ソフィは深く考えない事にした。その時。


「お待たせしました」


 ふいに、第三者の声がする。

 驚いてソフィが振り返ると、黒い髪にペリドットのような緑の瞳をした男が、頭を下げた。

 隣には、明るい色の毛並みをした馬が、のんびりと尾を揺らしている。


「城の者は誰も、お二人の出立に気付いていないようです。早いうちに、できるだけ離れましょう」


 エレノアに向かってそう言った男は、ソフィの視線に気づくと、もう一度頭を下げた。


「アレン様の従者をしております、レイリと申します。今回の旅にも同行させていただきますので、どうぞお見知りおきを」


 透き通るような真っ白の肌に、印象的な瞳と無表情は見覚えがある気がして、ソフィは首を傾げた。


「マリィシア様、と仰るのは……」

「髪を二つに結んだ侍女を覚えているかい?」


 エラがにこりと笑う。マリー、と呼ばれていたメイドをソフィは思い浮かべた。お仕着せを着ていたから、ソフィは彼女をすっかりメイドだと思っていたが。彼女も侍女だったのか。

 内心で驚きながら頷くと、エレノアは笑みを深めた。


「マリーは私が国にいたときから世話をしてくれている侍女なんだ。動きやすいからと普段はメイドのような恰好をして、何から何まで世話を焼いてくれる熱心な侍女なんだが、今回は双子の兄のレイリが付き添ってくれることになったんだ」

「双子」


 ああ、と頷くエレノアに、なるほど、とソフィは頷き返した。

 既視感があるわけだ。

 マリィシアの魅惑的な顔立ちとは少し違うが、緑色に反射する黒い髪に、薄緑の瞳。危うげな色気のようなものが、よく似ている。

 身体を隠す真っ黒のローブで体つきはよく見えないが、背格好も似ている気がする。


「ソフィ様も、御用がございましたら何なりとお申し付けください」

「え! とんでもありませんわ。わたくしのことはお気になさらないでください!」


 国王様の婚約者たるエレノアの従者に、関係のないソフィが何を頼めるというのだ。恐れ多いにもほどがある、とソフィは首を振るけれど、エレノアはにこりと笑った。


「リヴィオ殿はエーリッヒに付きっきりになるだろうし」


 ちょい、とエレノアが指した先では、抹茶に興味津々、といった様子のイセラの鬣を、リヴィオが撫でている。エーリッヒも慣れた様子で抹茶の背を撫で、にこにこと笑っている。

 エーリッヒの護衛として同行するリヴィオの愛馬はとても賢いので、エーリッヒとも早速打ち解けたようだ。さすがは抹茶さんである。


「私は()としてソフィの身の安全を守る責任がある。つまりは、私の従者のレイリも、ソフィを守る義務があるんだよ。気にしなくていい」


 はい、とレイリに頷かれ、ソフィは言葉に詰まった。

 黒鬼アレンと大陸中に名を馳せたエレノアを前にして、私だって自分の身くらい守れます! と豪語できるほど、ソフィは恥知らずじゃあない。エレノアなら、エレノア自身のついでにソフィを守ってもお釣りがくるんだろうな、ってこた戦闘経験のないソフィにだって想像がつく。

 気にしなくていい、と言われたって気にしちゃうし、なんだか己が情けないが、腕の中のアズウェロにもふん、と腕を叩かれて「適材適所だ主」と励まされたソフィは、「よろしくお願い致します」と頭を下げるしかなかった。

 

「ところで、ソフィ様の馬はどちらに?」


 あ、うん。えーっと。






 それは不思議な気分だった。

 後ろに流れていく木々、いつもと違う目線、ふかふかもこもこの感触。

 馬と変わらぬスピードで、馬とは違う景色を見せてくれているのは、いつぞや「自分の背に乗ればいい」と言ってくれた神様、アズウェロである。


 神様の背に乗っかるのも、熊の背に乗っかるのも、どちらも普通じゃない。

 我に返ればおかしいことだらけの状況なのに、誰もつっこんでくれない。いや、つっこまれたとて、何も言えないんだけども。嬉しいような寂しいような気分で、ソフィはもこもこの白い毛を撫でた。ふっかぁと柔らかい毛の感触は、ひたすらに優しくて気持ちが良い。

 しかもソフィが怖くないように、アズウェロは地面からさほど遠くないくらいのサイズに変身してくれているし、びっくりするくらいに揺れもない。どういう仕組みなんだろうか。申し訳なさを通り越す乗り心地の良さに、ソフィは感動した。


「アズウェロ、大丈夫ですか?」

「決まっている。我をあなどるなよ主」


 息切れもせずに軽々と答えたアズウェロに、ソフィはほっと息を吐く。

 いやしかし。傍から見りゃ、馬と並走する真っ白の熊さんは不自然すぎるし、その熊さんに乗るソフィはさぞ異様だろう。まあ、常識なんぞソフィの知ったことではないが。

 べつにソフィは常識という言葉が嫌いなわけでも恨みがあるわけでもない。だが高所恐怖症のソフィが、己の手足のように馬を操り駆け抜ける三人について行くには、「常識」なんて言葉は邪魔だ。速けりゃなんでもいいじゃんね、という心境である。だって高いところ。怖いし。しょうがない。


「意外だな」


 そう言って笑ったのは、隣に並んだエレノアだ。

 顔を上げると、ふふ、と目尻を優しく下げている。


「ソフィは好奇心旺盛に見えるから」

「好奇心旺盛であることと、高いところが平気というのは、イコールで結ばれませんわ」

「なるほど?」


 まあ、ソフィだってつい最近、そんな自分を知ったばかりだけど。

 新しい世界を見たいというワクワクは、常にソフィの胸の中でキラキラと輝いている。今はそれが、ソフィを動かす原動力でもある。

 義務と恐怖感に縛られた雁字搦めの日々とは違う。

 見た事がない世界、初めての食べ物、手を引いてくれるリヴィオの笑顔。

 鬱屈としたソフィーリアの人生にはなかった、鮮やかで眩い好奇心と恋心が、ソフィを生かしているのだ。

 でも、それはそれ。


「怖いものは怖いです」

「そんなに自信満々に言わなくても」


 エレノアはそう言って笑うが、ソフィがこんな風に言えるようになったのもまた、つい最近の話だ。

 いつかのソフィーリアが今のソフィを見れば、何を言っているんだと飛び上がって驚くかもしれない。いっそ驚きのあまり、心の臓が止まっちまうかも。なあんて。冗談とは言い切れない緊迫感が、かつては当たり前だったのだ。

 人生、何があるか、わからんもんである。

 ソフィが笑うと、エレノアは優しい瞳で言った。


「まだしばらく走るから、アズウェロ殿もソフィも、疲れたらすぐに言ってほしい」

「有難うございます。アレン」


 ちなみに、うん、と微笑むエレノアからは、馬を走らせているにも関わらず、余裕が窺える。

 旅慣れないソフィの速度に合わせてくれていることはわかっているが、それにしたってエレノアを乗せるマチルダもまた余裕そうに見えて、さすがは黒鬼アレンとその愛馬だ、とソフィは素直に感心した。


「アレンもマチルダも、普段はもっと速く走るんでしょうか」

「うん? うーん、そうだなあ。一人だと、わりとそうかもしれないな。だが、今回はリックも一緒だし、ソフィだけのためというわけでもないよ」


 にこ、と笑うその男前っぷりと言ったら!

 申し訳ないな、と思うソフィのことなんてすっかりさっぱりお見通しでいらっしゃる。そのうえで、さらりと微笑まれちゃ、うっかりときめいちゃうのも仕方がないんじゃなかろうか。

 自由を謳歌する浮かれ脳みそ君に、ソフィはにへらと笑った。


「お気遣い、有難うございます」

「こちらこそ、付き合ってくれて有難う」

「滅相も無いです!」


 もともと、ソフィとリヴィオの旅は明確な行先と当てがある旅ではない。

 勢いで駆け出して、勢いで東の国を目指している浮かれ珍道中だ。そんな旅の最中に、誰かの役に立てるなら、なんて嬉しいのだろう。

 純粋にルディア国にも興味があったし、誠に不謹慎な話であるが、ソフィはわくわくしてしまう心を押さえられない。

 無論、エレノアの解呪は重要な目的であるし、道中、何かあればすぐに対応できるようにと、気を抜いているつもりはない。

 でも。

 

 でも、全部放り投げたあの夜は、怖いも気持ち悪いも口にできず、リヴィオに抱かれた抹茶の背で、ソフィはびゃんびゃん泣いた。

 二人と一頭の手探りの旅が、今は五人と四頭、それから神様一人で、お姫様の呪いを解く旅になった。

 ソフィが、リヴィオが、一つ一つ選んで決めて、だからここで走っている。


 それがソフィは、たまらなく不思議で、たまらなく楽しかったのだ。














またも日付が変わってしまっておりますが…あと3日よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
表紙絵
書籍2巻発売中です!
たくさんの応援有難うございます!

巻末と電子限定の書きおろしは、
両方を読んでいただくとより楽しめる仕様にしてみました。
ぜひお手に取っていただけましたら嬉しいです。
よろしくお願い致します!

【マッグガーデンオンラインストアはこちら】
【Amazon購入ページはこちら】

【コミカライズはこちら】
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ