27.察する男
10日連続更新企画:6日目です!
なんぞあったんだろうなあと抹茶が思ったのは、自分を迎えに来たリヴィオニス――――ではなく、最近リヴィオと名乗ることにしたらしい主が、妙にご機嫌だからだ。
ちら、と視線を動かした先。リヴィオの隣に並ぶソフィからは、特に機嫌不機嫌の気配はしない。ただどことなく、抹茶から見る二人の間に物理的な距離がある、気がするのだ。
つまりは、ほら。
リヴィオがなんかやらかしたんだろうなあと、賢い抹茶は思うわけだ。
リヴィオって男は、がさつで乱暴で、キレると何をしですかわからない野蛮人だ。
父親と似ている、と言われると本人は猛烈に嫌そうな顔をするが、あの家の人間は大体そういう風にできている。
だから、ほら。
キレたリヴィオが、なんかやらかして勝手に満足しとるんだろうあなと、リヴィオと付き合いの長い抹茶は思ったわけである。
ま、抹茶は馬なんでな。
細かいこた、知らんけども。
「そういうわけだから、後でお二人と合流するからな」
ぼそぼそと耳元で囁いたリヴィオに、ぶひんと一声鳴いてやり、抹茶は首を振った。耳元で喋られて、くすぐったい。
抹茶は耳が良いので、小さな声だってちゃあんと聞こえるんだが、念には念をってやつだろうな。なんだか壮大にやっかいな話に巻き込まれているんだろう事はわかったので、抹茶は大人しくしておいてやったのだ。
リヴィオはそれがわかっているのか、「悪いな」と軽く肩をすくめて笑った。
だけども抹茶としては、今ご機嫌を取らにゃならんのは自分じゃない気がするけどな、と言ってやりたい心境であった。
或いは、抹茶の勘が外れたのだろうか。
目が合ったソフィは、にこ、と微笑んでいる。
そうやって微笑む顔はたしかにいつも通りで、その後もリヴィオとソフィはいつも通りに会話をしている。
取り越し苦労だろうかと、抹茶は頭の上を飛んでいる蝶々を目で追いかけながら、ソフィを観察してみた。
「今日もいい天気ですねぇ」
「ええ。少し暑いくらい」
「ですね。体調が悪くなったりしたら、すぐ言ってくださいね」
「有難う。でも、わたくしそれなりに鍛えているから、結構丈夫よ?」
「油断は禁物です」
そうね、と笑うソフィの顔はいつも通りだ。
リヴィオもへらへらご機嫌で鬱陶しいくらい。
だが、ちょいと首を伸ばして抹茶自慢の広い視界で見た二人の距離感は、やっぱりちょっと遠い気がする。
間違いない。昨日、何かあったのだ。
ソフィから嫌な感情が見えるわけではないから、喧嘩の類ではないだろう。
つまりはリヴィオが調子に乗ったんだろうなあ。
リヴィオは、思いもよらんタイミングで思いもやらんことをする主なのだ。この分だと、そのうちまた惚気に付き合わされるかもしれない。それは、ちょっと、だいぶ、鬱陶しい。
何があったのかリヴィオが何をしたのか抹茶は知らんし興味もないが、ソフィにはぜひともこの阿呆の手綱をきちんと握っていてもらいたいものである。
抹茶は、へんっと笑った。
「あれ? 抹茶風邪ひいた?」
「え! マッチャさん大丈夫ですか?!」
「ぶっひん」
違わい!
さて。
てこてこと広い敷地を歩いていると、金色の髪の人間が、壁にもたれて立っていた。
二人を待ち構えるように立っている人間は、こちらに気付くと身体を起こし「やあ!」と元気に手を上げる。
「見送りに来たよ。門まで私が案内してあげよう」
随分と偉そうに言った人間に、リヴィオとソフィは深く頭を垂れた。なるほど。偉そう、ではなく、なんか偉い人らしい。
「ヴィクトール殿下、この度はお世話になりました」
頭を下げたリヴィオがそう言うと、ヴィクトールと呼ばれた人間は声を上げて笑った。からからとした笑い声は、うるさいが嫌味がない。
「おもしろい客をもてなすのは当然だ! 頭を上げなさい!」
「めちゃくちゃ主観じゃないですか」
あはは、とリヴィオが笑いながら頭を上げると、男は満足そうに「だから何だ!」と声を上げた。なんでも良いが、いちいち声がでかい。そんなに喚かなくたって、リヴィオもソフィも聞こえるだろう。
この男、もしかして馬鹿なんだろうか……、と抹茶がヴィクトールをじとりと睨むと、まるで考えを読んだかのようなタイミングで、突然その顔がぎゅるん! とこちらを向いた。
これに抹茶はびっくりして、思わず足を上げそうになった。
いやあ、だって、初対面の人間と視線が合う事は、なかなかないぞ。抹茶は馬だし。おまけに、タイミングが良すぎる。
ヴィクトールは抹茶を見て、にい、と唇を引き上げて笑った。
「賢そうな馬じゃないか。名前は?」
「抹茶です」
「アハハ変な名前!」
「失礼ですね」
まったくである。
抹茶だってそりゃあ、なんだその名前、と思わないわけじゃあないが、それなりに愛着があるのだ。抹茶、と小さな人間にそう呼ばれたから、抹茶はここにいる。
ある種の誓いのような、そういう抹茶にとって大切な部分を笑われているようで、気分が悪い。
が、どうやらヴィクトールは地位の高い人間らしい。人間にも動物と同じようにヒエラルキーがあることは、抹茶だって知っている。そのヒエラルキーを乱す存在は、群れで罰を受ける事も。
だから抹茶は、「おいこらクソッたれ」などと言葉がわからんふりで暴れることはできんのだ。抹茶がやったことの責任は、リヴィオの責任になっちゃうからね。相棒ってな、そういうもんだ。
抹茶の葛藤なんぞ知らんヴィクトールは、んふふふ、と笑った。
「悪い悪い。いや、個性的でユニークで良いんじゃないか」
「言い方変えても一緒ですよ」
「私は好きだ!」
「う、嘘くせぇ」
「本当なのになあ」
リヴィオは半眼だが、抹茶は、なら許してやるか、と静かに思った。
どうやら本当に、抹茶の名前を変だと言った事も、好きだと言った事も、本音らしいのだ。じゃあもう、しゃーないわな。感じ方は馬それぞれ人それぞれだし。変でも好きだというなら、許してやろう。
抹茶は寛容なお馬さんなのだ。
そんな感じで、ぱっから歩きつつ、人間たちの会話を聞き流す抹茶の目は、しばらくして大きな門を捉えた。
馬車も軽々出入りできそうな門の両側に立つ見張りの兵士が、こちらに気付き敬礼をする。
と、片方の男がソフィを見て、口をもにょもにょと動かし変な顔をしていた。
何の用だろう。ソフィになんか文句でもあるだろうか、と抹茶がリヴィオを見ると、リヴィオがすんごい顔で兵士を睨んでいた。目から真っ黒い炎が出ていそうな、禍々しくも鋭い眼光は、碌でもない事を考えている時の顔だ。ソフィに、何かちょっかいをかけた男なのかもしれない。
まあ、ソフィに変わった様子は見られないので、トラブルの類ではないんだろうけれど。
だが一応、逃げられる準備をしておいた方が良いのだろうか、と抹茶はいざという時のために心の準備なぞしてみる。逃走は反射とスピードが命だ。リヴィオの掛け声を聞き逃してはならん、と思ったわけであるが、いたって普通に門をくぐっってしまった。あれ?
あの兵士の顔は、リヴィオの視線は、一体なんだったんだろう、と抹茶が不思議に思ったその時、ヴィクトールが足を止めた。
もう城門の外だ。お別れなんだな、と抹茶はリヴィオが立ち止まるのに合わせて、足を止めた。
「最愛の弟の婚約者のために、最愛の友のために尽力してくれたこと、礼を言うよ」
ヴィクトールは、嘘のない笑顔で、ゆっくりとそう言った。
───正直、リヴィオがどう説明しようとも、抹茶はあんまり状況がわかっていない。人間同士で何が起きているのか、なんてことは藁1本分も興味のないからだ。
抹茶にとって大事なのは、リヴィオが走れと言ったその瞬間に走り出し、止まれと言うまで走り続ける事だ。行きたい場所さえ教えてもらえりゃ、あとはどうでもいい。
ただ主の意のままに走る事。それが抹茶のアイデンティティであり、誇りだ。
だから抹茶は、ヴィクトールが何について礼を言っているのかは興味がなかったが、リヴィオとソフィが褒められるのは嬉しかったので、こっそり、ふんすと笑った。
「有難う、二人とも」
「おやめください殿下! 結局、わたくし何もできておりませんから……」
「何を言う。十分君は頑張ってくれたさ。……有難う、ソフィ嬢」
「殿下……」
しかしこの人間、普通の音量でも喋れるのか。抹茶はちょっとだけ驚いた。
だったらずっとその音量で喋っててくれと言いたいが、馬の言葉は普通、人に伝わらない。
リヴィオは、抹茶の言いたい事がわかるみたいだけど、それは付き合いの長さあってのものだ。
そもそも抹茶だって、自分がリヴィオの言いたい事をすべて理解しているのか、自信はないんだ。答え合わせのしようがないからな。
今のところ、お互いに不都合はないから意思疎通ができていると抹茶は判断しているが、だからって「その人間にうるせえって言ってほしいんだけど」とお願いするわけにはいかない。
伝わっていようといまいと、多分アウトな台詞だ。
強いものには従え。自然界においても重要なお約束であるので仕方がない、と抹茶は首を振った。
それから。
二人は振り返りもせずに、さっさか街を歩き、気付けば街の外に出ていた。
そういえば待ち合わせしてるんだっけな。一体どんな馬と一緒なんだろう、と抹茶は少しだけわくわくした。
知らない馬との出会いは、楽しみだが緊張する。
共に走るならば、互いの癖を知っておいた方が良いが、仲良くお喋りできる馬だろうか。
ちょっぴり心配になっちゃう繊細な抹茶の不安は、金色の頭の人間と青い頭の人間の横で、草を食べている馬が顔を上げ、にかっ! と大きな歯を見せた瞬間に膨れ上がった。
「黒馬だ! 黒馬だ! 毛並みが綺麗! かっこいい! 兄さんって呼んで良いですか!」
「まったく、ようやく来たか。……言っておくが、べつに、主のために大人しくしていたわけじゃないからな。この草が美味いからだからな」
抹茶にはわかる。
この旅、多分、面倒臭いやつだ!
投稿ボタン押したつもりが押せていなかった…どころか保存できていなかった事故に意識が飛びそうでした。深夜の更新になってしまいすみません…!
仕事中も保存したつもりで閉じたら保存してなかった、ということがあってよく泣きます。
勢いだけで生きているんだなあ……





