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【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました  作者: えひと
第3章:花が咲いちゃったので新しい旅の始まりの鐘が鳴りました
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26.こわいはなし

10日連続更新企画:5日目です!







「僕の部屋で良いですか?」


 えっっっっ!

 こう見えても一応、淑女として育てられたソフィにとっちゃ、深夜の男性のお部屋、なんてのはタブーもタブー。おいそれと簡単に足を踏み入れられるような場所じゃないんだが、深夜に人様のお城をうろつくわけにもいかない。状況も状況だ。

 リヴィオだって、良家の騎士として育てられているんだから、その辺を考えた上での判断に違いない。

 わかってる。わかってるんだけど、勿論さ! と軽快に頷く短慮さも、勿論よダーリン、なんて恥じらいを見せる度胸もソフィにはない。

 びしし、と固まったソフィに、リヴィオはゆるく目を細めた。


「大丈夫。何もしませんよ」


 そう言って笑う顔が、妙に艶めかしく見えるのはソフィの心が汚れとるんだろうか。背景に紫色の薔薇が見える気がするんだけど、むしろ下心があるのはソフィの方なんだろうか。

 美形って怖い。

 今更な事を思いながら、ソフィはこっくりと頷いた。




「何か飲まれますか?」

「いえ、先ほどエレノアのお部屋でいただいたばかりですし……」


 そうですね、と頷いたリヴィオに促され、ソフィはソファに腰かける。ソフィの部屋と同じく、ふっかりと座り心地の良いソファは3人掛けくらいの大きさがある。

 だから、隣にリヴィオが座っても余裕はあるしおかしかないんだけども……。わざわざ隣に座るんだ。と緊張してしまうのは仕方がなかろう。

 ソフィは、こくりと唾を飲み込む。


 なんとなくリヴィオの顔を見る事が出来なくて、ソフィは正面の窓を見詰めた。1,2,5,8、と窓枠の数を数えてみるが、まともにカウントできない。仕事しろ浮かれ脳みそ君よ。


「……ソフィ」

「は、はい」


 切なげに名前を呼ばれて、ソフィは身体を固くした。


「!」


 右手に、体温。

 骨ばった指に自分の手が捕まえられる感触がして、びびび、と背筋に電気が走る。

 動くな! と急に本気になった脳みそ君が全身に号令を出した。


「……ソフィ」

「っは、は、い」


 もう一度名前を呼ばれ、さすがに視線を逸らし続けるわけにもいかなくて。

 ソフィは、そろそろと視線を動かす。


 ───自分の手を壊れ物のように扱うリヴィオの親指が、する、と爪先を撫でた。

 背中を走り抜けた正体の分からん衝撃に、ソフィが息を詰めてもリヴィオは手を放さない。それどころか、じ、と爪先を見詰めたままだ。爪が割れてないかな。ささくれはなかったかな。なんて。リヴィオの視線が張り付く自分の爪が気になって仕方ないソフィの事なんて、リヴィオはお構いなしだ。


 じ、と伏せられた長い睫毛の下で、ふたっつの瞳は瞬きすらしない。居たたまれないっていうか、どうしていいのかわからない。


 ソフィが思わず反対の手を握ると、はあ、とリヴィオがため息をついた。さわりと呼気が指を撫でるので、ソフィの肩がびくりと跳ねる。


「重いですか、僕」

「え?」


 重い。って。あれか。レイジニアンが言ってたやつ。

 ソフィは首を傾げた。


「気にしているの」

「うーん、人の評価はあんまり、気にしないんですけどね」


 でしょうね、とソフィは心の中で頷いた。

 自分がドラゴンの血を引いてると聞いても「まあ自分は自分だし」とあっけらかんとしていた男だ。初対面のレイジニアンに言われたことを、引きずるようには見えない。

 ならばなんだろう、とソフィは首を傾げて、そのまま、ぴしりと固まった。

 筋が伸びた首が攣りそうだったが、それどこじゃない。


 ぽすん、と肩に乗ったリヴィオの頭の重さが。柔らかい髪の感触が。なんか良い香りが。ソフィの思考を止めた。

 頭の中では、ガンガンガンガンと警鐘が鳴っている。緊急事態緊急事態! 強襲である!!!! 逃げろ! って、いや、どこに。


「っ」


 こし、とまるで子猫のように額を肩に擦るような動作をされて、思わず叫び出しそうになった声をソフィは飲み込んだ。ごきゅり。喉が鳴らなかった事を褒めてほしい。

 だって。

 こんなん。

 もう。

 可愛すぎじゃないか!!


 肩に頭が乗っかっただけでソフィはひっくり返りそうになっているのに、なんだ。子猫か。子犬か。小動物か? ソフィどころかほとんどの人類を見下ろすような体格をしているくせに、そのでっかい図体を丸めてソフィの肩に懐いてどういう了見だ。浮かれ脳みそ君を殺したいのか。ソフィが、ひいいいん、と漏れ出そうな声を歯を食いしばりながら耐える気持ちをわかっとんのか。

 肩をゆすって問い詰めたい気持ちを殺し、ソフィはリヴィオの名前を呼んだ。


「り、リヴィオ……?」


 きゅ、と右手を握る手に力を入れられ、ソフィは泣きそうだった。

 心臓がぎゅんぎゅん締め付けられる。苦しい。無理。


「誰に、何を言われても、どうでもいいんですけど」

「は、はい」


 人からどう見えるかばかりを気にしてしまうソフィとは、対極にいるリヴィオの美しさと強さが、ソフィは好きだ。今はほんとそれどころじゃないけど。駄目だ。お、落ち着け。

 ソフィには見えない景色を連れて来てくれるリヴィオが、しゅん、と丸まって零す言葉を聞き逃さないように、ソフィは耳を澄ませた。


「……ソフィに、重いって、煩わしく思われてたら、嫌だな、って」


 耳が破裂するかと思った。

 爆散よ爆散。ちりっぢりにぶっ飛んで拾い集めなけりゃならんかと。思うくらいの衝撃だった。

 可愛すぎる人を取り締まる法律ってないのかな。これじゃあソフィの脳みそどころか、心臓も持つか怪しい。おーい浮かれ脳みそ君、浮かれ心臓君の準備もしといてね。初代はいつ止められるかわかったもんじゃないからね!!! なんてね!!!!

 目から涙どころか血が噴き出しそうなくらい顔面に力を入れて、ソフィは言葉を絞り出した。


「……わたくし、そんなこと、思いませんわ」

「そうかな」


 体を起こしたリヴィオは眉を寄せ、つらそうな、苦しそうな顔でソフィを見詰めた。さっきまでの黒いオーラはどこへやったんだ、と思わず抱きしめたくなるくらいの可愛い顔に、ソフィは眉を下げる。


「どうしたの」

「……情けない話なんですけど」


 はい、とソフィが相槌を打つと、リヴィオは目を伏せた。

 宝石の1個や2個乗るんじゃないのかなって長い睫毛を、ソフィはドキドキしながら見詰める。


「ソフィが、ソフィーリア様が辛かった日々に手助けした人がいるって聞いて、ほっとする反面……羨ましくて、仕方がないんです。何もできなかった自分が、悔しくて」

「……リヴィオ……」


 ソフィは自分の半生をそこそこに不幸であったと最近認識したが、だからって誰かを恨んだりはしていない。あのクソッタレな人生があったからこそ、ソフィはリヴィオと旅をする今の時間を得る事ができたのだから。

 リヴィオは、ソフィーリアを救ってくれた。これ以上ないくらい。

 助けてと。

 ソフィーリア以外の人にとって当たり前の、ソフィーリアにとっては禁句だった一言を、口に出すことを許してくれた。本当に、助けてくれた。

 そのことを、ソフィは心の底から感謝しているのだ。


 なのに、なんて人だろう。

 胸がいっぱいで言葉に詰まったソフィを、リヴィオはそろ、と見上げた。

 それから、視線を彷徨わせて、もう一度、ソフィを窺うように見てくる。出た出た、リヴィオの上目遣い! これにめっぽう弱いソフィは、ぐに、とほっぺの内側を噛んだ。にやけていいところじゃない。


「ソフィを責めているわけじゃありません。子供だった自分が悔しいのと……シンプルに、その、嫉妬です」


 嫉妬!!!!!!

 ソフィは、ぱかー! っと目も口も開いて驚いた。

 どんなに美しい絵画も景色も、リヴィオが綺麗ですねと言おうもんなら、お前に言われたくねーわと鼻白むだろう美しさを顔面に乗っけといて。この世の全てをその美しさだけでどうにかできそうな顔面を乗っけといて。

 嫉妬!


「……僕だって、いつだってソフィに近づく人に嫉妬しています。あのバカボケクソ王子にどれだけ嫉妬していたか、ソフィは知らないんだ」

「っ!!!!!!」


 ハイ有罪! 有罪確定!! これはもう違法だろう。犯罪だろう。頬を染めてむす、と眉を寄せ唇を尖らせて「嫉妬する」とか拗ねる国宝級に美しくて可愛い生き物だぞ。野に放っていいわけがあるか。今すぐに、保護すべきだ。それが世の為人の為ではないのか。この美貌に惑わされる人類の、ああ、なんと無力な事よ。神はなんと罪深いものをおつくりになったのか。え、いやまあソフィは神様に祈ったり懺悔したりってのは好きじゃないが。でもリヴィオの存在は神に抗議するべきだ。有難う神様!!!!!


「わ、わたくし、その、えっと、ルーベニス様のことは、なんとも、思って、いないわ」

「……知ってます」


 知ってるんだー。そうかそうかー。思わず頭をぐしゃぐしゃに撫でたいこの欲求はなんなのだろう。ソフィはだらしなくにやけちゃいそうな、頬の内側を噛んだ。痛い。よし正気だ。


「でも、僕がソフィに近づきたくてできなかったときに、触れた奴がいるなんて……悔しいです」


 僕が、とリヴィオは、ソフィの右手を持ち上げた。


「僕が、絶対、誰よりソフィが好きなのに」


 リヴィオの瞳は、一度もソフィを見ていない。長い睫毛の下で、熱心にソフィの指を見詰める、二つの宝玉。


 あ、とソフィが思う間もなかった。


 馬鹿みたいにソフィがそのばっさばさの睫毛を見ている間に、手が持ち上げられて、そんで、指先に、柔らかい、感触。


「っっっっ!!!!!!!」


 思わず手を引きそうになった途端、ぎゅ、と手を握る力が強くなる。

 ちら、とこちらを見上げてくるブルーベリー色の瞳にこもるのは、多分、不満の色。

 違うんだ。嫌ってわけじゃあない。そんなのは当たり前だ。

 だって、リヴィオだぞ?

 ルーベニスやレイジニアンの時のように、ただ驚いたで済むはずがない。だって、リヴィオだぞ??

 心臓がぶっこわれるんじゃないかってくらい、ドキドキと血液が全身を駆け巡って、浮かれ脳みそ君が頭から飛び出していきそう。

 リヴィオはそれをまるでわかっちゃいない。


「り、」


 だから、ソフィの人差し指に、歯を立てる、なんて、できる。


 ソフィは、かり、と小さな痛みとも言えない痛みに、血が沸騰して、ちろりと見える赤い舌に息を吸って良いのか吐いて良いのかわからなくる。



「二度と、僕以外に触らせないで」




 切実な瞳に、高速で頷く他何ができただろう。

 満足げなリヴィオに、酸欠気味のソフィはいっそ憎しみを覚えた。

 嫉妬って怖いものですね。







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表紙絵
書籍2巻発売中です!
たくさんの応援有難うございます!

巻末と電子限定の書きおろしは、
両方を読んでいただくとより楽しめる仕様にしてみました。
ぜひお手に取っていただけましたら嬉しいです。
よろしくお願い致します!

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― 新着の感想 ―
[良い点] うわあああああぁぁあ ₍₍ ᕕ(´ω`)ᕗ⁾⁾ああああああああぁあああ ₍₍ ᕕ(´ω`)ᕗ⁾⁾ああああああああぁ!!!!!! [一言] 心臓がばくばくしてます。
[一言] 浮かれ脳みそくんの仕事ぶりを褒めるべきなのか、リヴィオの嫉妬心の強さに驚くべきなのか、なんとも判断つきません(笑)
[一言] みゃーーー!!! 他人に迷惑を掛けない2次元のバカップルの尊さよ…
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