25.つまりはそういうこと
10日連続更新企画:4日目です!
優しい感想やメッセージ有難うございます……!!!!
「凄いな。エラの髪、金色だ」
「エーリッヒは紺色、よりもう少し薄いですかね。瞳の色と合っていて、とても綺麗です」
「本当?」
ふふ、と笑うエーリッヒはエレノアの髪に手を伸ばした。緩く波打つ金色の髪を一房手に取り、楽しそうに眺める。
「君も、金色の髪もとても似合うよ」
「……有難う、ございます」
う、うわあ。
ソフィは声に出さず、心の中で呟いた。思わず両手で口を押さえちゃう。
にこ、と笑うエーリッヒに、エレノアの頬がうっすらと赤く染まる様子はとってもお可愛らしくて、大変に素敵なんだけれども。エーリッヒ国王陛下のさらっとしたあの仕草。あの顔。え? 12歳? 12歳だよね?
そりゃあ国王になるような子供だもの。そのへんのお子様とはわけが違うのはソフィだってわかっとるが、そのへんの貴族男性なんか目じゃないほどにスマートな12歳はなんか怖かった。大人になったらどうなるんだろう。末恐ろしいってやつだ。
「ソフィ嬢、リヴィオ」
「はい!」
「はい」
なかなかに無礼なことを考えていたソフィは、エーリッヒに呼ばれて背筋を伸ばした。
後ろからリヴィオの返事が重なる。
「それじゃあ、後は先ほど話した通り、君たちは明日の朝、普通通り出発してくれ。俺たちは今夜のうちに抜け出すから」
「わかりました。お気を付けて」
「大丈夫だよ。エラもいるし、今夜はアドルファスも一緒だし」
「俺は家に帰りたい」
「おまえ、さっきは納得してたじゃないか……」
「それはそれだ。妻と子供に会えない苦痛が陛下はおわかりでない」
「悪かったね」
実は、夕食の後から、ソフィたちはエレノアの部屋に集まっている。
表向きは、ソフィがエレノアの解呪に挑んでいる、ということにして、作戦会議である。
なにせ、エレノアはまだ床に伏している設定で、エーリッヒも間もなく病にかかる予定なのだ。仲良く四人でしゅっぱーつ、なんてできるわきゃない。こっそり出発する手はずを整えたり、旅の工程を確認したり、ああだこうだと話し合っていたわけである。
一番時間がかったのは、どのルートで行くのが一番早くて安全か……ではなかった。エレノアがこの国に来た時に使った道を辿れば良い、という結論にあっという間に至ったので、そこは一瞬で決まった。
そうじゃなくて、お外で「エレノア」「エーリッヒ」と呼び合うわけにはいかんし、ソフィとリヴィオという、これまたなんか事情がありそうな二人がセットになったので、「秘密を抱えたやんごとなき一団」って感じが強すぎるのだ。これを薄めるためには、この奇妙な四人が旅をする目的と理由がいる。
最初に口をを開いたのはエレノアだった。
「私とソフィは貴族の兄妹ということにしよう。私が兄、ソフィは妹だ」
「待て。エラ、男のふりをするつもり?」
ぴく、と眉を上げたエーリッヒにエレノアは小さく笑った。
「ふり、というほどのものでもないよ。私は女だと気付かれることの方が少ないし、いつも通りだ。むしろ、このなりで女だという方が、エレノアだと気付かれる危険がある」
「……でも、君は女性だろう」
「私をそうして扱うのは君や、この国のみんなくらいなんだよ」
む、と眉を寄せるエーリッヒの顔には「不服」と大きな字で書かれている。エレノアは何でもないように続けた。
「それにね、女性の旅には危険もある。女が二人もいるより、男ばかりの旅の方がいらぬトラブルもないんだよ。だから兄妹ってことにすれば、宿でソフィと同じ部屋をとっても不審に思われることはないし。ソフィ、構わないかな」
「え、ええ。わたくしは妹にしていただけるなんて光栄ですが……」
ソフィーリアにも一人、一応、妹がいた。
いつも大きな目をキラキラさせて、たくさんの人の中心にいた、とても愛らしい容姿をした妹だ。
ソフィーリアのことは決して良いようには思っていなかったようで、二人で話をしたことは殆どなかったが。ソフィーリアも「お姉さま」と空虚な響きで呼ばれるのはそんなに好きでは無かったので、特に気にしたこたないけれど。
あの家では、ソフィーリアが異物だった。父と母と妹、三人で綺麗に完結した絵の中に、ソフィーリアはぼとりと落ちた黒い絵の具のような存在だったのだ。
家族、なんて。
良い思い出もイメージもない。でも、エレノアの妹、という響きはなんか良い。素敵だ。むふ、とちょっとにやついちゃう。
が。
ソフィはちらりと、エーリッヒを窺った。
ぎゅう、と寄せられた眉間の皺よ!
美しい顔の真ん中で主張する「不満」を体現するかのような渓谷に、ソフィの言葉は消えゆき、エレノアは眉を下げた。
「エーリッヒ……」
「エラ。俺はね、武人である君を格好良いと思っているし、君の生き方を否定するつもりなんかない。でも、俺の婚約者なんだって自覚をもっと持ってほしいんだよ」
「すまない」
ふ、と小さく笑うエレノアは、エーリッヒの言葉を否定も肯定もしない。
すまない、と小さな言葉に込められた感情がよく見えないのは、ソフィだけではないらしい。エーリッヒは眼を小さく見開き、ふう、とため息を零した。
「たまに、君が目の前にいない気分になる」
「いるよ、ここに」
「……そうだね」
どうしてだろう。
どうしてだろう、とソフィはテーブルに隠れて手を握った。
エーリッヒの言う通りなのだ。
エレノアは「女らしくない」と自分を簡単に外側に置いて、エーリッヒの言葉がその外側まで、届いていないように見えるときがある。
ソフィがエレノアとエーリッヒとこうして話すようになって、まだわずかなのに、どうして「いるよ」といった言葉に「今はまだ」と。不穏な言葉が隠れているような気分になるんだろう。
「あの」
室内に漂う、重苦しい空気を蹴散らしたのは、リヴィオの明るい声だった。
「お二人の気持ちはどちらもわかりますが、僕としては、男のフリをした方が旅のリスクが少ない、という意見は賛成です。まあそれは僕の意見なので、エレノア様は頑張って陛下を説得してください」
「味方はしてくれないのか」
「言ったでしょう。陛下の気持ちもわかりますから。隣にいる人に自分を大切にしてほしい、と思うのは当然ですよ」
ね、とソフィを見て笑うリヴィオの、その、かわいさと言ったら……言ったら……!!!!
しかも、いつ気付いたんだろうなあ。ソフィの手をそっと握ってくれる完璧さである。は? もうほんとそういうとこ。そういうとこ全部が、ソフィの心を掴まえて握りつぶして窒息させにくるんだ。こーの絞殺犯め!!! 暴れくるう浮かれ脳みそ君をどうにか鎮めようと頑張ったけど、結局ソフィはこくこくと必死で頷くばかりであった。無力なり。
「……わかった」
はあ、とため息をついたのはエーリッヒだった。
おや、とリヴィオが瞬くと、エーリッヒは落ちてきた前髪をかき上げた。
「これ以上言うと、俺が駄々を捏ねているみたいだもんなあ。リスクは低いにこしたことはないんだ。いいよ、エラの好きにおし」
12歳という年齢を考えれば、いくらだって駄々を捏ねて良いはずだし、「駄々を捏ねる」という内容でもない。自分の為ではなくエレノアのためを思っての事なのだから。
子どもらしくない12歳の王様に、エレノアはふわりと微笑んだ。
「有難う、エーリッヒ」
「俺の台詞だよ」
困ったように笑ったエーリッヒは、「しかし、そうか駄々か」と顎を撫でた。小さな指の子どもらしくない仕草にソフィが首を傾げると、「それでいこう」とエーリッヒは笑う。
二ッ、と悪戯を企む子どものような、年相応の笑顔は愛らしい。見ているこちらを混乱させるようなエーリッヒは、ゆったりと腕を組んだ。
「俺は我儘な貴族の子供だ。ルディア国のフルーツが食べたいと駄々を捏ねて、それに振り回される騎士がリヴィオだ」
「あ、いいですね。我儘貴族と陛下って対極な感じがして。僕、我儘クソ野郎大嫌いです」
にこ、と笑うリヴィオの笑顔は清々しい。なのに、なんか、含みがあるような。
「……言葉にトゲがないか?」
「……さあ」
こっそりエレノアに問われ、ソフィは笑うしかなかった。多分、気のせいだよ。多分。
遠い目をするしかないソフィをおいて、エーリッヒはにっこにこだ。わあ、眩しい。
「エラとソフィ嬢は、それに付き合わされた従兄とその妹だ。幼い子供だけで旅に出すわけにはいかないだろ?」
「幼い子供!」
あはは、と笑うエレノアにエーリッヒはひょいと片方の眉を上げた。
「幼くて愛らしい子供だけで旅をするのは危険だろ?」
「君に一番似合わない言葉だな!」
気付けば、お腹を抱えて笑うエレノアと、それを楽しそうに見えるエーリッヒの間には、重苦しいものはすっかりなくなっている。
ほわほわと温かい二人の空気に、ソフィがちらりとリヴィオを見ると、目が合った。
不思議そうに首を傾げるリヴィオに、ソフィは背伸びする。
ちなみにリヴィオが座ると、ソフィとの身長差がいつもより少なくなる。え? なぜって? 決まってる。リヴィオさんのお足が長いからだ。初めて気が付いた時、ソフィは愕然とした。知っちゃいたが世の中不公平だ。
ま、それでも身長差はやっぱりあるので、ソフィが背伸びして身体を近寄ると、リヴィオが腰を折ってくれる。
ふいに近づいた形の良い耳に、すっと通った鼻筋に、長い睫毛に、浮かれ脳みそ君がどっきんこと飛び跳ねた。
ちっっっか。
そうか。
ソフィは、ギシリと固まった。
そうか、さっきわたくしはここに口づけたのね。
そんで、この首筋にも、ソフィは口づけたのである。
舞い上がりすぎじゃねーのって自分を唐突に思い出したソフィは、聞いた事のない言葉を叫びだしそうな口をぐっと噛みしめ、小さく息を吸った。
「有難う」
それで、小声で小さく言うと、リヴィオはパチパチと瞬きをした。
うーわ。小さな宝石がころんころんと転げ落ちてくるんじゃないかなってくらい、長い睫毛が瞬きする横顔が綺麗。
「何が?」
そんで、きょとん、としてソフィを見上げる顔の無自覚可愛さ! だーから上目遣いはやめてって言って、ない。言ってないけども! 本心ではやめてほしくないけども!
ムキー! とまたしても変な事を口走りそうになって、ソフィは「なんでもないの」と微笑んだ。
にっこり。
ぽ、と赤くなるリヴィオの可愛さがいっそ腹立たしいソフィである。もっかいちゅーしたろかな。って半分嘘だ。
そんなわけで、ソフィとリヴィオは二人に頭を下げ部屋を退室した。
次に会うときは、ソフィはエレノア……ではなくアレンの妹で、エーリッヒは従弟のリックだ。
二人に敬語を使っていても違和感はないし、一緒に旅をするような仲良し親族なら、ソフィとリヴィオが親しくとも不自然さがない。
あまり気負わずとも芝居が出来そうだ、とほっとしたソフィはだから、ちょっとだけ油断していた。
「ソフィ」
にっこりと、綺麗ではあるが可愛さは忘れ去った笑みに名前を呼ばれるまで、その黒いオーラを忘れる程度には。
「少し、話しませんか?」
「あ、えっと」
「主。我は先に部屋に行くぞ」
ひょい、とソフィの腕から降りたアズウェロは、ポン、と白い猫の姿になると、ゆらりと尻尾を揺らした。夕食の後、与えられた客間に案内されているので、ソフィもアズウェロも場所を知っている。
「眠たいのだ」
「あ、はい」
だから、くあ、と欠伸をする姿を引き止められず見送るソフィに、リヴィオは相変わらずにっこり微笑んだ。
「行きましょうか」
有無を言わさぬ笑み、とはこのことである。





