24.同属嫌悪って知ってます?
10日連続更新企画:2日目です!
「え」
ソフィがぱちんぱちんと瞬きすると、レイジニアンは猫のように目をキラキラさせた。わあ、綺麗。じゃないわ。
「あ、あの方がルーベニス様なんですか?!」
「様って呼ぶほど立派な人間かどうかはさておいて。私の知る限り、頭のてっぺんからつま先まで真っ赤で、自分の事『俺様』とか言っちゃう痛い奴は、あの魔女だけね」
た、たしかに。ソフィだって、あんな、けったいな大人に出会ったのはあれが最初で最後だ。いつでもあの出で立ちと立ち居振る舞いってもう歩く名刺じゃん。誰でも見つけられる。
「ルーベニスっていえば、自由奔放で変人揃いの魔女の中でも、並外れた自由人で並外れた変人で、並外れた実力の持ち主よ。弟子はいないって聞いてるけど、いたのね! ここに!!」
「ま、待ってください」
変人って自分で言っちゃうのかーい、なんてツッコんどる場合ではない。ソフィはぷるぷると首を振った。
「わたくしは、魔力が視えるようになるきっかけをもらっただけで、指導していただいたわけではないのです!」
「あのね、雲のように掴みどころがなく、雲を赤く染め上げるほどの実力者。それが赤雲の魔女ルーベニスって魔女なの。大魔女と言ってもいいくらいね。あの男の名前を聞いて逃げ出す魔女がどれほどいることか」
「に、逃げ出すんですか」
「絡まれたくないからね」
どんな魔女だ。
いや、どんな男だ。
猛獣か? チンピラか? 一体、何をしでかしてきたのか気になるような、ならんような。なぜだろうか。すこっしも良い想像ができないソフィは、再び首を振った。んーな大魔女様の弟子だなんて冗談じゃな、じゃなかった恐れ多いよね! オホホホ。
「そ、そんな方の弟子を勝手に名乗るわけには……!」
「そんな奴が自ら魔女の卵を産みだしたって事が、ちょっとした事件なのよ。ソフィちゃんが弟子じゃなきゃ、誰が弟子なのよ」
誰が弟子も何も、「弟子はいない」と言ったのはレイジニアンである。ご自身の発言に自信を持っていただきたいのだが、レイジニアンは違う方向へ自信を持ってばびゅんと爆走した。
「しかも、あいつの本で防御魔法が使えるようになったんでしょう? 弟子じゃん!」
じゃん! じゃないんだわ。「君を弟子にしよう」と当人に言われるのと、他者に「君はあいつの弟子だ」と言われるのじゃあ、大きな違いがある。だって、師匠本人が弟子を知らんのだぞ。んなおかしな話があってたまるか。
誰それが弟子らしいね、って話がお師匠様の耳に入ればお前、師匠本人が一番びっくりするじゃないか。「え? 誰それ?」とか、言われてみろ。ソフィは恥ずかしさで二度と魔法を使えないし表を歩けない。ソフィとリヴィオの楽しい旅に終了の鐘が鳴っちまう。
冗談じゃない。ソフィは駆け抜けるレイジニアンの背中に必死で縋りついた。
「でもその後に他の魔法が使えるようになったのは、ルナティエッタ様とアズウェロのおかげなんです!」
「ルナティエッタ様とアズウェロ?」
ぴた、と止まったレイジニアンの背に、ソフィはほっと溜息をついた。
「はい。つたない防御魔法しか使えなかったわたくしを導いてくださったのはルナティエッタ様で、エレノア様の呪いに向き合った際も、ルナティエッタ様がくださった杖と、アズウェロの力がなければ何もできませんでした」
ふうん? とレイジニアンは瞬きし、後ろを振り返る。こちらを見ている青い目の熊さんは、くわりと欠伸をした。超他人事である。
「……あの熊さん……え、あれ? あの魔力って……神の眷属でも精霊でもなく、神?」
「いかにも」
「へえ」
ふん、と鼻を鳴らしたアズウェロを、レイジニアンは、ジロジロとじっくりと、そのもこもこの身体を眺めた後。ソフィに向き直った。
「ちょっと解剖してみていい?」
「いいわけあるか!」
「駄目です!!!」
ちょっとって解剖ってなんだ。解剖に「ちょっと」とか「いっぱい」があるのか。どこまで切るかの割合なのか? え? 切るの? 神様を? 怖い怖い怖い!
恐ろしすぎる発言にブルブルとソフィが首を振ると、レイジニアンはきゃらきゃらと笑い声を上げた。
「やーだ、冗談だよ冗談! ちょっと生態が気になっただけだって」
「嘘を言え! ぬし、声が本気であったぞ! おまえら魔女は昔から、神を神と思うておらんのだ! これだから魔女は好かぬ!!」
そういえば、ルネッタとアズウェロのはじめましてでも、アズウェロはそんなことを言っていたな、とソフィは瞬く。ただたんに「こいつとは合わねぇな~」と思っていたわけではなくって、魔女と良い思い出がないのかもしれない。
たかだか十数年生きただけのソフィにだって、できりゃ会いたくない人はいるわけだから、多分かなりの長生きでいらっしゃるアズウェロ様に思い出したくもない魔女の存在があったって。ま、おかしくはないわな。
いつか自分もそんな風にアズウェロに置いて行かれる過去になるのかしら、なんてセンチメンタルをソフィはそっと心の中で投げ捨てた。
だってそんな雰囲気じゃないし。マジで。
「神ってほんと失礼だよね。魔女ほど自然と理を愛する生き物はいないのに」
「そういうとこぞ! ぬしらからは、自然と理を産む神への尊敬が感じられんのだ! 我らもその一部程度にしか思うておらんだろうが!」
「えー、目に見えて普通に存在しているものを崇めろってのは、難しいでしょ。簡単に理の外側に行きやがるからムカつくし」
「最後の一言が本音だろう! 理に外も内もあるか! 我らが理なのだ!」
「ハイデタ神様の驕り~」
プークスクス、とどっから出とんのかわからん笑い声を上げるレイジニアンに、アズウェロがぶわりと毛を逆立てる。真っ白な毛玉みたいな小熊ちゃんは可愛いが、立ち上る魔力がえげつない。
このままじゃエレノアの部屋どころか城を破壊しそうで、慌てたソフィはその丸い身体を抱き上げた。
「アズウェロ!」
「母上!!」
と、向こうも身内がレイジニアンの身体を押さえている。
見ればレイジニアンは両手を掲げて、濃い魔力を練っているのであちらも傍観してはいられなかったのだろう。そりゃそうだ。自分の母親が王の婚約者の寝室を破壊した、なんてのは醜聞を通り越して恥部だ。恥ずかしくて、それこそ表を歩けやしない。真っ裸で往来を歩けるか? 歩けんだろ? 真っ裸で国王補佐です。キリッとかできるか? できるわけないだろ? そういうことだ。
「母上! いい加減になさってください! ソフィ嬢は通り名がなくとも魔女。アズウェロ殿は強い魔力を持つ神。それがわかれば十分でしょう!」
レイジニアンは、自分を羽交い絞めにするアドルファスの言葉に、「むう」といかにも不満げな顔をした。
二人の言葉が本当であるなら、敬われて当然だと思っている神様と、神の生態にしか興味のない魔女が、仲良くなれるわけがない。特別な思い出のあるなしに関わらず、ただただ単純に相容れないだけなのかも、とソフィは認識を改めた。混ぜるな危険、一緒にするな危険、である。
ソフィは、「今後、魔女に出会うときはアズウェロとの距離感に気を付けよう」と一人固く誓った。具体的な案は無いが、喧嘩を放置してはいけないことだけはわかったので、次回は反省を生かしたい。ぼけっとしているうちに国一つ滅びでもしたら、死んでも死にきれない。大丈夫、ソフィーリアは反省と改善を積み重ねてつくりあげたのだから。
ちなみに。
余談であるが、ソフィはアズウェロに会うまで神に祈ったことなんざないし、そもそも存在を信じちゃおらんかったので「神を敬う」とか、まあ、正直ピンときちゃいねーけども。それも生涯口にしてはいけない、と固く誓った。
「わかった。わかったわよ。いくら神がいけすかない連中だからって、言いすぎたわね。悪いと思ってるよ」
「……フン。我も、いくら魔女が阿呆な連中ばかりであっても、言葉を理解できるのだと忘れてすまんな」
「…………」
「…………」
いや、全っ然、謝る気ないだろ。すこっしも譲る気ないだろ。
謝罪する気がある奴は悪口を混ぜたりしない。あと「悪いと思ってる」は謝罪じゃないんだなあ。まあそりゃあね。握手して微笑み合えとも、ハグしてチークキスしろとも言わんが、
「なんですってえ!」
「なんだと魔女め!!」
「母上!」
「アズウェロ!」
子どもみたいに怒鳴り合わなくっても良いだろうに。ね。
はあ。
思わずソフィがため息をつくと、ため息が重なった。
ソフィが、あらと顔を上げると、遠い目をしたアドルファスがレイジニアンから手を離すところだった。疲れ切った顔には初対面の面影があまりに薄い。ど、どんまい……。
妙な徒労感にソフィが項垂れると、「確認したいんだけど」とハスキーな声が言った。
窓を開けた瞬間に入り込む新鮮な空気のように、さらりとした声に視線を向けると、予想通りエーリッヒが首を傾げている。
「ソフィ嬢が魔女であるか否かをハッキリさせたかったのは、魔女のアイデンティティに関わるからなの?」
問われたレイジニアンは、「いいえ」と肩をすくめた。
「エレノア様のお身体には未だ呪いがあり、その呪いを封じているのはソフィさんの魔力です。エレノア様の御身体に負担をかけないためにも、ソフィさんに魔法をかけてもらう方が良いと思ったのですが……先ほど申し上げましたように、魔女と魔導士は魔法の使い方が違いますから。魔女同士の方が効率が良いと思ったのです」
「なるほど」
いやいやいや。エーリッヒは納得したように頷いているが、寝耳に冷水を勢いよく注がれたソフィはびっくりどころの騒ぎではない。よちよち歩きの魔法初心者に何を、と思ったソフィの頭の中でルネッタがきょとんとしている。
『ソフィはもう初心者のレベルを超えていますよ。中級者以上、上級者未満、でしょうか』
いやいやいやいや。
一人で首を振るソフィに気付きもせず、レイジニアンは続けた。
「同様の理由から、あまり強力な魔法をかけるわけにもいきませんから、途中で魔法をかけ直す必要があるかもしれません。いずれにしろ、ソフィさんに魔法を覚えていただいた方が良いと思います」
それは、うん。そうだ。その通りだ。理屈はわかる。わかるが、初めての魔法を人様にかけるってのは、なかなか勇気がいる。しかも国王陛下だぞ。その婚約者だぞ。しかもまだたった二回しか体験していないし成功していないんだぞ。
なのに、はいわかりました、と簡単に言えるはずもない。
無茶ブリをする自由なところは、魔女も神も変わらないのでは、とソフィは溜息をつきたくなって、ぐっと堪えた。うぐぐぐ。
「ソフィさん」
ばちん、と目が合ったレイジニアンの目が、きゅうと猫のように細められる。とんでもなくチャーミングな魔女様から視線を外したいのに、外せない。美形はどいつもこいつも吸引力がすごい。
隣で無言のリヴィオもなんだか怖いし、なんだこの四面楚歌感。え、ていうかリヴィオはなんで無言なんだろう。
逃げ出したいような胸のアズウェロを抱きつぶしてしまいたいような気持ちで、ソフィが「はい」と返事をすると、レイジニアンはととと、とソフィに駆け寄った。
そして、ソフィの両手を持ち上げる。
「とりあえずチューしていいかしら?」
「は?」
脳みそ君が痺れ倒すような重低音を聞きながら、ソフィは思った。
今なんて?
昨日はお昼休みに更新できたのですが、今日はお昼休みがとれなかったので遅れてしまいました…。
明日はもう少し早めに更新したいと思います!明日もよろしくお願い致します!





