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【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました  作者: えひと
第3章:花が咲いちゃったので新しい旅の始まりの鐘が鳴りました
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19.転調

「ツキが回ってきたな」


 ランゴは、にやりと笑い、ワインの入った瓶に口を付けた。

 さして美味くもない安いワインを飲むのも、きっと今日が最後。そう思うと、なんだか惜しくなる……なんてこたない。お貴族様が飲むワインはどんなだろうかと、ランゴの胸はときめくばかりだ。わくわくどっきどき。


 ランゴは悪党だ。

 貧乏な家が嫌で逃げ出したのに、結局いつもカツカツの生活を送っている、金にとんと縁の無い悪党だ。


 何をしても上手くいかず、金は出て行くばかり。ちっともランゴの手に残りゃしない。

 カミサマってやつぁ、不幸な人間が本当にお嫌いなんだなくそくらえ。そんな風に天に唾吐いて生きてきたランゴは最近、人身売買なる悪事が気に入っている。

 ふらふらと森を歩く子供を攫っては「顧客」に渡すだけで金が手に入るのだ。なんとも楽な仕事であったが、「質が悪い」と最近は金払いが悪いのが難点だった。


 なーにが質、だ。とランゴはそろそろこの仕事から足を洗う事を考えていた。

 貴族や金持ちの子供に手を出せば、面倒になる。それに、街中で誘拐だなんて派手な真似はしたくない。

 必然的に、キノコや山菜を取りに森に入る子供を狙うしかなく、それは顧客の言うところの「質が悪い」に繋がるわけだ。まったく、やってらんねえわって話である。

 こちとらリスクを背負ってお仕事に励んでいるのに、ちっともこちらの事情を考慮しない。これだから金持ちってのは気に食わないんだ。

 ブクブクと太った醜い身体で好き勝手言う「お客様」を思い浮かべ、ふん、とランゴは鼻を鳴らした。

 

 だがま、そんなおデブ様にへこへこと頭を下げるのも、もう終わりだろう。



 この日、ランゴはいつものように手下を引き連れ森を歩いていた。目を皿のようにして。

 なんでって、子供が見つからないのだ。

 ただでさえ、おデブ様は金払いが悪いというのに、最近はなかなか森を歩く子供がいない。「森に行った子供が帰ってこない」と噂になっているらしい。手下に渡す金も徐々に金額が減り、森を歩く手下たちもイライラしている。

 潮時だろうか、街を出ることをランゴが考えていた時だ。


「頭!」


 手下がランゴを呼んだ。

 見れば、一人の子供が薬草を摘んでいる。十歳くらいだろうか。一応は警戒しているのか、周囲を気にしながら、籠に薬草を入れていく。

 神はどうやら、ランゴのように真面目な人間に慈悲を恵んでくれるらしい。

 これでとりあえずの路銀が手に入りそうだ、とランゴは口の端を吊り上げた。


「おい」

「へい」


 同じように、にやりと笑った手下が駈け出し、子供を担ぎ上げた。


「きゃあ!」


 途端に子供は、火が付いたように泣き叫び始めた。じたばたと暴れるので、手下のうちの一人が刃物をちらつかせる。


「お嬢ちゃーん、森にはこわーいモンスターがいるって教わらなかったのかなあー?」


 ひ、と小さな悲鳴を零す丸い頬を、ぺち、と手下は刃物で撫でた。


「ほうら、暴れてごらん。お顔がずたずたになるねぇ」


 手下は、久しぶりの商品に浮ついているようだった。ぎひひ、と汚い笑い声を上げながら、ナイフで子供の頬をぺちぺちと叩く。


「一人で森に入っちゃいけないって言われなかったかい?」

「だ、だって、お、おかあさんが、病気で、」


 泣きながら話す子供に、手下は「そうか」と笑った。


「じゃあ、お母さんと約束をやぶった罰だよ。いいかい? 声を上げちゃいけない。暴れてもいけない。悪いのは、約束を破ったお嬢ちゃんなんだから」

「おいおい! ひでぇ奴だなあ!」


 げらげら、と手下たちが笑い声をあげ、子供は唇を噛んで涙を落した。

 子供が大人しくなったのを見て、ランゴは手下にナイフをしまうように言う。

 大事な商品に傷を付けてはいけない。

 日に焼け、そばかすの浮いたこの子供は大した値段にならないだろう。その値打ちを下げるようなことをしたくないランゴの意図をわかっている手下は、素直にナイフをホルダーに戻した。


「縄を結べ」

「へい」


 少しでも値切られないようにしなくては、とランゴがため息をついた時だ。


「何をしているんですか!」


 少年期特有の、少し掠れた声が響いた。


 手下が担いでいる少女よりは、年が上だろう。十二、三歳の、


 え、天使様?

 いやいや、んなわけあるかい。男? 男で良いんだよな、とランゴは混乱していた。

 少年の隣で、艶やかな黒髪に、真っ白の肌。印象的な、紫色の宝石のような瞳。一度目にしてしまえば、二度と目を逸らせないような。そんな、この世のものと思えない綺麗な顔が、ランゴを見ている。

 少女のようだ、とは言えないのは、その顔がくっついた身体がデカイから。

 背が高く、手足が長い。でっかいお人形さんだ……と思わず呟きそうになって、ランゴは口を引き結んだ。


「リック様、いけません」


 眉を下げて少年の腕を引く声は弱弱しい。その綺麗な顔の通り、軟弱な男なのだろう。

 ランゴは、ちらりと手下を見る。

 手下は、ぱか、と口を開けて男を眺めていた。

 見とれとる場合か! 自分の事を棚に上げランゴは、ばこん、と手下の頭を殴り、「捕まえろ」と命令をした。いつもの商品と比べると年嵩だが、この美貌だ。質が良い、どころの騒ぎじゃないだろう。だって美しさがもうなんか人間のそれじゃないもん。わっしょい、とランゴは万歳したいのを、ぐっと堪えた。


「な、何をするんですか!」


 手下が二人、慌てて男の腕を両側から掴んだ。

 男はもがくが、儚い見た目そのままに、矢張り力が弱いらしい。腕を振り払えない。よしよし、とランゴは、眉を寄せる男と、両側の手下を眺め…………。胸によぎる、手下への一抹の哀れみを見なかったことにして、ランゴは少年を見下ろした。


「大人しく隠れてりゃ良かったのになあ」

「っ」


 気丈にも、少年はランゴを睨みつけるように見上げてくる。これくらいの子供は皆、怯え、泣き叫び、なんとか逃げようとするものだけれど。肝が据わっていると言うか、気位が高いというか。

 もしやこれは当たりでは? とランゴは、少年の群青色の長い前髪をかき上げた。え、すっごいサラッサラなんだけど。


「リック様に触るな!」

「おっと兄ちゃん動くなよ。手元が狂っちまう」

「っ」


 ナイフでそっと白い頬を撫でる手下に、男は悔しそうに唇を噛んだ。なんと色っぽい男だろう、とランゴはちょっと驚いた。いかんいかん、そっちの趣味は無い、と視線を少年に戻して。

 ランゴはまた驚いた。


 えっっっ妖精?

 透き通るような薄いブルーの瞳に、ばっさばさの睫毛。すっと通った鼻筋に、薄く色づく小さな唇。どえらい美少年だった。

 少年? 少年でいんだろうか、と首を傾げたくなって、いやどっちでも良いか、とランゴは前髪から手を離した。

 絹のような手触りの髪は一生触っていられそうで、なんかやっばい扉を開きそうになったランゴであったが、これは商品これは商品、とその小さな体を担ぎ上げた。


「っ離せ!」

「リック様っ!」

「おい、お互いが大事なら暴れるなよ」

「っ」


 貴族とその従者、だろうか。悔しそうに動きを止める両者に、ランゴは笑みが止まらない。


「縄を」

「へっへい!」


 ぽかん、としていた手下たちが、慌てて少年と男に縄をかける。三人の手にかけた縄を結び、それを体の大きな手下がまとめて掴む。えぐえぐと泣き止まない少女に、少年は近寄り、気遣わし気に何かを囁いた。

 年上の子供が年下をそうして気遣う様子は、珍しくはない。

 自分の身がどうなるかすらわからないのに、他者を気遣うなどと。ど底辺を生きてきたランゴにゃわからんが、子供だからこそ、「きっと大丈夫」と根拠ない自信を持っていられるのかもしれない。

 まっさらで、綺麗なその心が、未来を信じて疑わない無垢さが、ランゴは吐きそうなほど嫌いだった。



 

「あれは、高く売れるに違いねぇ」


 ワインを煽り、ランゴはにやにやと笑った。

 ちょっと、いやかなりびっくりするくらい、少年と男は綺麗な顔をしていた。おまけに育ちも良さそうだ。あの気位の高さは鼻につくが、つまりはそれなりの立場で、それなりの教育を受けてきたってことだものな。お客様も大喜びの商品に違いない。

 なんてったって、手下たちが数人、道を誤りかけたほどだ。「なんか……俺、ドキドキします……」ってお前帰って来い、と互いを殴り合う手下たちを、ランゴは遠い目で眺めるしかなかった。

 なんでもいいが、商品に傷をつける事はするなよ、と念押しだけはしておく。


「ビタ一文まけてやるか」



 ひひ、と笑うランゴに、さて。

 この()()をよく知る者がいれば、「逃げろ」と真っ青な顔で首を振った事だろう。あれは、ふれては、ならぬ、と。

 或いは、腕の立つ者がいれば、「離せ!」とか言ってる男が、ちっとも逃げる気なんざなくって、ものっすごい実力を隠して演技している、なんてことに気付いたかもしれない。

 或いは或いは、頭の回転の速い者がいれば、「それにしたってあの子供落ち着きすぎじゃない?」と、なんかおかしいぞ、ってことに気付いたかもしれない。


 んだけど、残念ながら。いやーほんとに残念ながら、ランゴ一味には、んな人間はいなかった。

 そらそーだ。

 この()()()()()()()()()()()()ならば、ボロい小屋でちんけな悪事を働くわけがないし、実力者であれば小銭欲しさにランゴなんかに従わない。

 ランゴは気付いちゃおらんが、ランゴは底辺にいるのではなく、地下へ地下へと己で掘り進んできた馬鹿な男なのだ。


 だからランゴに、悪党人生終了のお時間が近づいていることは最早必然であった。

 ランゴはそんなことも知らずに、呑気にワインを飲み、優雅な生活を送る夢想に耽る。頭の中では、ランゴは宝石をいっぱいくっつけて、美女を侍らせ金貨をバラまいていた。うーん、なんともちんけな悪党らしい、品の無い妄想である。




 さあ、そんなランゴという、一人の悪党の最悪の一日を始めるには、まずは()()の一日を振り返らねばならない。

 レッツ回想。












今週は仕事が忙しくなる気配で出社拒否したいところなんですが、そうはいかないので

もしかすると、次回の更新はお休みするか、短くなるかもしれません…。

頑張って生き延びますので、次回もよろしくお願いいたします…!

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― 新着の感想 ―
[一言] お仕事しているのに小説も書けるなんて本当にお疲れ様です。 寒くなってきたのでお身体を大切に体調にはお気を付けてください。
[良い点] あーあ(´・ω・) 悪党さん、ツキが回るどころか誰よりも運が悪い人になっちゃった(´・ω・)←思いっきり他人事(笑) 今週はお仕事忙しいとの事ですが、疲れちゃうと思うので無理せずでお願いし…
[一言] いつも楽しく拝読しています。 お仕事大変かと思いますが、 ご無理なさいませんように。 読み返したりしながら、 更新を楽しみにお待ちしてます♪
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