14. have a date!
「おいしい!」
油で揚げたひらぺったい小麦粉生地の、サク、パリ、と軽い触感の後に、濃いトマトソースとチーズが口に広がる。フライドピザって言うらしい。へぇ。
しかし、うまい。
油で揚げているわりに油っこくないし、ハーブの香りとトマトの風味が良い感じ。のびるチーズが食欲をそそるよね。
パンを作る要領で生地を作って……ソースを作って、揚げる。ソースが漏れないように揚げるにはどうすれば良いんだろうか。生地が分厚いとこのサクサク感は出ないだろうし、それに油を吸い過ぎるともたれそう。うーん、プロの仕事だな。
と。料理研究家よろしく思考するのは騎士リヴィオニス。もとい、恋に生きる男リヴィオである。フッ。
リヴィオがのぼせた頭でレシピを考えるのは、隣でフライドピザにかぶりつくのが世界で一番大好きな女の子だからだ。
はふはふと熱を逃がしながら、一生懸命に飲み込んだソフィの小さな顔が、ぱあ、と笑顔満開になるのを見て、リヴィオは思った。
「ソフィ、可愛すぎるので僕から離れちゃ駄目ですよ」
「ごほっ」
「あ!」
思ったって言うか口から出ちゃった。途端、ソフィが咽たので、リヴィオは慌ててジュースを渡し背中をさする。新鮮なオレンジの酸味と甘さがほど良いジュースを、こくこくと飲んだソフィは「もう」とリヴィオを見上げた。涙目で。
えっっかっわいい!
「リヴィオ! びっくりさせないで!」
「びっくりした天使かと思ったらソフィだった」
危ない危ない。もし天使だったら、リヴィオの隣からきっと飛び立ってしまう。
いやだがしかし、こんなに可愛くて健気で一生懸命な女の子が、リヴィオを好きだと言って傍にいてくれるのだぞ? やっぱり天使なんじゃないか? 天使だろ。え、天使なの?
ちょっと不安になったリヴィオは、手を置いたままのソフィの背中を覗いた。
「……何をしているの……?」
「いや、僕が知らなかっただけで、ソフィの背中にはもしかしたら羽があるのかなって」
「なんの話ですか」
真っ赤な顔でぷるぷると震えるソフィは、やっぱり可愛いのでリヴィオは思った。
デート! 最高!!!
そう。デート。おデートである。良い響きだ。もう一回言っておこう。デートだ。あんだーすたん?
ヴァイスの城に滞在している間は、リヴィオもソフィもお互いになんだかんだと忙しく、デートは一回きりだった。その後は、城内をお散歩するくらいしかできていない。
無論、くらい、つったってリヴィオはソフィが隣にいればそれで幸せだし、一緒に並んで歩くなんて夢のまた夢だったので、そらもう嬉しかったし楽しかった。
綺麗に整えられた庭園を歩くソフィ。それだけで眼福なのに、リヴィオ、と名を呼ばれて笑顔で隣を歩けるんだから、幸福以外の何物でもなかろう。
て、いうか。神様と抹茶という同行者はいるが、二人で旅ってもうデートみたいなもんだろう。毎日がハッピー!
が。それはそれ。
初めて訪れる街を二人っきりで食べ歩き、なんてザ・デート。嬉しくないわけがない。
にへにへと目尻が下がって地面を引きずらんばかりに、だらしない顔が止められない。リヴィオは最高の気分であった。
「エレノア様、じゃなかった。エレノア、大丈夫かしら」
その名前に、ちょっとだけもやっとするけれど。
リヴィオはにこりと微笑んだ。
「アズウェロが一緒にいるんですし、大丈夫じゃないですか?」
エレノアの身体の中には、未だ呪いが巣食っている。
その身を案じた優しいソフィが頭を下げると、白い神様はしぶしぶ、といった体でエレノアの膝に落ち着いた。
だがソフィもリヴィオもわかっている。
あれは、並べられたケーキとクッキーに釣られただけだ。
だがま、神様ってのはそんなもんだろ、とリヴィオは思っている。
元来、リヴィオは神頼みなんざした事がないので、お供え物して願いを聞いてもらえるなんて超ラッキーだな、くらいに思っているのだ。この世には恋に狂ってストーキングの末に国を滅ぼそうとした神様もいるんだから、なんて良心的な神様だろう。
それに毛並みはふかふかのふさふさだし。ソフィを大事にしてくれるところも良い。
そんなわけで、リヴィオはにっこにこで、ソフィと二人きりを満喫しているのである。
束の間の休憩、ってやつだ。
「ルディア国って、どんなところなんですかねぇ」
「そうですねぇ」
リヴィオが呟くと、ソフィは考えるように目を伏せた。理知的なその横顔がたまんないリヴィオは、うっとりと眺める。
答えを求めての発言ではなかったが、勉強熱心なソフィの頭ん中には、リヴィオの知らない知識がつまっている。想像もできない程に、広く、深く、数多く。
それは全て、ソフィの努力であり、人生であり、孤独の数だ。
誇らしくもあり悲しくもある、そのソフィの知識全てをリヴィオは愛おしく思う。
「ルディア国といえば、ほとんどの方が『世界最小の国』という言葉を思い浮かべると思うのですが、わたくしとしては『自給自足』というイメージが強いですね。外交に熱心ではないので、あまり情報はありませんが、それだけ資源が豊かな国なんだそうです。気候も安定していて、穀物や果物も美味しいそうですよ」
ふわ、と微笑むお顔には「楽しみ」と書かれている。
ソフィは多分、食べることが好きだ。
料理が並ぶと目をキラキラさせるし、口に含むと、とっても可愛らしい顔になる。リヴィオが見たところ、好き嫌いはあんまりなさそうだし、知らない料理を見ると特に楽しそうにしている。
あと、多分、国の歴史とか、そういうのも好き。いや、見た事がない国の話が好きなんだろうか。冒険談とか?
残念ながら、ええ。まったくもって本当にとっても悔しいが非常に残念な事に、リヴィオはソフィとの付き合いは、まあ、長くは、ない。浅くないけど! ちょう深いけど! 誰よりもソフィの努力と功績は知っているけれど!
でも、「ソフィ自身」のことは、認めたくはないが、あんまり、知らないのだ。
だから、自信を持って言えるわけではないが、他国の話をするソフィの顔はいつも楽しそうだった。
いまだって、ほら、にこ、と嬉しそうな顔の、まあ可愛いこと……!
「僕も楽しみです」
笑い返すと、ソフィの笑みが深まるので、リヴィオは胸が張り裂けてお花が飛び出してくるんじゃないかなってくらい、嬉しくなった。胸が、いっぱい…!
尚、フライドピザと魚介がたっぷりのピザと新鮮な野菜が美味しいサンドイッチとカスタードタルトとクッキー生地の中にカスタードとベリーのシロップ漬けが入ったなんか素敵なスイーツを完食したから、腹がいっぱいなだけでは、というツッコミは受け付けていない。余裕でまだ食べられるし。なんならリヴィオは、最後に甘い物を食べたのでしょっぱい物を食べたいな、とケバブが気になっているところである。
「ドラゴンを探す旅って、小説みたいね」
「たしかに」
エレノアの魔導力に直接触れられるのはドラゴンだけ。
ということで、エレノアと、周りを押し切った国王陛下は、ルディア国へ旅立つことになった。
王が国を空けるなど良いのか、と思ったリヴィオであるが、「肉が食いたい」と国を空ける王様を知っているので、黙っといた。
「兄上、どうせです。エレノアはまだ臥せっていることにして、俺も心労で倒れたことにしましょう」
「で? 君がいない間にアレの始末をしておけって?」
にこ、と笑う王の顔はちっとも子どもらしくなくて、そこが良い。
実力主義の野郎共の中で生きてきたリヴィオは、身体がちっこくとも、己の能力を研ぎ澄まし発揮するエーリッヒのことを、ちょっと気に入っている。
一国の王に「気に入った」とは、なんとも不遜であるが、仕方が無い。なにせリヴィオときたら、野蛮な家門に生まれ落ちてんだもの。口には出さぬから良かろう。
しかし、まあ。
「ドラゴンかあ」
「凄い話になってきましたね」
「ねえ」
「……他人事なの?」
「え?」
「……えーっと、うん、大丈夫」
何がだろ、と思いながらリヴィオは、はむ、と両手で抱えたフライドピザにかぶりつくソフィを見下ろす。
小さな女の子だ。
リヴィオが見下ろして、ソフィが見上げてくれないと、目を合わせる事もできない、小さな女の子。
食べ歩きなんて、今までしたこともない。
ナイフとフォークをお上品に使って、優雅に食事をするお嬢様だったソフィが、ベンチに座ってリヴィオの隣で、安っぽい料理を食べている。
なんか背徳感と罪悪感、っていうより優越感、にリヴィオは思った。
僕性格悪いなあ。知ってたけど。
「……ねえソフィ」
「はい」
くるん、とリヴィオを見上げる、キャラメル色の瞳。
今はリヴィオの耳を飾る、リヴィオの強さと愛の象徴たる瞳に、リヴィオは目を細めた。
すると、かあ、とソフィの頬がやんわり薔薇色になる。はあ……可愛い。
ソフィは、リヴィオが見詰めると、よく頬を染めるのだけれど、それが、もう、可愛いのなんの。
これまでソフィ一筋で生きてきたリヴィオは、周囲の人間が同じような顔をしていても、なんとも思わなかったのに。ソフィがこうして頬を染める度にリヴィオは、この顔で良かったなあ、と母に感謝した。
けれど。
「僕、人間じゃなかったんですって」
「? リヴィオはアデアライド様とオスニール様のご子息ですよね」
「うーん」
「……え? 気にしてるんですか?」
「いえ全然」
そこについては、マジで気にしてない。
ソフィの言う通り、リヴィオは父の前では乙女ぶる女優かッて母と、母は女神だと本気で信じていながらその息子を殴り飛ばす野蛮な父から生まれた。
名を捨てようとも、顔は疑いようもなく母そっくりで、戦闘力は父譲り。
本当に人間か、とよく言われたし、時には化け物と恐れられたこともあるけれど。
父を見て「わかるわ~あれ絶対イカれてるよな」とリヴィオも思ったので、まーじで気にしていない。
ドラゴンの魔力と血が流れている、と聞いても、まあ正直「へー」ってそんくらい。
ピンとこないっていうか、あんま興味ないっていうか。
でも、
「ソフィ、僕が怖くはないですか」
世界に踏み出したばかりの、この小さな女の子の重荷に、なっていやしないだろうか。
リヴィオはそれが、恐ろしい。
ドラゴンに会いに行く、と決めた国王陛下と婚約者に、同行を願い出たのはリヴィオだ。
ちら、とこちらを窺う「行きたい」という、愛らしい目に逆らえる男がいるだろうか。否。そんなん男じゃねぇ。少なくともリヴィオにはできない。リヴィオは光の速さで手を上げた。
「あの、よろしければ僕らも同行できますか」
その瞬間、ぱあ、と広がるソフィのかわいさったら! 何処へでも何処まででも連れて行ってあげたいに決まっている。
「エレノア様のお身体に封印を施したのはわたくしです。途中で封印が解けてしまっては大変ですから……お供させていただけませんか?」
「そんな!」
優しいソフィの言葉に、エーリッヒとエレノアは恐縮したが、リヴィオはにこりと言葉を重ねた。
「お忍びで行かれるなら、王の側にいる騎士を連れて行くのは避けた方が良いでしょう。陛下がお嫌でなければ、俺が護衛をします。こう見えて、ちょっとばかし腕に覚えがありまして」
「ドラゴンの血と魔力を引いている男が言うと嫌味だぞ!」
笑い声をあげるヴィクトールに、リヴィオは「なるほど、そう言えば」と思った程度だけれど。
ヴィクトールの言葉に、リヴィオは思ったのだ。ドラゴンの名前は、案外重たい物なんじゃないのかなって。
「僕の中身が、ソフィに負担をかけることになるんじゃないかなって、それが、心配なんです」
「リヴィオ……」
ソフィは、リヴィオの一生分の我慢をして生きてきた。
リヴィオなら、「うるっせえええええわクソがあああ」と全部ぶっ壊して叫びたくなるなほどの我慢を、もう、十分にした。
だからこれから先の日々は、我慢なんて文字から遠い所にあれば良いと願っているのに、もしも自分が、ソフィに何かを我慢させたらどうしよう?
リヴィオは、それが、何よりも恐ろしいのだ。
「リヴィオ、あなた、」
す、と声を落としたソフィに、リヴィオの心臓がひやりと竦む。
もし、ここで手を離されたらどうしよう。
いや、ソフィはそんなことはしないだろう。気遣いに溢れた、優しい女の子なのだ。
だから、もし、自分が気遣われたら? 本当は怖いのに、大丈夫、と嘘の笑みを浮かべられたら?
そしたら、
「憂う顔も本当に綺麗なのね……」
「え」
「あ、まちがえた」
違うのごめんなさいやり直させて! と真っ赤な顔で涙目になるソフィに、リヴィオが思う事はただ一つ。
超可愛い。
みんなー! 見てー! この超かわいいこ僕の彼女なんだー! と叫びたくなるほど可愛い。
え、彼女。
そうだ、彼女。
ソフィはリヴィオの彼女で、リヴィオはソフィの彼氏なのだ。
え、そうだろ?
すきだよって二人で言い合って手を繋いで、ほら、アレしたから、ほら、ね。そんで、旅してんだから、そうだろ。
うっっっわ。
すごい! 僕! ソフィの彼氏なんだ!!!!
ぱああ、と突然前が開けたように、リヴィオは、もう、全部どうでも良くなった。どーっでも良くなった!
「ちっちがうのっ、えっと、そうじゃなくって、リヴィオ、わたくしの心配ばかりだけれど、あなただって動揺しているはずで、だからっ」
「ソフィ!」
「へっ」
だって、真っ赤な顔でうるうるおめめのソフィは、絶対どうやってもリヴィオのことが好きだ。それっても、もう、それだけで凄い事だ。
ソフィの重荷になるかも? 我慢をさせるかも?
馬っ鹿か!
名を捨てて、矜持まで捨てたかリヴィオニス・ウォーリアン!
二度とその姓を名乗らなくとも、リヴィオの両親はあの二人だ。
愛情深く野蛮な、世界で一番強い夫婦が、リヴィオに血肉を授けたのだ。
ウォーリアン家の男が弱気になるなどまったく。浮かれるのも程々にしなくては!
何があっても、ぜんぶひっくるめて、守ってぶっ壊せばいいだけじゃないか!!!
「大っ好きです! 世界で一番!」
「へあっ?!」
全然ちっとも貴族のお嬢様じゃない悲鳴をあげるソフィが可愛くて可愛くて、リヴィオはその超絶可愛い唇に口づけた。
ヒュー! とどこからか飛んでくる口笛と、なんか盛大な拍手に、良い街だなあ、とリヴィオはにっこり微笑んだ。





