森の男たち
最初に書こうと決めてました。
カタフは良い雄だ。
真っ赤な毛並みは艶があって美しく、良い餌を与えられ、丁寧に世話をされていることがよくわかる。
たくましい脚なんて、一蹴り食らえば地獄を見るどころか、地獄の一等地に永住させられちまうなってご立派さだ。
美しく、強く、そして速い。
彼が本気になれば、きっと誰もついては行けない。
カタフはそんな場所にいる、気高い馬だ。
「だって、アタシの背に乗るのは王だもの。王は最後まで生き残らなくッちゃいけないのよ」
そう言ってカタフは気安く笑うけれど。その言葉は、カタフの誇りで彩られている。
「ま、うちの王様は自分だけ逃げるのは大嫌いなんだけどね。……だからアタシにはいざってとき、王を気絶させてでも背に乗せて走る強さと速さが必要なのよ」
ふんすと鼻を鳴らすカタフに、抹茶はなるほどなあと頷いた。
抹茶とカタフは馬なので、人間の生きたい方向に向けて走らねばならん。が、カタフとカタフの王の生きたい方向はもしかすると、違うのかもしれない。それが良い事か悪い事か、なあんてのは抹茶にとっちゃどうでもよいことだ。
抹茶は馬なので。
人間の道理は知らぬ。
ただ、人と生きることを決めた抹茶は、背中に何も乗せずに走るより、慣れた重さがある方が走りやすいな、と思うだけだ。
「あのヒトは、一人で生きる地獄より、みんなで地獄に堕ちる最期がほしいのよ。でも他の人間は、あのヒトに何があっても生き延びてほしいと思っている。……アタシは馬だけど、みんなと同じ気持なのよね」
ふう、とカタフは空を見上げた。
のんびりと、大きな雲が青い空を流れている。
平和だ。とっても平和。平和ってなこういうもんですよ、と絵に描かれていたっておかしかない情景だ。
青い空と白い雲、白い木が風に揺れて、二頭の馬が草食っとる。ほら、平和だろ。
ただここに、カタフの王も抹茶の相棒もいない。
「だからいざってときはね、みんなの代わりにアタシが寂しがり屋の王様と一緒に地獄に堕ちるの。最後まで、アタシがお供するのよ」
なんて根性が据わった雄だろうな。
抹茶は、カタフのこの漢気を好いている。
喋り方はなんだか雌みたいだけど、まあ個性だろ。
だって抹茶とカタフは馬なので。
人間様と違って、細かいこたどうでもいい。動物は生き延びる力が一番大切なんだ。
そりゃあ、野生動物は外敵から見つからずに生き残るために、毛並みの色や目の色なんか、集団にいて目立つような奴は疎外されがちだがね。
人と生きる抹茶には、どうでもいい話だ。カタフの毛並みが燃えるように赤かろうが、話し方が雌みたいだろうが、どうでもいいのだ。
美しく。速く。そして強い。
人間と在るにはその三つを兼ね備えていることが、大事だと抹茶は思っている。
当たり前? ああ、当たり前だろうな。けれど、この当たり前ってのが難しい。
どれが欠けても、どれかだけが突出しても駄目なんだ。だって、ほら。すっごく美しいが、速さも強さもまあまあ、なんてのは格好悪いだろう。
ばかに速くたって、人間を乗せて走り切る強さがなくっちゃあお話にならんしな。すぐにバテっちまう馬なんざ、抹茶は認めないね。
だからカタフと初めて会った時。抹茶は、王を乗せてモンスターを蹴り飛ばすカタフの姿に、そりゃあ惚れ惚れしたもんだ。
負けてはおれんと、抹茶も相棒を乗っけたまんまモンスターを蹴っ飛ばしたり、鼻先でぶん殴ってやったり、リヴィオニス・ウォーリアンの馬に相応しい奮闘ぶりをご披露した。
その後、「あたしカタフよ。ねぇ、ちょっと話さない?」なんて話し掛けられた抹茶はご機嫌だった。
思い返せばちと恥ずかしいが、王の馬に相応しいカタフの気高さを、抹茶はとても好ましく思っているのだ。
そう言うと、カタフは「あら」と鼻先を上げた。
「抹茶、あんた相変わらず可愛いのね。そういうとこ、あんたの主とそっくりで素敵よ」
抹茶はむんと顔をしかめた。
抹茶は、相棒のことを、まあ、それなりに、わりと、気に入っている。
抹茶を丁寧に扱うし、骨を折られても腹を裂かれても、ギラギラと生の輝きを放つ、そう。野生の動物みたいなところ。そういうところが気に入っている。
でも似ていると言われると、好きな女の子の話をにへにへ喋り倒すところとか、頭から血を流してもまあいっかで突撃かますところとか、川に落ちた後めんどくさいと濡れたびちゃびちゃな服で抹茶に乗ろうとするところとか、抹茶がちっとも好かぬ振る舞いが頭をよぎるのだ。
可愛いも素敵も別に嬉しかないが、カタフが言うなら、と誉め言葉として受け取るけれど。
相棒と似ている、は素直に受け取れん。
ぷいと抹茶がそっぽを向くと、カタフはふすふすと笑った。
「そういうところよ」
どういうとこだ。
自分だって、そういうとこ、自分の主とそっくりじゃないか。
抹茶が抗議すると、カタフはやっぱり笑った。
「光栄ね」
もういい、と抹茶は足を踏み出した。
「もう少しアタシの相手をしてくれてもいいじゃない」
やれやれ、と言いたげなカタフはくるりと抹茶に背を向ける。
ピリ、と空気がひりつく感覚に、抹茶は笑った。
自分だってその気のくせにな。
「ま、今は主じゃなくて、この魔法陣を守ることが任務ですものね。いいわ、終わったらゆっくりお話ししましょ」
どん、と軽い地鳴り。
ちらりと振り返ると、カタフが地面を踏み鳴らしている。
ここより後ろには下がらぬぞ、という威圧感に抹茶は惚れ惚れした。この馬の、こういうところがカッコイイのだ。
「ルネッタ様も頑張ってるんだから」
魔女という小さな人間と一緒に、抹茶の相棒たちは姿を消した。
この魔法陣を守らねば、みんなは帰って来れないのだという。
魔法をかけて、魔法陣に万一がおきないようにはしているらしいが、そんな大事なものを馬に任すだなんて、頭がおかしい人間たちだ。
まったく。
そんなことをされたら、抹茶もカタフも、応えるしかないじゃないか。
「ガウッ!」
狼のようなモンスターが吠え、こちらに走って来る。
抹茶がそれよりも先にモンスターの元へ走れば、驚いたように小さな身体で見上げられた。舐められたもんだねこりゃ。
ふんと鼻で笑った抹茶が、ばこん! と自慢の足で蹴り飛ばしてやれば、きゃいんと犬のように鳴いて、他のモンスターにぶつかって動かなくなった。
そのまま、側にいた小型の鳥のようなモンスターは、二本足で上から踏みつぶす。
どん! と重たい音が響き、こちらもすぐに動かなくなった。
と、空気を切る音がする。
抹茶は再び前足を上げて、身体を大きく仰け反らせた。
ぶん、と大きな虫のようなモンスターの、鎌みたいな腕が通過した。
見れば、背が伸びた草が綺麗に刈られている。草刈りに重宝しそうなモンスターだな。
演習場の草刈りに騎士はいつも、ひいひい言ってるから良さそう、と思ったが抹茶の相棒はもう騎士ではないのだ。残念。それではさよならだ。
抹茶は勢いをつけて、再び前足を振り下ろした。
視界が再び平和になったところで、抹茶は振り返る。
同じように、平和の敵を蹴り飛ばし終わったカタフがこちらを振り返った。
「アタシ達って、そんなに美味そうに見えるのかしら」
なるほどな。
抹茶は頷いた。何せお互い、良い餌と運動を欠かさない。旅の最中にあっても、自分たちを大事にしてくれる人間たちは、鬣だって綺麗に整えてくれる。
モンスターから見りゃ、最上級の餌なのかもしれない。
愛されし馬の宿命ってやつだな。
抹茶がそう言うと、カタフは鼻を鳴らした。
「そう考えると、悪い気はしないもんね」
抹茶は、おやと瞬きした。
ふむと頷くカタフの首周りの飾りが、ずれている。
抹茶は必要最低限の荷物や鞍以外は乗せてほしくない派の馬なので、式典が嫌いだったんだが。このお馬さんは、着飾るのが好きらしい。
ごてごてと、いろんな飾りをくっつけているので、抹茶は鼻先でそれを押してなおしてやった。抹茶はこう見えて気遣い屋さんなのだ。
「あら、ありがと」
ねぇところで、とカタフは視線を動かした。
真っ白の、大きな熊のようなモンスターがこちらを睨んでいる。
「あれって、うちの王様が食べたいって言ってたモンスターかしら」
抹茶は頷いた。
いちいちモンスターの名前は覚えちゃいないが、この辺りに出る熊のようなモンスターといえば、あれだってのは知っている。
相棒の一行に加わったカミサマとかいう、不思議な生き物が姿を借りていたモンスターだ。
「あれ、美味そうに見える?」
抹茶は馬なんでな。
モンスターを食らう趣味は無い。
けれども、主が肉を火であぶって、ぼたぼたと油を落としながら、はふはふと頬張る姿には覚えがある。
抹茶がとぼけると、カタフは「まあいいわ」と鼻先を上げて、モンスターを見上げた。
抹茶は、カタフの隣に並ぶ。
「我らが主に献上して差し上げましょうか」
献上。
さすがは王の馬。言う事が違うなあと、抹茶は笑った。
野蛮な人間と生きてきた抹茶は、そんな上品な言葉を知らん。野を駆け山を駆け崖を駆け。ひたすらに前を向いて走ってきた。
だから、な。お上品な物言いも振る舞いもできやせんが。
相棒の驚く顔が見たいってのは同意なんでね。
御大層なでっかい体で、餌を見つけたとお喜びになっておられるモンスターには、今頃悪党退治に勤しんでおられる人間様の食卓に並んでいただこう。
踏み出した一歩は、さてどこへ行かん。
なんてね。
やけに身軽な身体に、抹茶は笑っちまった。





