8.急がば回れ?
頭を空っぽにする。
無。
無だ、無。
何も考えない。何も見ない。何も感じない。そういうことにする。オーケイ? オーケイ。ソフィは浮かれ脳みそくんに活動停止を命じ、浮かれ脳みそくんはそれに頷いた。いや、まあ脳みそが活動しなきゃソフィの身体は動きゃしないので、完全停止ってできんがね。
リヴィオのことを考えない。ただそれだけだ。簡単だろ? そも、この世にやってできぬことはない。何事も努力次第。何もせぬうちから「できません」なあんてのは、怠慢よ怠慢。無駄口叩く暇がありゃ、本の一冊でも暗記してこい。ソフィはそうして生きていた。食って食えぬもの無し、やってやれぬこと無し。簡単だ。
よし。
頷いたソフィは伏せた顔を上げた。
「ソフィ……! そんな可愛い顔で見ないでください……!!」
「っ……!!!!」
見てない。見てないよ。むしろソフィはリヴィオを視界に入れないようにと顔を背けたというのに、いつの間に回り込んできたんだ。え、まじでいつの間に。ソフィとバッチリ目を合わせ叫ぶリヴィオったら、両手を握ってまあ可憐だこと!
リヴィオが言う「可愛い顔」にソフィはとんと心当たりがないが、リヴィオのそのお顔の可愛さはもう、全身が震えて心臓が捻り潰されそうになるくらい可愛い。
──だめよ、思考を散らして他のことを考えるの!
ソフィは歯を食いしばり己に言い聞かせる。できる。ソフィはできる子。さあ! ほら!
「リヴィオなんて、だいっきらい!!」
「ソフィ……!!!!」
サムズアップ。
わかりきっとるな。おつきあいどうも。予定調和とはこのことである。
ソフィは元気よく開いたお口と感極まったご様子のリヴィオに崩れ落ちた。
「なるほどこれが噂に聞く地獄」
「ヒヒン……」
何が楽しいのか声をはずませる悪趣味な神様の隣で、抹茶は至極面倒そうに鳴いた。
ソフィだって、己の不甲斐なさに情けない思いでいっぱいなのでそんな風に鳴かないでほしい。やめてそんなつぶらな瞳で見ないで。丸くて澄んだ瞳がうんざりしているように濁っているなんてそんな馬鹿な。はは。
「まあ、なんとかせねば紫のが鬱陶しいことに違いはないか」
「ブヒン!」
「なんだと」
「アズウェロ、何か方法があるの?!」
リヴィオが鬱陶しいだなんて思わないが、ままならない自分は鬱陶しい。まさに神にすがる思いでその小さな白い顔を伺うと、アズウェロは「方法というか」と首を傾げた。
「どうせ旅の目的などあってないようなものだろう?」
「失礼だなお前。この旅はソフィ憧れの赤いスープを飲みに東に向かうという立派な目的がある」
「うむ。それは私も楽しみなんだがそういうことではないだろう」
「そうね」
真面目な顔で話す二人にソフィは笑った。
「わたくしは、広い世界を自分の目で見て、自分の足で歩きたいのよ」
自分が物知らずな小さな存在であることを知ったソフィの歓びこそが、この旅の目的なのだ。
どこまででも、どこへでも、地面踏みしめて歩いていきたい。そんな我儘な道をゆく愉快な風塵。舞う砂埃すら新鮮なのだ。
「だろう? ならば一旦、旅の目的を神探しにしようではないか。この森にはわずかだが、神の加護が残っている。つまりはこの先の街だか村だかには、神の信仰が残っているだろう。話を聞ければ、神について何かわかるだろう」
「そうよ! そうよね! 勝手に魔法を解けないなら、解いてくださいってお願いすればいいんだわ!」
つい自分の手元でどうにかしてしまおうと考えてしまうのはソフィの癖かもしれない。仕事を割り振る事と、難題を前にした時に誰かを頼る事は、似ているようで全く違う。
なーんて格好つけてみるけれど、リヴィオ大好きが炸裂する恥ずかしさで頭がいっぱいだっただけかもしれんな。二重で己の失態を恥じるソフィであったが、アズウェロはソフィの心中など知るはずもなく、ふうんと笑った。
「私より上位の神はそうおらんからな。主のお願いを聞かぬものはおらんだろう」
「……アズウェロ? ”お願い”しに行くのよ?」
「うむ。お願いしに行ってやろうではないか」
「……」
どうにも不穏な響きをまとっている気がするのはソフィの気のせいだろうか。うふふと楽しそうに笑う姿はある意味とても神らしいのだけれど。いやいや、事を荒立てないように魔法を解けないと説明したのはアズウェロ自身だ。まさかまさか、言語以外のお願いなどしないだろう。しないよな?
「ねぇリヴィオ…………リヴィオ?」
一抹の不安を抱きソフィは頼りになる騎士の名を口にした、のだが当のリヴィオはなんとも言えない顔をしている。眉を寄せ口を結び、苦悩するように細められた目。何か心配事があっただろうかと袖を引くと、リヴィオは深いため息をついた。
「ごめんなさい、ソフィ」
たっぷりと憂いを含んだ吐息。
その色にうっかり例のセリフが飛び出しそうになり、ソフィは歯を食いしばる。
口を開くから余計な言葉がわっしょいと踊りだしてしまうのだ。ならば使い物にならぬ口など縫い付けてしまえばいい。ソフィは頬の肉を噛んだ。うーん、鉄臭い。
「世界で一番かわいい『嫌い』を聞けなくなるのがさみしいなって思ってしまいました」
「っ……!!!!!」
何を。何を! 言っているのだろうな!! 捨てられた子犬みたいなそんな可哀想で可愛い顔をしたって、騙されてやるもんか。ソフィは固い決意でアズウェロに向き直った。
「早く行きましょうアズウェロ!」
「まだクッキーを食べていない」
愛嬌たっぷりに揺れる尻尾にソフィはうなだれた。
「アズウェロ……」
この食いしん坊神様め。じとりとした目を向けてもびくともしない。そりゃそう。ソフィが一人でぎゃいぎゃい叫んでいるだけだもの。リヴィオもリヴィオで「はいはい」なんて甲斐甲斐しく世話を焼いている。ちらりと視線を向けた抹茶は……そこはかとなく憐れむような視線を向けている気がする。いつでも冷静なのだ、彼は。
「……ねぇアズウェロ」
諦めたソフィが、もぐもぐご満悦なアズウェロに問いかけたそのとき。
「だから! 馬車から降りろっち言いよるんじゃ! なんっでわからんかなあ!!」
怒鳴り声が響いた。
お久しぶりです。
忙しかったり体調不良だったり腰をいわしたり気持ちが疲れたり、PCの前に座れる状態になくこんなに間が空いてしまいました。
また少しずつ頑張りたいと思います。
さてさて、みなさまコミカライズは追ってくださっていますか?
おでこにキッス!おでこにキッス!可愛い〜〜!からの、国王の醜悪な顔!
そしてリヴィオのちょっとガラの悪いお顔!!!
国王の醜さも、4人の美しさも、互いを引き立て合っていて最高ですね。
プレミアムはついに、あの子のお話です。
サムネイルご覧になりました…?私、「彼」のデザインをいただいたとき、あまりに刺さりすぎて仰け反りました。ぜひみなさまじっくりご覧ください…!





