1.出会いは喧騒を連れて
はじまるよ!
「リヴィオなんて、だいっきらい!!」
「ソフィ……!!!!」
「なるほどこれが噂に聞く地獄」
「ヒヒン……」
青ざめたり胸を押さえたり目を輝かせたり項垂れたり。四者四様、悲喜交交。踊るつむじ風にお空は今日も元気に真っ青だ。
さてさて、お花畑を駆け抜ける愉快でトンチキな一行に一体何が起きたのか。
事の始まりには、そりゃあもう壮大で複雑な事情が────なかった。ないない。んなご立派な筋書きなんざあるわきゃない。なにせこちら、赤いスープを目指すトンチキ御一行である。
第一、事件事故ってのはある日突然なんの脈絡なく起こるものだろう。あれらは明日も明後日も今日と変わることはなかろうと疑わぬ日常を、甘ったれた阿呆めと嘲笑いやがるのだ。
それを悲劇にするか喜劇にするか、はたまた笑劇とするかが腕の見せ所、ってな。
か弱き人間は死に物狂いであがくしかないのだ。
「もうすぐ街が見えてきますよ」
馬上から微笑む声に、ソフィは顔を上げてはっとした。
──天上から降りてきた奇跡……?
小さな白いキャンバスに完璧なバランスで描かれたパーツ。それだけで暴力的な美しさなのに、その瞳の美しさときたらもう、王宮のシェフが手掛けたナパージュも敵わぬ眩さだ。うっとりするほどに眩いブルーベリーを縁取る長い睫毛、優しく揺れる黒髪。実は彼は人間ではありません、と言われても「だと思いました!」と高速で頷くだろう光を浴びたソフィの思考は停止した。胸が苦しい。
だって、ねえ!
碧空を背負って微笑むご尊顔は、全財産を差し出したくなる超絶技巧のハイクオリティでいらっしゃるんだもの。おかしいな。ソフィはこの騎士と旅をしてそれなりに時間が経ったはずなのだけれど。
「見慣れないわ……!」
「え?」
思わず呟いたソフィに小首を傾げるリヴィオの可愛らしさを、どう表現すれば良いのだろう。
ソフィは己に語彙が足りぬことを嘆き、腹を立てた。ぬあああああって叫びたい。言語化できない圧倒的な可愛らしさに直面すると、人は怒りに似た感情を抱くらしいが、ありゃ本当だね。ここに証人がいる。
んで、この「可愛いなヲイはあん?!」とその辺の樹木を叩き割りたくなる衝動を与えた者を、人は「あざとい」と表現するのだという。「あざとい」を演出できる才能を持った者もいるらしいが、ソフィは自分の目の前で微笑んでいる輝きの権化が、自然体で生きていることを知っている。
美しさだけで世界征服ができちゃいそうなのに、だ。彼は自分の造作に無頓着なのである。
ソフィなんて、こうして何気ない瞬間に「え? 美しすぎて頭が動かないわ」「可愛い可愛い可愛い可愛い」「生まれてきてくれてありがとうございます」と、思考回路はショート寸前今すぐ抱きしめたいよって感じなんだけどなあ! でもでもソフィはにゃんこに乗っているので、ハグは叶わない。にゃあんこ。
まあ、正しくは猫ではないし、もっというと動物でもないんだけれど。
「小腹がへったな」
「アズウェロって神様なのに食欲旺盛だよな」
「食事は良い」
そうだなと笑うリヴィオに、ソフィを乗せたアズウェロは「うむうむ」と満足げに頷いた。
旅で出会ったキャラバンが連れていた「トラ」という生き物をいたく気に入ったこの神様は、最近は大きな猫のような「トラ」のような、不思議な姿をとることが多い。
高所が恐ろしいソフィのために、大きすぎず小さすぎない、絶妙なサイズ感で歩くアズウェロはくるくると腹を鳴らした。図体はでかいし声は渋いが、腹から聞こえる音は可愛らしい。
「少し休む?」
ソフィがもふもふの毛並みに指を埋めるように撫でると、アズウェロは三角の耳をピンと上げた。
「そうしよう! 紫の!」
「もう、しょうがない神様だなあ」
「ヒヒン」
笑うリヴィオに同調するように、愛馬の抹茶が鼻先を上げる。一人と一頭は今日もコンビで大変可愛らしい。
ローブをひらりと翻して地面に降り立ったリヴィオは、抹茶の鬣を軽く撫でた。
「荷物ちょっと触るぞ」
「ブヒン」
「クッキーが良いと思うぞ。クッキーが食べたいんじゃないか主? なあ?」
「そうねえ」
すっかりクッキーの魅力に取り憑かれてしまった神様は、ふんすふんすと鼻を鳴らす。今にも鞄に鼻を突っ込みそうな様子に、抹茶は嫌そうに頭を振った。
方やモンスターを蹴り飛ばす豪胆な馬で、片やソフィに加護を与える神であるけれども。こちらの記憶違いではなかろうかと思わせる二頭(?)の姿に、ソフィの悪戯心がそわりとする。
「わたくしはゼリーが食べたいわ」
「ゼリーにしましょう」
「主!」
輝く笑顔を向けるリヴィオに、アズウェロは悲壮感でいっぱいな声を上げた。ピンと跳ね上がった尻尾が可愛そうで、ソフィは声を上げて笑ってしまう。
「うそよ、うそ。クッキーにしましょうねアズウェロ」
笑いが滲むままそう言えば、アズウェロはぶんぶんと首を縦に振った。
「うむ! やはり主はクッキーが食べたいか! そうだろうな!!」
「ねぇやっぱゼリーにしましょうよ」
「わかってないなあ紫の。ぬし、それでは主に愛想を尽かされても知らんぞ」
「ゼリーだ! 断固ゼリーにしてやる!!」
ぎゃいぎゃいと楽しそうに騒ぐ声に、抹茶が「ふひん」と鳴いた。それが呆れたような響きに聞こえたのは、ううむ。ソフィの気のせいではなかろうな。お馬さんは耳が良いと聞く。騒がしいのは好きではないだろう。
「あら」
抹茶を連れて川にでも、と思ったソフィは瞬く。
キラキラと光る不思議な魔力が視えた気がしたのだ。
「……何かしら」
意識を集中させ目を凝らすと、魔力を構成する小さな光の粒が視えた。
小さく儚い、今にも消えそうな、淡いブルー。
「ならんよ主」
「え」
アズウェロの静かな声が、ふいにソフィの耳に滑り込む。
きょとんとするリヴィオの隣で、アズウェロは目を細めた。
「あれは妖精だな」
「妖精……?」
そんなわけで再スタートです!
いろいろと書きたいものがあるのでまったり更新になりますが、またお付き合いいただけたら嬉しいです。
ところで皆様!コミカライズは読まれましたか!!
王様のビジュアル〜!!!かっこいい!!でもむっかつくあの顔!たまりません。
先生に大感謝です……
神々しい姿はさながら宣教師のようで、国の様子がよくわかると同時に、酔いしれている様が最高ですね。
あのシーンをより引き立てるリヴィオの切なく美しい顔は垂涎ものです。
先読みでは元王太子の婚約者のソフィーリアが降臨!!
ぜひマグコミ様にてお楽しみください!





