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【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました  作者: えひと
第3章:花が咲いちゃったので新しい旅の始まりの鐘が鳴りました
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61.叩き落される火蓋

今週2度目の更新です。読み飛ばしにご注意ください。





「ルールー、持って来たぜ!」

「ふうん、それが」

「なっ……!


 元気な声に、エレノアとルールーが争う声が止まった。

 ソフィの視界は真っ白毛、いや真っ白けなので何が起きているのかがわからない。けれどエレノアの引きつった声がしているから、まあ穏やかな状況でないことはたしかだろうね。

 そもそも上空でぎゃんぎゃんと言い争っておいて穏やかも何もあったもんじゃねぇだろって言われちゃあそれまでだけど。


「どういうつもりだ!」

「決まっているでしょう。生きている事を後悔させるんですよ」

「離せっ! 離せっ!!」

「へぇ、離してほしいんだ?」

「うわあああ離すなっ離すなああああ!」

「人間って我儘だなあ」


 我儘とは。

 ドラゴン羽ばたく上空に無理やり連れて来られた者がいるのだろうとわかる音声情報に、ソフィは首を傾げた。そりゃあ暴れるだろうし、ここで放り出されても困るだろう。声の主の怒りは最もである。

 がしかし、なぜそんな状況になっているのか。その理由である「声」に聞き覚えがある気がして、ソフィは毛に埋まる顔を少しだけ動かした。もふっ。

 毛の隙間からすこーし、すこーしだけ。顔の角度を調整して、なるべく不必要な情報を入れないように細心の注意をはらい、そんで見えたものは。


「まあ」


 ドラゴンが爪の先に引っ掛けた、ローブの男だった。

 ドラゴンの巣に行く直前に、出会った人物。

 そう、エレノアを呪った張本人だ。


「なるほど」


 では仕方がない。存分に怖い思いをしていただこうではないか。やれやれもっとやれ。ソフィは口に出さずに頷いた。


「こんな事をしてエーリッヒに迷惑をかけないでくれ!」

「なぜ僕が人間の事を考えなくちゃいけないんですか」

「頼むよルールー!」

「ああ本当にお前は馬鹿ですね。僕が、一度でも、お前の願いをきいてやったことがありましたか」

「ないけど!!!」


 でしょう、とルールーは鼻を鳴らした。

 エレノアはめげずに、尚も言い連ねる。


「ないけど、頼むよ。たった一度、一度で良いんだ。最初で最後のお願いだよルールー。……エーリッヒに、私と婚約したことを……後悔してほしくないんだ」


 ぽつ、と小さな声で落ちていく言葉に、ソフィの胸がぎゅうと音を立てた。

 大好きな人の側にいたい。共にした日々を悔いてほしくない。

 エレノアの気持ちが、リヴィオに手を引かれて走り出したソフィには痛いくらいにわかるのだ。失いたくない。嫌われたくない。

 そんな切実なその音を、けれどもドラゴンは切り裂いていく。


「知ったことか」

「言うと思った!!」


 エレノアの叫び声が虚しく響く。

 人の立場から叫ぶエレノアと、人の世の外にいるルールーの問答は平行線を辿るばかり。交わる兆しすら見えない。


 それは、まあ、そうだろうなあとソフィはちょとだけ思った。

 ピューリッツとやらがエーリッヒの命を狙っていること、お抱えの魔道士を使って子どもの兵隊をつくろうとしていたこと。これは、ピューリッツが領主とやり取りをしていた「手紙」という証拠がある。

 そして、ドラゴンがぶら下げている魔道士が、その魔道士であることは周知の事実だ。


 だが実際に魔道士が手を下したという証拠は、まだエーリッヒの手にはない。


 ついでに言えば、魔道士がエレノアに呪いをかけたという証拠は、どこにもない。

 罪に問えるのはせいぜい、クーデターを「企てた」という部分だけだろう。エレノアは害した罪を償わせるには、証拠が弱い。


 だからこそ、城ではエーリッヒの兄や部下たちが奔走しているだろうことをソフィは理解しているし、人の世にある以上は人の法で捌くべきだとわかっている。

 けど、まあ。


「気持ちはわかるんですよねぇ」


 ソフィはルールーとエレノアと、そしてエレノアの「師匠」との間にあった日々を知らない。

 けれど、ルールーが大切な友人の忘れ形見であるエレノアを大切にしていることは、一目瞭然だった。ルールー自身は決して認めんだろうが、ルールーを「小娘」と呼ぶその声はひどく優しいのだ。

 エレノアの身体に流れる魔力を愛おしんでいるにすぎない、というには眼差しはあまりに柔らかい。


 なのに、鋭い爪の向こうでエレノアが危機に陥った。


 そりゃあ我慢ならんだろう。

 怒りってな理屈でどうこうなるもんじゃないことを、ソフィはこの旅で学んだ。ましてや、人なんざぷちっと一捻りできる力を持って、なぜ我慢ができようか。

 

「人ならざるものが、人に合わせてやる道理はないなあ」


 呟くアズウェロの声は楽しげだ。

 このくまさんも、道楽でソフィに合わせてくれているだけにすぎない。ソフィを「主」と呼ぶのは、長い長い生における、ほんの一時(いっとき)の暇つぶしなのだ。


「デカい図体で僕の上に座るなと言ってやりたいところですが、そこの神はわかっているようですね」

「人ほど傲慢で愚かな生き物はなかろうて」

「まったくです」


 わかりあっちゃったかあ。

 人ならざるもの同士がうんうんと頷きあうので、ソフィはなんだか居心地が悪い。アズウェロも「よしやるか」と腰を上げたらどうしよう。ソフィにアズウェロを止められるかしら。いや、止めねばならん。

 神とドラゴンが暴れて無事な国などあるわけがない。

 どうしよう、と身を固くするソフィに気づいたのか否か。


 アズウェロは「だが」と小さく笑った。


「まあ、そこが愛らしいのだ」


 ぐう、とルールーは変な音を出した。

 なんだろう、と思う間に、突然の浮遊感がソフィの身体を襲う。

 え?


「〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!」


 死ぬ。

 ソフィは思った。死ぬ!!!


 これは、死ぬ。冗談じゃなくて、マジで死ぬ。恐怖を恐怖と認知するまもなく、内臓が口から脱走しそう。待って行かないで。強い力で身体を包むもふもふがなけりゃあ、ソフィはそのまま内臓も魂も手放していたかもしれない。


「愚かさもすぎればガラクタですよ」


 ぽすん、と上等なベッドに沈むような感覚に目を開けると、アズウェロは「まあな」と笑っていた。

 ソフィの身体を抱えて着地したらしいアズウェロは、反対の手にエレノアを抱えている。

 どうやら放り捨てられたらしい。なんてこと!

 ルールーは、ぐんと旋回すると飛び立っていった。


「またな! エレノア!」

「お掃除したら遊ぼうねー」

「またねー!」


 きゃっきゃと楽しそうなドラゴンたちが、ルールーを追いかけて行く。空を覆う巨大な翼。いやいやいや、なんて悪夢だ。

 ここで初めてソフィは、思った以上の大所帯で空を飛んでいたことを知り、あんぐりと口を開けてしまう。

 ドラゴンが目指すは勿論、ピューリッツがいる王城だろうことは想像に容易い。


 つまり、お掃除とは?


「これ、もう戦争ですよね……」

「あの頑固親父め!!!!!!!」













2巻発売記念の連続更新! の予定が昨日できなかったので、本日中にもう1本更新予定です。

発売日の8日にかけて、8本連続更新します!

お楽しみいただけましたら嬉しいです!



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表紙絵
書籍2巻発売中です!
たくさんの応援有難うございます!

巻末と電子限定の書きおろしは、
両方を読んでいただくとより楽しめる仕様にしてみました。
ぜひお手に取っていただけましたら嬉しいです。
よろしくお願い致します!

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― 新着の感想 ―
[一言] うへへ、8話連続更新楽しみですぅ。 昨夜ポチッと2巻目を購入しました。最近本屋にいけてないので、そゆうときは電子便利ですね。
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